第89話 新爆心地

文字数 3,267文字

 現地対策の大テントの中はサウナ状態だった。大勢の人が真っ赤な顔をして各自の仕事に専念していた。美少女調査官一行(冬凪、鈴風、あたし)は大テントの入り口で機動隊員から対策室の人に受け渡された。小脇にタブレットを抱えて応対してくれたのは、清楚を絵に描いたような20代後半くらいの女性で、名札に「現場案内担当 中沢茜」とあった。とても綺麗な人なので一応、瞳が金色だったり肌が異様に透き通っていたり銀牙が口の端から覗いてないか確かめたけれど、それは無かった。あたしたちは渡されたヘルメットと長靴と虎ストライプの蛍光ビブスで準備をしながら、現場入場に関する注意を聞いた。
「足下は滑りやすくなっていますので走らないでください。斜面の土砂が崩れてくることがあります。上方に充分注意を払って下さい。重機の旋回範囲内には入らないようにお願いします」
 どこかで聞いたことがあると思ったら、遺跡調査の入場説明の時に赤さんに言われたことと同じだった。
「行方不明者は発見されたのですか?」
 冬凪が聞いた。あたしたち関連でいえば、前園日香里に高倉さん。見つかるはずもないけれど十六夜。あとホムンクルスの調由香里も。
「いいえ。瓦礫が常態でなく捜索が難航していまして」
 あれだけ巨大な建造物だったのだから膨大な量の瓦礫が出てもおかしくない。その中から人を探すというのはどれだけ大変か想像できた。
「外にカートがありますのでそれに乗っていきましょう」
「カートに乗るの?」
「はい。底まで10階ほどの深さがありますから」
 テントの外に出ると、あり得ないほどの視界が目の前に広がっていた。響先生と会った小爆心地の数十倍、数百倍はあろうかというすり鉢状の地形がそこにあった。円形になった縁の向こう正面に人が立っているのが見えたけれど、別の尾根にいる登山者のように小さかった。
 カートはゴルフなんかで使うやつにごっついタイヤが付いたものだった。勧められて、鈴風が助手席に、冬凪とあたしが後ろに乗った。
 すり鉢の斜面には重機やダンプカーが通れるようにだろう幅のあるスロープが螺旋に造形されていた。すり鉢の一番底を指さして運転席の中沢さんが言う。
「最初は浅いお盆状の地形だったのですが、段々とこのような形に変化していっています。まるであの物体が重しになって沈んでいくように」
 中沢さんが指さしたのはその周りに何台もの重機が取り付いている物体だった。真球。10階建てビルの深さだとすると3階くらいの巨大なボールが中心にあった。
「あれが瓦礫?」
 瓦礫というには余りにも形が整いすぎている。まるで大理石のオブジェのように表面がなめらかで周りの形状を写していた。
「瓦礫が爆発で圧縮されたのかものすごく堅くて、まるで超硬度コンクリートのようなんです」
 爆発の圧縮であんなになるかは理解不能だけど、チョーコードコンクリート? 冬凪に目を向けると、
「コンクリートの凄く硬いやつ。普通の粉砕重機じゃ歯が立たない」
 大テントの外に、あたしの背丈くらいあるコンクリ破砕用アタッチメントがいくつも置いてあった。その大迫力に「おま、地獄のドラゴンだろ」って言いたくなったけれど、それが歯が立たないって、どんな硬さ?
