第84話 佐倉鈴風

文字数 3,018文字

 鈴風が帰って来たので皆でスーパーラウンドテーブルを囲んで朝ご飯にした。セブンチェアはクロエちゃんのピンクのを出しても4脚しかないので、ミユキ母さんのに鈴風が座ると伊左衛門の場所がなかった。
「伊左衛門こっちおいで」
 冬凪がお膝をボンボンと叩いたので伊左衛門がそこに座ろうとするとクロエちゃんが、
「調子乗りすぎ」
 とリビングのソファーまで連れて行き自分もそっちに座った。クロエちゃんはなぜか伊左衛門に厳しい。
「わたしがそっちへ」
 鈴風が半腰で言うので、
「いいの。クロエちゃんは元々あそこで寝食する人だから」
「そうですか。じゃあ」
 N市に会員制女性専用のガルバ「Reign♡in ♡blood」を出店したばかりの頃、クロエちゃんはほんとに忙しそうだった。家に帰るのは、いい時で週一、悪ければ月一、12月、1月の年跨ぎで2ヶ月帰ってこなかったこともあった。帰ってきても自分の部屋には行かないで、シャワーしたらソファーで寝て起きたらまた出ていくという生活を3年以上続けていた。お店が軌道に乗って、ようやく家に落ち着くかと思ったら今度はVRゲームチームのオーナーになって世界中飛び回り前よりも帰って来なくなった。
「クロエはノマドだから」
 クロエちゃんのことをミユキ母さんがそう言ったことがある。ノマドというのは放浪者、つまり決められた場所にいない人という意味だ。そう言った時、ミユキ母さんは寂しいのかなと顔をチラ見したら、案外楽しそうだったのを覚えている。ミユキ母さんは今年の夏もそうだけど長期休暇の間はフィールドにずっといて帰って来ない。世界中どこへでも調査に出かけていくし。結局二人とも家に居着かない人たちなのだ。つまりお似合いの二人ということなんだろう。知らんけど。(死語構文)
 食器洗いを手伝ってくれている鈴風に、
「協力って何すればいいの?」
 と聞いてみた。赤さんとは協力をするということだけ約束して具体的なことは話し合っていなかった。
「わたしたちとの連絡を途絶えないようにしてくださればいいです」
 事務的な口調だった。
 鈴風は洗い終わったお皿を拭いて手際よく元の棚にもどして行く。どこに仕舞うかなんて教えてもいないのに。それを後ろで見ながら鈴風が園芸部に入ったばかりの頃を思い出した。不慣れなはずのVRの作業をしてもらったら説明する前にすぐにこなせるようになった。それで十六夜が、
「夏波、あたしは金塊を掘り当てたぞ!」
 と喜んでいたのだった。あたしも鈴風に園芸部の未来を託すつもりで情報を開示してきた。部室にある機材の使用方法はもちろん、十六夜の自宅のVRブースにアクセスする方法だって教えた。
「夏波先輩。ごめんなさい」
 鈴風が食器をしまい終わって食器棚の扉を閉めたまま振り返らないで言った。
 鈴風にはクチナシ衆としての立場があるのは分かる。本当は色んなことがリサーチ済みだったのだろう。なら、みんなで10円アイスを食べながらワチャワチャしてたあの時間は何だったんだろう。それを思うと悲しくなってしまった。
「何が?」
「わたしが借り移しの術を受けられたら、十六夜先輩をあんなことにしなくて済んだんです」
 何の謝意も感じられない鈴風の言葉に愕然とした。そのことには大きな力が働いていて、自分の意志などその力によって押し出されてしまい、たとえ実行しているのが自分でもその責任は自分にはないという考え。それって裏を返せばただのご都合主義だ。以前ミユキ母さんがら言っていた。
「夏波。ご都合主義ってのは物語だから許されるんであってリアルではダメなんだよ。物語の場合は人に害はないけれど、リアルでは人を傷つけずにはおかないからね」
