第59話 町役場倒壊

文字数 3,428文字

 鞠野フスキに4日後にと挨拶をして別れた後、ヤオアマン・インに帰って早々に寝る支度をした。冬凪は満腹になったのか顔色もよくなっていた。
「そう言えば、あの大爆発で響先生と調レイカって大丈夫だったんだろうか?」
「大丈夫だよ。18年後もピンピンしてたじゃん」
 そうか、それであたしもあんまり心配してなかったんだ。きっと響先生はあのコンクリの地下室にココロさんと一緒にいて助かったんだろう。
 眠りについたのは12時過ぎだった。深夜、あの黒髪の女性が現れるかと思ったけれど目覚めたら朝だった。カレー★パンマンにお早うを言ってベッドを抜け出した。身支度を10分ですませて部屋を後にする。チェックアウトの時、どうせ今夜また泊まるのだから連泊しようかと考えて、「4日後の今夜」なのを忘れていることに気がついた。まったくややこしいことで困る。冬凪が、
「じゃあ、またすぐに」
 フロントの人は、
「またの起こしをお待ちしています」
 と普通に返事をしたけれど、こわばった笑顔をしていてあきらかに戸惑っていた。
 白土蔵で白まゆまゆさんに、
「「無事のご到着、なによりです」」
「動画はご覧になられましたか?」
 冬凪が聞くと、
「「はい。あの方が私どもの母上なのですね。心配ないとのメッセージも受け取りました。安心しました」」
 あたしは疑問に思っていることを聞いてみた。
「お母様の消息を訪ねていますが、それはどうしてなのですか? いつになったらあたしたちは18年後に戻れますか?」
「「それはもちろん母上の事を知りたいという私どもの希望でもあります。しかし、もっと大きな力が作用しています。お二人をお戻しすることが出来ないのは、その力のせいなのです。お許しください」」
 まゆまゆさんたちはあたしたちを惑星スイングバイするつもりは無かったと言いたいらしい。そういえば宮木野神社でこの先のことをまゆまゆさんたちは分かっているのかと冬凪に聞いたとき、
「そうでもないんだよね」
 と答えていたんだった。まゆまゆさんたちの思惑を越える大きな力とは?
「「私どもにも分かりません」」
 辻川ひまわりなら知っているだろうか?
 黒まゆまゆさんからバッキバキのスマフォを受け取って黒土蔵を出ると、またもや夜だった。そしてまたバモスくんに鞠野フスキ。
「やあ、4日ぶりだね」
 と手を振るその隣の助手席を見て足が止まった。あの、黒髪の白い浴衣を着た女性が乗っていたから。その女性は頭に白い鉢巻きをして3本の赤いサイリウムを挿していた。その女性が冬凪とあたしを見て、
「あら、JKちゃんたち。また会ったね」
 ミワさんだった。テンション上がり気味な感じがした。
 ひとまずバモスくんの後部座席に収まり鞠野フスキに、
「今晩はどちらへ」
 と聞いてみたけれど、行くべき所は分かっていた。
「町役場だよ。今晩はミワさんを六辻会議に送って行くよ」
 と予定調和な会話をしていると、ミワさんが、
「六辻会議に出る前に、レイカたちに合流するの」
 と言った。ヴァンパイアの調レイカを六辻会議で辻川町長にぶつける作戦だった。鞠野フスキが、
「どちらにお送りしますか?」
「町役場の駐車場にカリンたちと来てるはずだから」
「では、全(ry)」
 辻沢の街中は静かのはずだった。でも、暗闇のあちらこちらにすり鉢を頭にすりこぎ棒を持った「スレイヤー・R」のプレイヤーが蠢いていた。
「なんですか? あの人たち」
 鞠野フスキに聞いてみた。
「今晩は『妓鬼・フィーバーナイト』なんだって。辻沢のヴァンパイアを掃討するイベント」
 それを聞いたミワさんが、
「おかしいな。辻沢中のヴァンパイアは議事堂に集まってるのに」
「どういうことでしょうか?」
 返事はなかった。
 町役場の駐車場に着くと、広いスペースの真ん中に街灯があって、その下に響先生の紫キャベツの軽自動車が停まっていた。
「あたしはここで」
 とミワさんはバモスくんから降りて行った。あたしは駐車場の一番奥にバモスくんを停めるように鞠野フスキに言った。この年の7月31日深夜、つまり今夜、旧町役場は倒壊する。その時この場所は被害が及ばなかったことを、あたしは六道園プロジェクトの資料で知っていた。
