第79話 十六夜の恋

文字数 2,921文字

 鈴風は口がないのに、何でこんなことになったかを話した。
 冬凪とあたしが辻女前でバスを降りたころ鈴風は園芸部にいた。VRブースの火を落として帰り支度をしていると室温が急激に下がりだしたのでたまらなくなって急いで外に出た。そこにエンピマンがいて捕まってしまった。普段ならそんなヘマはしないのだけれど体が言うことを聞いてくれなかった。実は今もそうで、正体を明かさずにいるつもりが変装を保っていられなくなってしまったのだそう。
「急な寒さのせいだと思います」
 鈴風は夏でも長袖の制服を着るほど寒がりだ。でも鈴風がそういう体質だからなのかクチナシ衆というのが寒さに弱い術の使い手だからなのかはわからなかった。
「そんなことより、あそこで何をしてたか、夏波と冬凪に言っておいた方がいいんじゃない?」
 伊左衛門が窓際を離れて鈴風のところまで来ると顔を覗き込んで言った。バスのアナウンスに干渉し冬凪とあたしをここに呼びつけたり、さらに鈴風が正体を晒すような状況を作り出したのは伊左衛門だ。何か知っていてこれらを仕組んだということは当然考えられる。
「言えません」
 鈴風はない口をつぐんだ。すると伊左衛門は印を結ぶフリをして、
「もっと寒くしてあげようか?」
 強めの要求だった。それで鈴風はどおせ吐くことになると観念したようだった。そして、
「十六夜さんに術をかけていました」
 と言うとあたしから目をそらした。あたしに知られたらまずいことをしていたらしい。
「それは、今だけでないよね」
 伊左衛門が追求する。
「ずっと前から」
 園芸部に入ったのも十六夜に近づき志野婦に魅了されるように仕向けるためだった。鈴風は十六夜に志野婦への思慕をすり込むためのイメージを園芸部から十六夜のVRブースに送り続けた。そのイメージというのが白馬の王子のイメージで、みんながあの夢を見るようになったのは、それがメタバースに漏洩してみんなの深層心理に浸透したからだった。
「それは」
 鈴風はあたしの声に体をビクリとさせた。あたしは少し間を置いて鈴風の緊張が緩まるようにしたけれど、鈴風は肩をこわばらせたままだった。それで声が強くならないように注意して言った。
「それは、十六夜を妊娠させようとして?」
 鈴風は肩を震わせながらうなづいた。
「志野婦様は六道衆に囚われの身になってしまいました」
 クチナシ衆は妖術使いの六道衆に勝てなかった。トラギクの力は圧倒的だったのだ。
「辻沢最凶のヴァンパイアを人柱にできるほどだからね」
 伊左衛門が付け足した。
「それでわたしどもは志野婦様を借り移すことを考えました」
 借り移すとは志野婦に魅了された女の腹に胎児として生まれ変わらせることだった。そしてそれは普通の人よりもヴァンパイアに近しい鬼子の方が上手く行くのだそう。
「それで十六夜を? なんで他の鬼子でなかったの?」
「他の鬼子でも試しましたが孕んでもしばらくすると、死んでしまう」
 鈴風は最後の言葉をすごく言いにくそうに口にした。だから答えは分かったけれどあえて鈴風に聞いた。
「母親と子供のどっちが?」 
 鈴風はその時も俯いたままで、
「母親の方が」
 と力なく応えた。クチナシ衆は志野婦を復活させるために鬼子を犠牲にして来たのだった。それはとても許せることではないけれど、それよりも何で十六夜が鬼子だと分かったのかが知りたかった。あたしでさえ、ついこの間知ったばかりなのに。
「それは響先生のお仕事をお手伝いして、ヤオマン屋敷に出入りしていたからでした」
 響先生のお仕事とは浄血騒動や瀉血の流行に紛れて女子の生き血を集めることだと言った。それは十六夜が残したメッセージで語られたママの悪事の一つだ。それに鈴風も加担していたのだった。
「響先生と前園会長が話をしているのを立ち聞きして十六夜さんが鬼子であることを知りました。しかも十六夜さんは夕霧太夫と近しいと聞いて、志野婦様の母君にうってつけと思ったのです」
「それで無力な十六夜に術をかけた」
 と言うと鈴風は、その時だけは顔を上げてあたしを見ながら、
「それは違います。志野婦様を受け入れることを望んだのは十六夜さんのほうです」
 どう言うこと? 鈴風の目をじっと見つめていたらいきなり言葉が浮かんできた。
「十六夜は志野婦に恋をしていた」
 あたしの呟きに鈴風はゆっくりとうなづいたのだった。
「ちょっと待って。それは違わないか?」
 伊左衛門が割って入った、
「だって魅了されるように仕向けたのは、あんたらだろ?」
 つまり十六夜は釣られたのだ。
「それは……」
 言葉がでなくなった鈴風の代わりに冬凪が、
「釣られたから推すか、推しだから釣られるかって違いあるようだけど、それって結局当人にとってはどうでもいいんだよね」
 本当のところ、十六夜はどう思っているんだろう? 左の薬指に耳を当ててみる。微かだけれど十六夜の息遣いが聞こえて来る。やっぱりそれは、とても心安らかでゆったりとしたものだった。
「十六夜は望んで志野婦を孕んだ」
 冬凪を見ると肯いたけれど同時に戸惑っているようにも見えた。それはあたしも全く同じ気持ちだった。
 あたしが十六夜のあの姿を初めて見た時、気が動転して高倉さんに早く解放してあげてと頼んだ。でも十六夜が望んでやっていることだからダメだと断られた。それは自分は犠牲になっても他の鬼子を助けるためだったはず。でも今の話では十六夜は志野婦を復活させるつもりだったということになる。あのメッセージはなんだったんだろう。どっちが十六夜の本心なんだろう。世間の女同士の友情がそれでおかしくなることがあるように、エニシの赤い糸で繋がれた十六夜とあたしの関係も、恋には勝てなかったということなんだろうか? いや。500年志野婦に仕えてきたクチナシ衆である鈴風にしてみれば、志野婦を守るためには何でも言うだろうことを忘れてはいけない。やっぱりこのまま、はいそうですかと引き下がる訳にはいかない。ここが終わったらすぐにでも十六夜に会いに行こう。行ってちゃんと十六夜の近くで確かめよう。そう思ったのだった。
「さて、最後の仕上げをしなくちゃね」
 話が一段落したところで伊左衛門が言った。
「鈴風さんも協力してもらおうか」 
 冬凪の作戦は、伊左衛門の結界を広げて行って蓑笠連中を体育館に集約させるというものだった。今のところの進捗は、授業棟、教務棟、図書館棟、部活動棟の建物全体に結界を張って、辻女にあふれていた蓑笠連中を建物から外に追い出したところまで来た。次はそいつらを体育館に押し込める。
「で、囮になってもらうのが」
 伊左衛門が鈴風のことを見た。鈴風はすでに諦めの境地でうなだれたままだ。
「あんたは逃げるから、あたしと一緒にいてもらう。夏波でよかったね」
 伊左衛門はあたしに向って微笑んだ。なんか可愛いんですけど。
「うん。あたし目一杯惹きつけるから」
 そして豆蔵くんと定吉くんとを見上げ、
「また頑張って闘ってくれるね」
「「う」」
 二人からは勿論という返事があった。
「冬凪はあたしと一緒に」 
 冬凪は肯くと、
「じゃあ、蓑笠連中殲滅作戦、再決行します!」
 みんなに号令をかけたのだった。
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