第49話 調レイカ

文字数 3,145文字

 今回のあのころの辻沢行きは5日の予定で1週間分の準備をした。千福まゆまゆさんからは長くなりそうだとは言われたけれど、具体的な日数は冬凪も教えてもらってない。あのTWブースの前で、
「今回は何日ですか?」 
 と聞かれた時の答えがその長さに合っていなかったら、もう少し短くてよいでしょうとか長くいた方がよさそうですとか言ってくれるのだそう。
「ある種、ギャンブルなんだね」
「そうなんだ。長過ぎた時はいいんだけど、与分なものは土蔵に置かせてもらうから。でも短すぎた時がね」
「あーね」
 ということで少し多めに持って行って少なく申告する作戦にしたのだった。なんか、遠足って感じになってる。
 2人で考えたお出かけコーデの服も登山用バッグにしまい終わって、お財布の中身を調べている冬凪に、
「古いお金とかはどうしてるの?」
 冬凪は向こうで旧札の諭吉万円とか英世千円とかを使っていた。
「ヤオマンコインで買ってる」
「高くないの?」
「まだ何年も経ってないからレートはほぼ同額」
「あたしも払うからいくら使ったか教えてね」
「分かった」
 冬凪だって何かと入りようなフィールドワークのためにずっとバイトをしているのだから、あたしの分まで負担させたら申し訳ない。
 千福まゆまゆさんから時間は指定されていなかったので、まだ日が昇らない早朝のうちに家を出た。土蔵に着くまでに大汗をかかないようにだ。
〈♪ゴリゴリーン。次は六道辻。あなたの後ろに迫る怪しい影。降車後は猛ダッシュでお帰り下さい〉
 六道辻のバス停を降りたころはには日は出ていたけれどまだ涼しかった。孟宗竹が覆い被さるいつもの道を歩いていると、現場の方からピンクに白ラインのadodasジャージを着た子が歩いてきて、こっちに手を振ってくれた。見た感じ、同い年くらいで、ライトブラウンの髪をツインテールにしていて、すごい小顔の中の瞳は大きく金色をしていた。
「知ってる子?」
「知り合いってほどじゃないけど」
 一応手をふりかえす。その子はすれ違う前に右折してあたしたちの道から外れた。歩きながらその子のことを目で追いかけると茅葺き屋根のお屋敷に入って行く。
「あの屋敷って」
「辻川町長の元実家で、今は調家」
 元廓にあった調邸が前園日香里の屋敷とともに爆発炎上した後、住むところの無くなった双子の兄妹がここに引っ越してきたのだった。
「じゃあ、あの子は」
「由香里さんの娘だよ」
「女バス連続失踪事件当時マネージャーだった?」
 よく考えたら響先生たちと同じ年なんだから、あんな高校生みたいななりのはずないな。年の離れた妹とか。
「そう。あれが調レイカだよ」
「マジカジャイアント!」(死語構文)
「うーん、そのギャグ、まだ使う人いるから構文違反じゃない?」
 乱用すると嫌がられるし、言葉も存命判断いるから死語構文ってば結構ムズイ。
 それはさておき、「帰ってきた」辻川町長といい、調レイカといい、あのころの辻沢の人たちは年を取らなさすぎ。
「ヴァンパイアなの?」
「かもね」
「太陽出てるんだけど」
 道に覆いかかる竹の隙間からキラキラと夏の太陽が差し込んでいた。そこを調レイカは平気な顔で歩いていた。ヴァンパイアは太陽に当たると死ぬっていうよね。どういうこと? その疑問に応えてくれる様子で冬凪は顎に指を充てるいつものポーズになった。
「調家は六辻家の筆頭なんだけど屋号もあって、辻に王様の王と書いて辻王って言うんだ。何でだと思う?」
 調家は辻沢ヴァンパイアの始祖の一人、宮木野の直系だっていうのは冬凪から聞いたことがあったけど、それだけで辻の王様って言ってたらショボい。
「わからない」
「それはね、調の血がザ・デイ・ウォーカーだから。調家でヴァンパイアになった者は昼間でも出歩ける最強種になるらしい。昼に行動を制限されるのがヴァンパイアでしょ。そこに自分と同等かそれ以上の存在に襲われたらひとたまりもない。逆らう者がいなくなっての辻の王」
 その説明を聞いてずっと引っかかっていたことを思い出した。冬凪は辻沢ヴァンパイアの血筋って言うけど、そもそもヴァンパイアって子孫残せるんだろうか? だっていつまでも若いままなのは死んでるからでしょ。成長も衰弱もしないから永遠に生きられる。なら生殖なんて機能しないんじゃ? 
