第75話 辻女へ

文字数 3,228文字

 冬凪、豆蔵くん、定吉くん、あたしの4人で白漆喰の土蔵の中を探したけれど白まゆまゆさんの姿はなかった。他のものに隠れるようにまゆまゆさんが入れるくらいの長櫃があった。もしやと思って開けてみたけれど中は空っぽだった。どこかに連れさらわれたのだろうか? でもまゆまゆさんはここから出られないはずだった。冬凪が扉のところで、
「黒いほう見てみよう」
 ひとまず外に出てみた。黒漆喰の土蔵の扉は閉じたままだった。こっちは中からしか開かない。裏手に回って行くと、なまこ壁が一カ所ひどく破壊され穴が開いていた。側に近寄って中を覗こうとしたら誰かに腕を強く掴まれた。振り向くと豆蔵くんで、首を横に振っている。
「どうしたの?」
「うう」
 中をよく見ろと言っているようだった。それで覗いてみると、そこから見えたのは黒土蔵の内部ではなく、萬百の星々が散らばる宇宙空間だった。白市松人形から射出された時に見る景色と同じようだった。
「これって亜空間?」
 冬凪が定吉くんに腕を持って貰って中を覗いた。その顔がゆがんで中に吸い込まれそうになっている。少し離れたあたしでさえ吸い込まれるような感じがした。恐ろしくなって、
「あんまり近づくと中に落ちちゃうよ」
 言われて冬凪はすぐに体を穴から離してくれた。
「誰か分からないけれど中に入ろうとしたんだね」
 もういちど白漆喰の土蔵に戻って白市松人形を調べた。それは無残に打ち壊されていたけれど動作はしているようだった。微かに排気音がしていたからだ。
「白まゆまゆさんはもしかしたらまだこの中にいるのかも」
 冬凪とあたしが来るといつもこの中から現れていた。
「それで輩はこれを壊して中を調べた」
「でも見つからなかった。それで黒漆喰のほうを探しに行った」
 そういうことらしかった。あとに残る謎は誰がということだった。
「やっぱりトラギク?」
「人柱の邪魔をしたせい?」
「あたしたちを18年前に行けなくするため?」
「「それな」」(死語構文)
 それが分かったとしてもどうすればいいか見当も付かなかった。トリマ土蔵の前で解散。バイトに戻ることにした。
 冬凪とあたしは、お昼ご飯のおにぎりを食べながら、土山があったところをユンボがならしているのを眺めていた。
「あそこに土山を築くって普通のことなの?」
 爆心地は広くいくらでも場所はあった。現に今だって竹林の際の所に土山を移動して十分な余裕があった。土木工事のことは全然分からないけれど、素人目にもど真ん中に土を盛る必要を感じなかった? 
「赤さんがわざとやったと思うの?」
 冬凪はあたしの言いたいことを分かったようだった。
「ありえないかな?」
「そうだとすると土山をどけさせた辻川ひまわりと敵対関係ってなるけど」
 赤さんはここの遺跡調査会社に元からいた人ではなく臨時雇いなのだそうだ。冬凪が知っていたのは、辻沢の他の現場で一度だけ一緒になったことがあったからで、それまでは見たことがなかったのだそう。誰かが爆心地の遺跡調査を知って赤さんを派遣したとも考えられる。
「でも、調査が進めばいずれあそこも掘削入るし」
 人柱防衛対策としては抜けている。現にさっさと退かされてしまっているのだし。冬凪とあたしは、少し注意しながら赤さんの様子を観察することにしたのだった。
 赤さんは昼礼で、
「午後からは朝の作業の続きをします。幸い水溜まりの水はなくなって深掘りしたところだけがのこっていますが排水はポンプにまかせて掘削していきます。ユンボくんたちが中に入って、他の皆さんは土上げした泥を遠くになった土山に捨てに行ってください」
 「遠くになった」を強調して言った。たしかに真ん中にあったときよりも少し離れてはいる。
 冬凪とあたしは豆蔵くんと定吉くんが掻き出したヘドロを箕に受けて土山に捨てに行く作業にあたった。朝に江本さんが言ったように水を含んだ土はすごく重かったし足場が悪くて歩きづらかった。豆蔵くんや定吉くんたち掘り手は土木作業のスターだ。ものすごい体力を必要とする分、掘れば掘っただけ、土量を稼げば稼ぐだけ賞賛を受ける。今だって一掻き毎に、
