第72話 ブクロ親方

文字数 3,198文字

 座敷に戻って紫子さんと色々話をした。あたしに会ったのが初めてじゃないと言ったは鬼子神社であたしが生まれた時に紫子さんがエニシの糸を結び直してくれたからだと知った。紫子さんにはエニシの赤い糸を操る特別な力があったのだそう。
「あった?」
 過去の話のように聞こえた。
「もう使えなくなってね」
 最近衰えてきたと言った紫子さんはいったいいくつなのか。すごく若いようにも見えるし、クロエちゃんの接し方からして絶対年上な感じはするのだけれど、やっぱり辻沢の人たち共通、年齢不詳なのだった。
「あたしもそろそろ、四ツ辻の世話役を辞めさせて貰おうと思っててね」
 四ツ辻には世話役という役職があって集落の代表を務めている。村の行事を取り仕切る役なのだけれど、辻沢町役場やヤオマン勢力との折衝を請け負うこともあるのだという。それを代替わりするにあたって候補者を選ばなきゃいけないとなって白羽の矢が当たったのが、
「冬凪ちゃん」
 まだミユキ母さんには相談してないけれどと言った。冬凪はそれにはまんざらでないようで、
「夏波、どう思う?」
 そんないきなり言われても困るけれど、
「冬凪はどうなの?」
「あたしは四ツ辻が好きだから」
 いいらしい。それってここに移住して山椒農家を始めるってことなのかな。冬凪の夢だったフィールドワーカーはどうするんだろう。
「大学はどうするの?」
「行くよ。大学終わったら四ツ辻を拠点にして辻沢を調査するつもり」
 そういうところまでちゃんと考えているのが冬凪らしいと思った。あたしなら、ボタンがあったら取りあえずポチッてして何か起きてからどうするか考える。
「そこまで考えてるなら、あたしは反対なんてしない」
「よかった」
 あたしは多分ここに住むことはないだろう。そう思ったら冬凪と一緒に暮らせるのもあと何年もないんだと気づいて、急に寂しくなってなってしまった。
「そろそろ帰ろうか」
 クロエちゃんが時計を見て言った。それとほぼ同じくして外でボボボボボというエンジン音が聞こえて来た。
「迎えに来たみたいだから」
 クロエちゃんと冬凪とあたしは、紫子さんにお礼を言って外に出た。門前には真っ赤なポルシェが迎えに来ていた。昨日とはまた違ったスーツ姿のブクロ親方が運転席にいた。その顔に夕霧物語のアラビア人の若い男の人(たしか利助と言った)のが重なって見えた。豆蔵くんといい定吉くんといい、彼らは夕霧太夫のころから鬼子とともにいた人たちだったのかもしれない。
 四ツ辻からは、峠のワインディングロードへ抜けることができない。だから、うねうねとした山道を下って辻沢の街へ出る。山道は舗装されてはいるものの狭く、路肩の下は切り立った崖になっている。その底を覗き込むと白い渓流が細く見えていて、落ちたら車ごと粉々になってしまいそうだった。ブクロ親方はそんな道を猛スピードで駆け下りてゆく。なんでこんな道のカーブで突っ込んでいけるの? 対向車来たら終わりじゃない。
「スピードどうですかね?」
 とめっちゃ遠慮して言ったつもりだったけれど、ブクロ親方は、
「そうですね。車、もっとスピードに慣しとかなくちゃですね。もうすぐマヒが帰ってくるんで!」
 とアクセル踏み込みやがった。
 前後左右に頭振られて死んだ。藤野の家に着いたときには髪の毛バッサバサになってた。それでも、
「「「ありがとうございました」」」
 とお礼をしてブクロ親方のポルシェを見送った。真っ赤な残像を残して秒で視界から消えた。
 リビングのソファに腰掛けて一旦気持ちを落ち着かせて、
「すんごい運転だった」
「マヒが帰ってくるから浮ついてるんだよ」
「マヒって誰のこと?」
 クロエちゃんもゲーマーのイザエモンのことをマヒって言った。
「世界最強の伝説的ゲームアイドル、夜野まひる。あの子、鬼ゴリのチブクロだから」
 だからブクロ親方だったんだ。池袋でも傘袋でもなくチブクロ親方。チブクロといえば浄血集団のことだけど。