 しばらくして紫キャベツにバスケのビブスを着た人が合流した。おそらくは調レイカだろう。その後、すぐに二人の人が出てきて裏手の入り口から町役場に入っていった。それに続いて三人が出てきて正面から町役場に向った。その中にミワさんの姿と調レイカの姿があった。無事作戦が成功しますように。といいつつ結果は知っている。辻川町長と町長室秘書のエリさんが倒壊事故に巻き込まれて死ぬ。でもそれは公式発表で、実際はエリさんは「帰ってきた」辻川町長のこと、つまり辻川ひまわりだから生きていて、ヴァンパイアの辻川町長のみ死亡。成功するのだ。
 ちょっと暢気な気持ちで夜空にそびえる町役場のてっぺんにある銀色の円盤、議事堂を見上げる。その向こうに真っ赤な満月が見えた。
「夏波、平気?」
 冬凪がおずおずと聞いた。
「何が?」
「ううん。なんでない」
 変だなと思って冬凪を見ると何故か目をそらした。まるで真実を見たくないというように。すると鞠野フスキが、
「そう。今夜は潮時だ。夏波くんは月が南天したら鬼子に発現する」
 そうだった。自分が鬼子であることを忘れていた。鬼子は潮時になると発現して獣の姿になる。バモスくんのバックミラーを見た。顔色に変化なし。銀色の牙は? 生え出てない。でも、目は金色になっていた。
「あたし、鬼子になったらどうなるんですか?」
「朝まで別人格になって、その間、自分が何をしていたか分からなくなる」
「南中は何時ですか?」
「0時05分。あと20分だ」
 町役場は静まりかえっていた。中で何かが起こっているようには感じない。それよりもあたしの内なる衝動が心配だった。別人格って? それがもしも凶暴で冬凪や鞠野フスキを傷つけたらどうしよう。
 0時になった。見上げる議事堂の中で何かが起きていた。上から小さな爆発の音が振ってきた。窓に真っ赤な炎が映っていた。それが他の窓にも広がっていき、ついに全ての窓ガラスが割れて大きな火炎となって夜空を嘗めた。議事堂炎上が始まったのだ。あたしはそのスペクタクルを呆然として見上げていた。どんどん下層を焦がしてゆく炎。倒壊ももうすぐに違いない。
「夏波、平気なの?」
 冬凪がまた同じ事を聞いた。
「大丈夫だけど、何で?」
「月が南中したんだけど」
 時間は0時5分を回っていた。鬼子になる時間を過ぎていた。バックミラーを見た。さっきとまったく変わっていなかった。
「何で?」
「異端だから?」
 鞠野フスキも不思議そうにあたしの顔を見ていたのだった。
 そうしている間にも火災は大きくなっていった。中にいた人が駐車場に出てきて一所に集まっていた。 そうしている間にも火災は大きくなっていった。中にいた人が駐車場に出てきて一所に集まっていた。逃げる様子はただの人に見えるけど本当にあの人たちはヴァンパイアなのだろうか。
「調レイカが出てきた。ナナミさんと一緒だ」
 そのあとも響先生や遊佐先生かもって人も出来た。高倉さんまでいた。でも、10階建ての町役場は頑丈なのか夜空に聳えたままだった。
「倒壊しないね」
 別に期待しているわけではないのだけど、史実と違うといろいろ大変そうだから。そのまま燃えさかる議事堂を見上げていると、議事堂の上の端っこに二人の人が現れた。炎に追われいるように見えたけれどそうではなかった。一人が背中の大きな翼を広げて空中にダイブしたのだ。それは辻川ひまわりだった。もう一人の抱えられている白い人は頭に赤いサイリュウム、ミワさんだった。無事に脱出できてよかったと思った刹那、
世界が一瞬、音と色を失った。強烈な光があたりを照らした。轟音と地響きが同時に起こった。
昨晩と同じ爆発が町役場の上空で起こったのだった。その光は何かを包み込んだかと思うと、一瞬で小さな光の点となった。炎に包まれた議事堂が町役場を押しつぶしながら下降していた。町役場が倒壊し始めたのだった。
 あたしは小さな光の点が町役場の裏手に落ちていくのに気がついた。あたしはバモスくんから飛び降りてその光の点に向って走った。
「夏波、どこへ!」
 冬凪が叫んだ。
「六道園へ」
 あたしはこの先自分に何が起こるのかまったく分からぬまま、運命の場所、六道園に向ったのだった。
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