第7話 「勝者とは!」

文字数 2,398文字

 5月23日 6:50 自宅

 「真珠、ごめんねえ~今日お弁当ないのよ!」

なんだってええええ!?

「お米をね、ほらアレよ、スイッチをね、まぁ、ないのよ、ご飯が!」

タイマー入れ忘れたなママ!?

「だからね、ほら奮発して700円。購買でパン買って?」

「マ、ママはオレを野獣の檻に投げ込む気か!?」

「あ~すごいんだってね~。良いじゃない、日ごろのガサツさを発揮すれば」


 可愛い一人娘に言うセリフか!?

オレの通学路に、コンビニは無い。

せめて大好きな地元密着型コンビニ、<サロマート>があれば良いのに…。

だから、買い物は購買になる。


 購買。飢えた野獣の群れる、せんせー方の管理下を離れた修羅の国。

2時限目に早弁を済ませた、鬼畜な男どもが押し寄せる!

マナーもない、レディーファーストもない、遠慮もない。

スピードと迫力、運で勝ち取る非情な世界。


 ちなみに、この場所の支配者は、一人の女性である。

購買のおばちゃん。うちの学校の影の支配者。


 …やむをえまい。

こうなったら、勝たねばならない。タイムセールを勝ち抜くように。勝たねばならない。

オレは今日…鬼になる!!

――――――――――

 12:29 現国授業、終了間近。

 すでに教科書はしまってある。ノートは後でユキジの写す。

鳴れ、チャイムよ。オレの足の筋肉よ、燃え上がれ。

…鳴った!戦いのゴングが!


 終了のチャイムと同時に、オレは駆け出す!

猫○スのようにしなやかに!風になれ!オレ!


 そういや、先日コレで怪我人を出したオレだが、今日ばかりは仕方ない!!

手すりでバランスを伺いながら、3段飛ばしで階段を駆け下り、柱を支点に高速でカーブをドリフトする!

今なら、下りのキングになれそうな気がする。

 オレは、すでに開いている購買の扉をくぐった。

――――――――――

 何故だ、何故すでにこんなにいるのだ。男たちの高い背中がオレの視界を遮る。

こいつら、授業出てんのか!?


女子の姿は、無い。当然だ、並みの女子なら引いてるぜ!

だが、オレは負けない!幼気な1年女子とは違う!!


 はっ!目の前の高い背中が一つ空いた!そこだ!オレは小ささを活かして滑り込む。

オレは、プチサンドとミニマロン買うんだぁぁ!

「おばさん、プチサンドとミニマロン下さい!」

「おばさん、プチサンドとカツバンバン!」

この野郎、オレの頭の上から手を出すな!!

「あい、プチサンドとカツバンバンね~」

おばちゃ~ん;;


「あープチサンド終わりだね~」

なんだってえ!?仕方ない、ミニマロンとチョコミニミニ!

「おばちゃ~」

「おばさん!チョコミニミニとハムローリング!」

やめろ!オレの頭は小銭トレーじゃねえ!!


 落ち着け、気を取り直せ、オレ!せっかく最前線にいるんだ、負けるな!

「おば…」

「ようマコ。頑張ってるなぁ!」

五呂久!?変なタイミングで話しかけんなぁ!!


「おばさ~ん!ビッグエッグとチョコミニミニ!」

「あいよ~あ~どっちもラストだねえ~」

あああああああ!


「よし、せんせーも戦線に参加するぜ!」

参加でも酸化でも好きにしてろ!!

「おばちゃ~!」

「ハムローリングとがっつりフランク!」

「おば…」

「カツバンバンとロールロール!」

「おばちゃ~!!」


ああああああああ!

何故だ!何故オレの声は届かない!?

何故だぁあああああ!!!

――――――――――

 12:35

購買には、すでに2人しか人影はなかった。

オレと、同じく買うことのできなかった五呂久せんせーだ。

「購買って、すげえなあ、びっくりだ…。」

新人教師には初の体験だったらしい。


 購買のパンコーナーには、すでに食い物は何一つ残らず、切なく食欲をそそるパンの残り香が漂うばかりだった。

なんかもう、いいや。

消しゴムでも買って舐めようかしら。

「敗者だよ、敗者。完敗だ。今日のオレは昼抜きが相応しいのさ…」

つい、悲しみの愚痴をつぶやいてしまう。


「マコ。」(キタ。らしい。)

「お前は歯医者じゃない。じょ…」「おやじギャグいいから。」

「…コホン。」

「マコ、お前は敗者じゃない。勝者だ。ほら、これをプレゼントだ。」

五呂久せんせーは、鞄から袋入りのパンを出し、投げてよこした。

これは!?サロマートの人気パン、チョコフラッド!

「せんせい…いや、憐みなんてやめてよ!いらない!」

「落ち着いて考えろ、マコ。確かにお前はパンを買えなかったが、買った奴らは、実は大きなものを失っている。わかるか?」

あんたの <わかるか!?> は常にわかんねえよ。

「買った奴らはな、パンと引き換えに、金を失っているのさ!」

いや、彼ら喜んで失ってるから! オレも失いたいから!

「だが、お前は違う。その悲惨さと悲しい表情と切なさと惨めさで、オレにパンを差し出させたのだ!しかも、お金を減らさずにだ!これを勝者と言わずなんと言う!?」

そんな流れるようにディスられる勝者イヤ!

「まぁ、受け取っとけ。ただし、内緒で頼む。ほかの奴に知られると、たかられるからな。」


 そう言って、くるりと背を向けて、購買を出ていく。

オレ受け取るなんて言ってねえぞ!?

…おいしそうだけど ちょこふらっどおおおお…


 仕方ない、ここはひとつ貸りを作っちゃうけど…。

こんな時くらい…たまには可愛らしく、ドラマっぽく言ってもいいに違いない。

「五呂久せんせい、ありがと!」

オレはその背中に声をかけた。せんせーは、振り返らず右手を挙げた。


 …とまぁ、ここでやめておけば良かったのだが、オレはどうしても気になった一言を付け加えてしまった。

「せんせー、せんせーの分のお昼は?」


 五呂久せんせーはピタっと足を止め、

申し訳なさそうに振り向き、こういった。

「いやぁ、早弁してしまっててな、食料増やしとくか思っただけなんだよ。」


あんだって?

「さっきお前にやったの、夜食…。」

五呂久はそそくさと、足早に逃げ去った。


…早弁したって?教師が。

…買いに来たのは追加?

…もう食べ終わってたって?


……志ネ!!
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