「ブクロ親方って浄血とかする人なの?」
「浄血? 何それ」
 クロエちゃんにゲーム部の部室で一年生の子が血を搾り取られてそれがチブクロの仕業だったらしいと話した。
「それはカタリだね。チブクロは夜野まひるが所属していたゲームアイドルグループRIBのファンの呼称ってだけ」
 そして、ブクロ親方は夜野まひるが飛行機事故で冬のオホーツク海に消えた後、海の中から瀕死の夜野まひるを救い出し北海道を一緒に旅して辻沢に連れ帰った伝説の男だと言った。
「生きてるの? その夜野まひるさんって」
 クロエちゃんはこっそり、しかも小さく頷いて、
「誰にも言っちゃダメだよ」
 鈴風が言っていたように、アワノナルトのイザエモンはレプリカゲーマーなんかじゃなく夜野まひる本人だったのだ。鈴風、これ知ったらきっと死ぬ。でも飛行機事故はたしか20年前。VRゲームは基本的に自己投影型アバターで容姿は変えられても年格好はごまかせないと言われている。それなのにホロで見たイザエモンは未成年のようだった。飛行機事故に遭ったのに生きていたとか、年齢不詳とか。これまでうんざりするほどそういう例を見てきたけれど、それってもしかして、
「伝説の伊左衛門だったり?」
 アワノナルトでしかもハンネが同じだから。
「あー、それは違うんだな。名前は借りてるだけ。それに伊左衛門はもうこの世にいないし」
 取りあえず順番にシャワーを浴びて夕食にした。
 豚バラ肉とゴーヤーを買ってあったので、異端の、と言いたいところだけれど、こればかりは本格的ゴーヤチャンプルーを作る。あたしはミユキ母さんに沖縄料理のお店に連れて行ってもらって一度だけ食べたことがあるけれど、基本はVR動画とかで見た通りのもの。だから出来た物が本当にゴーヤチャンプルーって言っていいかどうか不安があるけれど、ミユキ母さんも冬凪もあたしが作るゴーヤチャンプルーが好きと言ってくれるので夏の定番料理になってる。それに豚肉の一番美味しい食べ方かもって思う。
 豆腐は島豆腐がいいみたいだけれど、スーパーには置いてないことが多いので木綿豆腐の堅そうなのを買っておく。準備段階で平皿で重しをして木綿豆腐の水を抜く。ゴーヤは種を取って切ってから塩もみして絞り、苦みを取っておく。
 まず豆腐を丁度良い大きさに切って焦げ目が付くまでフライパンで炒めて別皿に取っておく。次に豚バラ肉を赤いところが無くなるまでごま油でよく炒める。その後ゴーヤーを入れて炒め、早めに塩を降り入れて火が入ったなーというところで水100ccを入れる。醤油とカツオ出汁を入れて、置いておいた豆腐を混ぜ炒める。弱火にして軽く溶いた卵を入れて放置。皿に取って鰹節をたんまり掛けたらできあがり。それにお味噌汁とサラダを付けて、白飯でどうぞ。
「「ぜっふぃん(絶品)」」
 二人とも満足そう。よかった。
 お皿をかたづけたあと、クロエちゃんには内緒で、冬凪と二人で今後の作戦会議をした。少し課題を整理すると、
 ・十六夜を解放するために人柱をブッコ抜かなければならない。調由香里、千福ミワさん、志野婦のことだったらしいけれど、現在の所、ブッコ抜けたのは調由香里の首だけ。
 ・ミワさんとまゆまゆさんたちを遭わせるために次元を繋げなきゃいけない。でも、クロエちゃんたちが地獄へ行ったときに乗った鬼子神社の屋形船は使えそうにない。自分たちでその方法を探り当てなきゃならない。
 ・鬼子神社に薬指を置いてどこかに行ってしまったユウさんを探す。クロエちゃんは何処に行ったか知ってる風だけれど、今はミユキ母さんに口止めされてて言ってくれない。
 問題山積だ。冬凪の顔を見たけれどどうしていいか分からなさそうだった。
「トリマ、まゆまゆさんの連絡待ちかな」
 冬凪が言った。
「じゃあ、明日は?」
「炎熱地獄で穴掘り」
 遺跡調査のバイトが待っているのだった。
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