 自分たちの都合ばかりが優先されて、人がどんなに傷つこうと意に介さない態度。それが自分の主人の志野婦を人柱にしたトラギクと何ら変わらないことに気がついてないらしい。それで何が共闘だ。利害だけの絆なんか、もし目の前に我と人との選択がぶら下がっていたら一瞬で消し飛ぶに決まっている。
「もういいよ」
 今はそう言うしか思いつかなかった。
 ご飯を食べた後、リビングのモニターで昨晩アムステルダムで行われたバトロワゲーム世界選手権大会の動画を観た。クロエちゃんのVRゲームチーム、アワノナルトの最強クラン、イザエモンとユウギリが出場したやつだ。もちろんクロエちゃんの解説付き。てか、興奮しすぎで何言ってるか分からんのだけれど。前に部室で鈴風が観ていたアーカイブ動画の時と同じく、アワノナルトは並いる敵を簡単に殲滅してゆく。特に銀髪ロングに黒制服姿のイザエモンの勇姿には、あまりゲームをしないあたしでも見惚れてしまった。クロエちゃんがこんなに熱中するのも分かる気がする。クロエちゃんだけでなく、鈴風もさっきの薄情さが嘘のように熱くなっていた。そういえばここにも伊左衛門がいるんだけど。ソファーに深々と腰掛けて興味なさげにモニターを見ていた伊左衛門に、
「ちな、あなたはあの人とどんなご関係?」
「名義の貸し手」
 それってヤバいやつ? するとクロエちゃんが、
「イザエモンは、元の名前で活動できないから夕霧物語の名前をつけてたんだけど、この子がそれを知って名義料請求してきたんだよ。結構な額をね」
 そうだったんだ。クロエちゃんが伊左衛門に厳しい訳がわかった気がした。すると鈴風が食い気味に、
「元の名前って、夜野まひ…」
 すかさずクロエちゃんが鈴風に飛びついて口(今はちゃんとついて見える)を押さえて、
「分かったわかった。今度まひ、でなくてイザエモンが帰ってきたら会わせてあげるから。皆まで言うな!」
 相当な慌てようだけれど、調べたらVRゲーマーのイザエモンが実は死んだはずの夜野まひるだということは、ゲーマーたちには既知情報だったりする。
「よかった。藤野家に当たりつけて正解だった!」
 鈴風はさっきの非人情さとはまったく別の、推しに一歩でも近づけた人のテンションだった。いったい鈴風は何目的であたしらに近づいたのか? もしかして推し活優先だったの?
 昼前、ブクロ親方が豆蔵くんと定吉くんを連れて到着した。冷たい麦茶を出したら豆蔵くんと定吉くんが砂糖を欲しがったので角砂糖を出してあげた。すると麦茶に角砂糖を入れてかき混ぜ出した。そんなに入れたら飽和して解けなくなるぞとブログ親方に言われても無視してありったけの角砂糖を入れるものだから案の定、コップの底半分が白い層になってしまった。それを豆蔵くんも定吉くんもガブガブと飲み干すと口のなかをジャリジャリいわせながら、
「「うー」」
 もう一杯くれと言った。角砂糖はそれで終わりだったのでキッチンの食材棚から上白糖の1キロの袋とコップだとめんどくさいだろうからピッチャーを食器棚から出したら、
「やめにしてください」
 ブクロ親方に制止された。この二人、どこまで行くか知りたかったのでちょっとだけ残念。
 藤野家のリビングのソファーには、クロエちゃん、伊左衛門、鈴風、ブクロ親方が、その横の絨毯の上に豆蔵くんと定吉くんが正座している。そして冬凪とあたしが揃って大モニターの前に立っている。
 まず冬凪が宣った。
「みんな揃ったので、これからの予定を話します」
 横に立っているけれど何を話すのかは知らない。
「あたしたちはこれから、あの世へ行きます」
 え? どういうこと? あたしたち死ぬの? 聞いてないんだけど。
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