第4話 Zen@mi

文字数 3,627文字

 六月三十日零時。今夜は月末では珍しいストロベリームーンの満月。
「ハッピーバースデー、あたし」
 これで法的に成人だ。同時にけたたましい着信音がVR空間に響き出した。
「ハピバー、夏波ぃー」「ナツナミちゃん、お誕生日おめでとう」
 チャットに、知った顔の動画がすごい勢いで表示されている。普段しゃべらない人ばかりの、ほぼほぼ定型の義理動画だけど、ないより嬉しい。
 それら全部に返事をし終わったのが二時過ぎだった。
 早速十八才最初のロックイン。これまでは学校でVRの授業があるか確認してたけど、今後はそれがあっても3時間の余裕があるから気兼ねなく利用できるのが楽。家のVR端末から「園芸部」の開発ブースにアクセスして、いくつかあるプロジェクトルームの中から、今一番熱いヤオマンHD向けの「六道園」プロジェクトを開く。十六夜を呼ぼうか迷ったが、こんな時間だし、おそらくあの人がロックインして来るからやめにしておく。
 「六道園」プロジェクトは、ヤオマンHDから依頼を受けてやっている。きっかけは一年の時の文化祭で枯山水をゴリゴリバース内に情景展示したのを伊礼社長が観て気に入ってくれたことだ。その後すぐ、社長直々に園芸部のルームにアクセスして来て枯山水プロジェクトの立ち上げを打診してくれ縁が深まった。その後、枯山水プロジェクトが軌道に乗ったのを機に、二年の春、ヤオマンHDが受託した辻沢町景メタバース移植プロジェクトでの庭園生成をあたしたち辻女園芸部に委託してくれたのだった。その一環として宮木野神社の園庭構築もあったのだが、今は十数年前に倒壊した町役場にあった日本庭園「六道園」をメタバース内に移植再生中なのだ。十六夜とあたしとしてはこのプロジェクトをやり遂げて起業の着火剤にするつもりで頑張っている。期日は十二月末。時間がない中での「支配からの卒業」は大きい。
 ロックインしたVR空間に広がるのは美しい日本庭園。f値のアンジュレーションが効いた緑の絨毯の先に白い州浜。清浄な水をたたえる苑池の中央に築山が浮かんでいる。開発環境なので全体が真っ白い壁に囲われているけれど、本番では辻沢の西山地区が借景となる仕組だ。ヤオマンHDが開発運営するゴリゴリバースは他には真似のできない超絶なリアルさが売りで、全てのエリアで自然そのままの情景を移すことに成功している。特に辻沢町のエリアは辻沢の自然を完璧に再現しているのだが(天蓋以外は)、それらが画像のテクスチャーなどではないところがすごい。草木や岩石、泥濘、はては水の分子までオブジェクト化されてるんじゃないかってぐらいの再現度なのだ。
「ゼンアミさん」
 プロジェクトリーダーの名を呼ぶ。すると州浜の前に半纏姿の人型シルエットが現れて、ただでさえ小さな体をさらに縮こまらせた。
「匠の御方。こんばんわ。お誕生日おめでとうございます」
 と一礼する。これが庭師AI、Zen@miのビジュアルだ。顔もシルエットなので表情とかは言葉の抑揚で判断する。
「ありがとうございます。ようやく十八才になりました」
「今後はもう少し密にお庭のお話が出来そうで、うれしゅうございます」
 あたしの誕生日どころか、全ての個人情報を把握しているこの庭師AIは、今日からあたしが四時間までロックイン出来ると知っているのだ。
「はい。あらためてよろしくお願いします。とは言えあたしたちが出来るのは進捗の確認くらいですが」
 この美しい景観は図面化から施工、維持までデザイン以外の全工程をゼンアミさんが統括している。十六夜もあたしも、庭師AIたちにまじって植栽の手入れをしたり施設メンテの手伝いをするが、それもバイト程度の作業量でしかない。
 そこへ、
「ゼンアミがあるのは園芸部さんのおかげですよ」
 と声が掛かる。アクセスポイントの石橋を見ると伊礼社長の姿があった。小太りながら決して不健康な印象を与えないしまった体躯。少し剥げ上がった頭にトレードマークのもみあげ。いつも青色のサングラスをしていて、その奥の目は眼光鋭くこのVR世界を睥睨している。
 たしかに、もとから庭師AIというのが存在したわけではない。十六夜とあたしが暇な時にメタバースの作業用AIに作庭術を学習させているうちに、突然庭師を自称するAIが誕生したのだ。さらにその庭師AIに室町の東山文化の情報を与え続けて完成したのが、今、漆黒の顔の奥からこちらの様子を伺っているだろう、このゼンアミさんなのだった。