「ユンボくんさすが」
「力強いね、小ユンボくんは」
 とかって年配の方たちから声が掛かる。でも炎天下で重たい箕を何往復も運ぶ土揚げだって、誰も言葉に出しては言わないけれど、相当しんどい作業だと思う。
 今日は早めに終わろうということで片付けを始めたのは午後4時ちょうどだった。
「「おつかれさまでした」」
 終礼後、ハウスで着替えているとき冬凪に、
「顔洗ってこ」
 と言われて壁の鏡を見ると顔中に泥飛沫が跳ねていた。着ていた空調服も泥だらけだった。帰ってすぐ洗濯しないと。その前にシャワーだな。
 辻バスに乗って冷房に浸っていると変なアナウンスが流れた。
〈♪ゴリゴリーン 次は辻沢女子高等学校前です。問題をお抱えですか? 当校はそんな女子の味方です。いつでもお気軽にご訪問くださいね〉
 しかもこの声は……。
「あたし学校寄ってくからここで降りる。冬凪はどうする?」
「夏波が行くならあたしも行く。図書館寄りたい」
 ということで二人でバスを降りて辻女に向った。下駄箱で図書館に行く冬凪と別れて前園記念部活動棟に向った。入り口のカフェテラスを覗くと、おばさんが一人、厨房の奥で新聞を見ていたので、
「おばさん、アイスありますか?」
 と声を掛けてみた。いきなりで少し驚いた様子だったけれど、カウンターに出てきてくれて、
「あるよ。何にする?」
「ガリガリーン! を20本ください」
 あとで園芸部来るって言ってた冬凪の分も買っておく。おばさんは一旦奥に入ってアイスの小袋を持って出てきた。
「山椒嫌いかい?」
「嫌いでないけど、アイスに山椒は」
 200円を渡してそれを受け取った。
「そうかい。山椒入りも舌がピリピリして美味しいんだけどね」
 なんか既視感あるなと思いつつおばさんの顔を見ると、蓑笠連中の生首そっくりだった。気づくと周りの音が遠くに聞こえていた。色が褪せて見えていた。別世界にズレ込み始めていた。カウンターから離れて後ろを振り向くと、カフェテラスのあちこちに蓑笠連中の姿があった。笠の破れから黄色い瞳を覗かせ、箕の中の暗闇で生首がこちらを睨め付けながら、
「ともがらのわざをまもらん」
 と呟いていた。
 罠だった? でもあのアナウンスの声はそういう類いの声ではない。あたしは逃げることにした。園芸部に行って態勢を、というより考えを整えようと思った。カフェテラスを出て廊下を走りながら後ろを振り返った。蓑笠連中はいつものヘソ天這いで追いかけてくる。あれまじキモい。廊下ばかりでなく壁だの天井だのにへばりついてザワザワと寄せてくる。なんかどっかで見たことあるなと思ったらあれ。
〈ここから虫系グロ注意〉
 ずいぶん前、まだあたしは小学生だった。小学校の通学路に山道があってそこに横穴が開いていた。そこは先生からも入っちゃダメと言われていたから、あたしはいつも道の反対に避けて歩いていた。でもある日、何故か中を覗きたくなった。それで恐る恐る近づいて中を覗いて見た。何てことはなかった赤土の壁が見えただけだったから。ふと、ザワザワという音が聞こえた気がした。天井を見た。何かが風にざわめいていた。それがザワザワの元らしかった。でも少し変だった。風なんて吹いてなかったのだ。あたしは気味が悪くなって立ち上がった。すると天井がザワザワした。手を振ってみた。天井がザワザワした。もいちど手を振った。また天井がザワザワした。天井はあたしの動きに反応した。目をこらして天井を見てみた。そこにいたのは天井にビッシリと張り付いた無数のカマドウマだった。カマドウマの長い触覚があたしに反応してザワザワしていたのだった。
〈ここまで虫系グロ注意〉
 蓑笠連中の気味の悪さはそれだった。背中がゾワゾワとした。あたしは後ろを振り返らずに園芸部に走ったのだった。
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