 それはまた今度質問するとして、そういえば冬凪は調レイカが要人連続死亡案件のキーマンだと言ってたことがあった。最強種のヴァンパイア。ヴァンパイア同士の権力闘争。なるほどね。
「分かった! 犯人は調レイカだ」
 それを聞いた冬凪は、悲しそうな顔をあたしに向けて、
「夏波はおバカになっちゃったの?」
 と言ったのだった。
 そうしているうち、竹林の土蔵の前まで来ていた。白い土蔵の中に入って白い方の千福まゆまゆさんに会った。最初に冬凪が「前回の調査報告書です」とA4のキャンバスノートを渡すと、白まゆまゆさんは、
「「ありがとうございます。これは後ほどゆっくり読まさせていただきます」」
 と安定の二重音声で言って胸に抱いた。そういえば冬凪がまゆまゆさんに何を頼まれてたか聞いてなかった。
「「今回の滞在のご予定は?」」
 白まゆまゆさんが前と同じようにホテルのフロント係のように尋ねた。
「五日です」
 冬凪が答えると少しの間があって、
「「分かりました。今回は藤野冬凪さんから? それともまた藤野夏波さんから行きますか?」」
 あたしは前と同じでない方がよかったので、
「冬凪先行ってくれる?」
「全然いいよ」
 開き市松人形の中に入った冬凪を見送って蓋がしまりしばらく経つと、白市松人形が中割れして再び開いた。前回帰る時も同じ状況だったのに、今は落ち着いているからなのか、そこに冬凪がいなかったことがこんなにもあたしを不安にさせるなんて思わなかった。何か大きな忘れ物をした感覚。
「「藤野夏波様、どうぞ中にお入りください」」
 白まゆまゆさんに促されて白市松人形の中に入ると、
「「藤野夏波様。お願いがあります。どうか私どもの母の消息をお尋ね下さい」」
 と言われた。ひょっとしてこれが調査依頼というやつかと思っているうちに鉄の処女の蓋が閉まり、あたしは無数の星明かりが流れる異空間へ射出されたのだった。
 真っ暗な空間に縦筋一本の光が射しそこが中割れに開くと、冬凪と黒まゆまゆさんが迎えてくれた。
「夏波、気分はどう?」
 雄蛇ヶ池で気分が悪くなったのは、このTWブースのせいかもって冬凪が言ってたのを思いだした。心配してくれてたんだ。
「ありがとう。大丈夫だよ」
 トリマ既視感はなし。冬凪が手を取ってブースから引き上げてくれた。
「「では、五日後に。ご無事でお戻り下さい」」
 黒まゆまゆさんにお別れして、黒土蔵を出ると、竹林の広場は明るい陽射しの中にあった。その真ん中あたりにはバモスくんが停まっていて、運転席で鞠野フスキが、半袖のTシャツに半ズボンというかなりラフな格好で昼寝をしていた。冬凪とあたしがバモスくんに近づくと鞠野フスキは、
「夕霧太夫、もうじきけちんぼ池ですよ、ムニャムニャ」
 と寝言を言った。あたしはその内容よりも、寝言でムニャムニャって言う人が本当にいることの方がビックリで、鞠野フスキはやっぱり只者ではないと思った。
「鞠野先生、起きて下さい」
 冬凪が肩を揺らして起こすと、鞠野フスキは気持ちよさそうに大きく伸びをして、
「やあ、藤野姉妹。一ヶ月ぶりだね。元気だったかい?」
 と挨拶した。冬凪が、
「鞠野先生。今回あたしたちがここに来た理由はお分かりですか?」
 と聞くと、鞠野フスキはしばし考えるふうでいて、やっと口を開いたかと思ったら、
「分かっているとも。君たちは爆弾を作った人に会いに来たんだよ」
 と言ったのだった。
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