「伊礼社長のお力添えがあってこそです」
 ヤオマンHDはあたしたち園芸部に多大な援助をしてくれている。園芸部の部室にある二台の個人用VRブースを提供してくれたのもその一つだ。さらにサブスクの、学割でも年間数十万円はするメタバース開発環境を無償で提供してくれてもいる。さらに、庭師AIに読ませる膨大な資料の請求と収集、日本各地の作例実測の許諾と費用(作業費、交通費、宿泊費、食費)の融通、アセット化における版権問題の解消等、すべての便宜を図ってくれているのだった。おまけに伊礼社長自ら、各種業界やマスメディアに園芸部の作品を紹介までしてくれている。
「ゼンアミ、進捗を聞かせてくれ」
 伊礼社長が問いかけるとゼンアミさんが、
「大殿、大変申し上げにくいのですが……」
 と、かしこまってしまった。伊礼社長に進捗を問われる度に萎縮する姿を何度見たことだろう。
「やはり、石が立たないか?」
「どうも、具合が悪うございます」
 と丸くなった背をさらに丸くして恐縮している。
 今回のプロジェクトの、倒壊事故で損失した日本庭園は、池を掘り中島を築いてそこに須弥山を模した石組みが構成してあった。その石自体はヤオマンHDが事故現場から全て掘り出し、破砕されたものがあれば日本各地から名石を取り寄せVRデータ化した。それらはどれもゼンアミさんも納得の石だったのだが、いざ組み出したら設置はできるものの何か腑に落ちないというのだ。
 実は、最初に作成した枯山水の時も同じようなことがあり、ゼンアミさんは満足のいく石が立てられないと言って嘆いていた。ほとんどのお客様がそれでもよいと言う出来ではあったので、枯山水プロジェクトについては伊礼社長と相談し未完成を明示したうえでのリリースとした。
 これはホントに深刻な問題なのだ。というのも、石を立てるというのは言葉通りでは庭石を設置することなのだけど、その昔庭造りをする坊主を石立僧と言ったように作庭そのものを表すからだ。ゆえにこのプロジェクトに限らずメタバース内で作庭することの根本問題といえるのだった。
 それでゼンアミさんに解決策を聞いたら、ゼンアミさんの時代には当たり前の風習だったようで、
「人柱をご用意ください。なに、赤子一人でいいのです」
 などと、ぞっとすることを言い出したので、以来それについてはゼンアミさんに限らず他の庭師AIにも相談しないことにしている。
 ゼンアミさんの案内のもと、伊礼社長とあたしは中島の須弥山石以外の進捗に関して、構築中の庭園を回りながら説明を受ける。どれもまだ未成のままだが、時間とともに養生がうまくいって完成すれば美しい日本庭園の一部となることははっきりと見てとれた。
「いてて!」
 こんなタイミングで電痛アラームだ。ロックインしてから二時間になろうとしていた。
「どうされましたか?」
 伊礼社長に問われたけれど、まだゼンアミさんが説明の途中だったので、
「なんでもありません」
 とごまかした。けれどすぐさまゼンアミさんに、
「カウンセラーの先生から最初は短めにと言われませんでしたか?」
 とばらされてしまった。しかたなく、
「アラームを掛けていて」
「ならば、今日はここまでで」
 と伊礼社長がセッション終了を宣言した。
 州浜の縁を歩いてアクセスポイントの石橋の上に戻る。二人に挨拶して先にロックアウトしはじめたら、ゼンアミさんが伊礼社長に何か耳打ちしているのが見えた。それに対して伊礼社長が短く答えたるのを見ながらあたしはルームから退出したのだった。
 伊礼社長とゼンアミさんは、時々十六夜やあたしが見ていない所で二人だけでやりとりすることがある。それが十六夜が伊礼社長とプロジェクトで鉢会うのを嫌う一番の理由だし、あたしだってこの二人ですらそこらのオトナと同じく女子を軽く見ているように思えていい気分はしないのだった。
 でも、どんな女の子でもそんなオトナを出し抜く方法は持っていて、十六夜とあたしの場合は会話の内容を覗き見することだった。
 全員のロックアウトを確認してからVR空間を開発環境に切り替えコマンドウインドーを開く。そこに今のセッションの会話履歴を表示するコマンドを打ち込んで、覗き見完了。
 ――――セッションの最後の会話。
 >Zen@mi:人柱に辻沢の鬼子はどうでしょう
 対して、
 >伊礼魁:考えてある
 とあった。
 辻沢の鬼子? なんだそれ。
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