第14話 元廓の爆心地

文字数 2,819文字

 十六夜とあたしが乗った車は元廓(もとくるわ)に入った。道の両側は石垣に植え込み、高い塀が並ぶ。長いなだらかな坂道のテッペンあたりの、ここらで一番高そうな白壁のお屋敷の前で車が停まった。洋風の三階建て、南に向かう沢山の窓があった。後部ドアが開いて十六夜のストレッチが引き出されていった。スライドドアから降りてストレッチの横に並んで十六夜の手を握り直す。するとかすかだが十六夜が握り返してくれた。
巨人の出入り口かと思うくらい高い鋼鉄製の玄関ドアが開くと、看護師らしき人がストレッチを引き取り、屋敷の奥へと運んで行ってしまった。黒服サングラスたちは無言で玄関から出て行ってしまい、あたしは自分の家の敷地くらいありそうな玄関ホールに一人取り残されてしまった。
どうしようと思ったところに、
「藤野夏波様」
 急に呼びかけられた。まるで心の中に話しかけられたようで気味が悪かった。見回すと一抱えもありそうな白い柱の横に和装の女性が立っていた。
「こちらへどうぞ」
 和装の女性は背中を向けて、白い柱の向こうの大階段の下まで移動してまた立ち止まった。階段は映画に出てきそうな、正面が踊り場になっていて左右に分かれる豪壮なものだった。和装の女性について行ったけれど、真ん中は遠慮して端っこを歩いて上った。
 二階に上がると、宮廷のような天井の高い廊下をひたすら真っ直ぐ歩き、ようやく一番奥の部屋へ通された。
「お嬢様の処置が済みますまで、しばらくこちらでおくつろぎください」
 そう言って和装の女性は部屋を出て行った。
 通されたのは南に向いた明るい部屋で、ふかふかの絨毯に花柄の洋風応接セット、壁には暖炉がある客間だった。ソファの生地が綺麗すぎて汚したらと思うと座れなかった。取りあえず自分のカバンを部屋の端っこに置いて窓の外を眺めることにする。
 窓からは辻沢の中心街が遠望出来た。ひときわ目立つ白い建物は駅前のヤオマングランドホテルだろう。その少し先にスーパーヤオマン。街道沿いに焼肉専門店ヤオマンBPCの看板、青物市場らへんの10階建てのビルはヤオマン旧本社ビルだ。宮木野神社の側が辻沢総合病院。志野婦神社の裏手がセレモニア辻沢、葬儀場だ。ヤオマンとは付いてないがどちらも経営はヤオマンHD。こうやって改めて見渡しても、辻沢はヤオマンだらけだと気づく。文字通りのゆりかごから墓場まで。いっそのこと天国から地獄までって言ったらって思う。辻沢だけでなく世界を支配しているのだから。
 ヤオマン探しにも飽きて眼下に目をやると、広い庭と大きなお屋敷ばかりの高級住宅街が広がっていだ。元廓という地名からも分かるとおり、ここは江戸の初めまで遊郭があった場所だ。街道一の妓楼、阿波の鳴門屋が中心となって栄えたが、名妓夕霧太夫に邪な想いを寄せた男らに焼き討ちにあって町ごと焼亡した。いわゆる夕霧大火だ。遊郭自体は、その後今の辻沢駅周辺に再建されたが、阿波の鳴門屋も夕霧太夫も辻沢の人々の記憶から遠くなって今に至る。って冬凪から聞いた。
 そんな中にかなり広い円形の空き地が目に付いた。周囲は虎柄の工事用フェンスで囲われていて雑草が伸び放題だった。
「爆心地です」
びっくりした。さっきの和装の女性がお茶菓子を乗せたお盆を手に真後ろに立っていた。
「失礼いたしました。驚かせてしまいましたね。私、前園家でメイド頭をしております。高倉と申します」
 高倉さんは和装だから年配の方かと思ったけど、こうしてお顔をよく見るとミユキ母さんと同じくらいのようだ。にしても綺麗な人。お着物から雨上がりの木の芽のような香りがしている。
「あれが爆心地の一つなんですね」
冬凪が辻沢には爆心地が二つあると言っていた。一つは六道辻に。もう一つは元廓に。それぞれ辻沢建設オーナー千福氏邸跡とヤオマン前会長前園氏邸跡だ。つまり今見えているのは、ヤオマン前会長が爆殺された現場ということになる。なるほど放置なままなわけだ。
「奥様はそれはそれはお塞ぎになられまして」
 それはそうだろう。旦那が殺されたとなっては。
「いいえ、それはどうでもよかったのです。お塞ぎになられた原因というのは、十八年前の四月に亡くなられた調由香里様のことでございます」
 え? 今あたしってば声に出して言った?
「いいえ、日香里奥様と調由香里様とは、幼い頃からの大の親友だったのでございます」
 なんか会話の流れが変な感じする。きっと高倉さんってば、相手かまわず話したいことを話すタイプの人なんだ。そうだ、そういうことにしよう。
「一緒の小学校、中学校、高等学校に通われて、その先こそ違いましたが、お二方とも婿様を取られた後も大変仲良くされてました」
そういえば辻沢は、特に旧家は家に生まれた女性が婿を取って家督を継ぐ女系相続だって冬凪が言ってたな。
「ところがある年の暮れ、六道辻にあった調様のお宅が大火事になって家刀自様と旦那様がなくなられ、由香里様も双子のお子様ともども焼き出されてしまいました。そこで日香里奥様が、
『ユカ、あたしんとこ隣が空き地だから引っ越しておいでよ。そうすればいつだって軒伝いに部屋を往来でけきるじゃない』
とおっしゃられて、そうしたら由香里様が、
『ヒカ、それじやあまるで少女マンガじゃない。あたしたちもう女学生じゃないのよ』
と、それはそれは楽しそうに話しておられましたと、それはそれは楽しそうに話しておられました。ユカにヒカと呼びあうのも昭和の少女マンガみたようなフフフ」
 なるほど。
「そのことが実現したのはよかったのですけれど、あの年の四月に由香里様が酷いことになられて」
確か自宅で惨殺されて首なしだったって。
「そうでございます、さらに半年後にご自宅が爆発炎上」
それで前会長の旦那さんが、
「それはどうでもいいのですが、由香里様の大事なお子さんたちが」
巻き込まれた。
「のではなく、幸い無事で、日香里奥様が後見人になられました。つまり、あの爆心地は、日香里奥様と由香里様のお宅があった場所なのです」
なっが、話。
 十六夜のママが辻沢に隠遁して表社会に出てこなくなったのがそれくらいだったはず。もしかしたら調由香里の惨殺が原因だったりするのかな。大親友の死か。そう考えた途端、背筋がゾクってなった。十六夜のことが頭に浮かんでしまい急いでそれを打ち消した。まさか、そんなことにならないよね。
 夕方、前園家をおいとました。結局十六夜には会わずじまいだった。高倉さんの説明では、容態はよくなったけれども医師から安静にしているように指導があったからだそうだ。十六夜からも、
「ごめん。夏波。今日は帰って。VRでなら明日から会えるから。その時話そ」
 とリング端末にメッセージがあった。ホロ画面に映る顔色は昼間よりはよくなってて笑顔もいつもと変わりなさそうだった。ねえ、十六夜。無理してないよね。瀉血のこと、カーテンの中での響先生たちの話は別の子のことだったんだよね。
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