 螺旋の道を降りてゆくと、ようやく真球の頂上が目線の高さになった。すると中沢さんが、
「ここからだと、波平の毛がよく見えます」
 と真球の頂上あたりを指さした。何のことかと思ったら天辺から突き出た棒を言っているようだった。つるつる頭の一本毛に見えないこともない。ここからだと真球が大きすぎて爪楊枝のように小さく見えるけれど、実際、あそこに立つと2mはあるのだそう。
「長棹だ!」
 思わず叫んでいた。
「何です?」
「私たちが探しているものです」
 あたしは中沢さんに、今回の調査の目的はヤオマン屋敷にあった超重要文化財の長棹の行方を探査することだと説明した。自分でもよくそんな嘘がスラスラ出てくるもんだとびっくりするぐらいの勢いだった。
「あれを持って帰りたいんです」
 と言うと中沢さんは困った顔になって、
「私としましても持って帰っていただきたいのですが、おそらく無理でしょう」
 上の許可が必要なら辻川町長が絶対出してくれるからと言うと、さらに困った顔になって、
「許可の問題ではないのです。あの棒はあの物体から抜けないんです。最初、力自慢の男の人が引き抜こうとしましたが出来ませんでした。それで我こそはという人たちが集まって同じように引き抜こうとしましたが受け付けませんでした。それではと折り取ろうとしましたがそれもダメ。ノコで切ろうとしてもダメ。最後には重機を使って色々しましたがビクともしませんでした。見た目の材質は木のようですが、あの物体と一体化しているみたいなんです」
 話だけ聞くと、まるで聖剣エクスカリバーじゃん。抜いたらビームとかぶっぱしたりして。
 中沢さんには近くまで行って状態を確認したいと頼んでみた。もしかしてあたしなら抜けたりしないかという期待があったからだった。だって、あの長棹はあたしが十六夜から貰ったものだから。正当な継承者という意味ではあたしが一番の適任者だからだ。
 螺旋の道をすり鉢の底まで来て、真球の真下でカートを降りた。真球の周りにある十数台の重機はキツツキの化け物のようなアタッチメントを使って球面に穴を穿とうとしているけれど少しの傷もつけることが出来ないそう。
「ダイナマイトを仕込む穴さえ開けられないんです」
 その後、昇降用のクレーンで真球の頂上まで上げて貰った。そして中沢さんが冬凪に真球のことを説明している横で、ちょっと力を入れて長棹を引いてみた。すると長棹が身震いしたかと思ったら、手に吸い付くようにスルスルと……。
 な、わけねーじゃん。抜けねーよ。皆が抜けんもんがなんであたしに抜けるっての?
 抜けなかった。仕方なくリング端末でスキャンして記録を取るだけで諦めることにした。
「どうしよう」
 中沢さんと大テントでお別れして外に出て独りごちた。すると鈴風が、
「取りあえず、辻川町長のところに戻りましょう」
 と提案してきた。
「長棹の所在が分かっただけでも良かったよ」
 冬凪がなぐさめてくれた。でもあたしはそれほど悲観してはいなかった。なぜなら長棹に触れたとき声が聞こえたからだ。
「「千福の土蔵でお越しをお待ちしています」」
 というまゆまゆさんたちの声が。どうした経緯か分からないけれどまゆまゆさんたちは無事なことを長棹を通して伝えてくれた。だから辻川町長のところへ戻って次の端緒を教えて貰ったら、真っ先に白土蔵に行ってみようと思う。
 さすがに帰りのお迎えはなかったので、冬凪、鈴風、あたしの美少女調査員は駅前のタワマンまで歩いて行くことにした。辻バスは動いていると聞いたけれどあの大渋滞だと乗れたところでいつ着くかわからないからだった。
 この衣装だと悪目立ちしてしまうから表通りを避けて裏路地を縫ってタワマンを目指す。狭い道はさすがに人は少なかったけれど、夏休みの子ども達が家の前で暇そうにしているのを見かけることがあった。厄介なことにそういう子に限ってあたしたちを見つけると、
「アイドルだ! おねいさんたちなんてグループ? メディア出てる?」
 と近寄ってくる。冬凪もあたしもめんどくさいので足早に去りたいのだけれど、鈴風が目を輝かせて、
「VRゲームアイドルグループのRIBです。あっちのセーラー服の子が笹井コトハちゃん、あの子が鈴鹿アヤネちゃん、あたしがぁー、世界最強VRゲーマーのぉー、夜野まひる、っです! では聴いてください、RIBの神曲『恋は血みどろ ハッピーエンド』(ハピ血)」
 と振り付きの全通しで歌うものだからなかなか先に進めなくなるのだった。この鈴風の変貌ぶりには驚いたけれど、それ以上にこの制服の威力を思い知った。だって、なんでか冬凪とあたしまで一緒に踊ってたから。
 ようやくタワマンに着いたのは、東の空に満月になりかけの月が上り始めたころだった。
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