第15話「部長ってのは!」

文字数 2,498文字

 10:00 教室

 3年生対象の夏休み補講は、自主的なんてウソだ。はっきり言ってほぼ強制。居ない子少数。

教科を選べるのと、ちょっと座る場所が選びやすいことだけ。いつもと違うのは。

 夏だもん、座るのは窓側がいい。クーラーつけろよ。溶けるよ。汗臭く無いかなぁオレ。

信じられないけど、この北国学校にはクーラーが無いんだよ。ありえん。

あー、ぼーっとしてきた。数学の栄せんせいがぼやけてきたよ。


 ねむし…。

「よし、もう1セットだ!」

え~まだやるんですか~! そろそろ合奏入りましょうよ~

 窓の下から、聞き覚えのある声。吹奏楽部、午前から練習やってんだ。

1、2年生か…オツカレ…眠し…。


「セット物って、大抵要らんの付いてくるよな!?」

いや…質問に答えてねえ…眠し…

「腹筋きたえるぞ!おりゃああ!こうやって頑張れエ!」

「せんせい、音楽と体育できるのかっこい~よね~」

「吹奏楽には肺活量が必要だ!やるぞ~!」

あー、だから結構鍛えられてんだ五呂久…スヤァ…。

「バク中できる?せんせ?」

「うーん昔は…今は自信ないけどバク転ならできる。」

ほんとうか~かっこつけんなよ~…スヤスヤァ…

「やって~やって~!」

ゴロクのヤツ吹奏楽部ではモテモテなのか~? 腹立つ…スヤァ…

「よっと………ぐはっ!」

バカだ…失敗したな…見れば良かった…スぅスぅ…。

案の定、大笑いされてる。

「じゃ、じゃぁ中に入って午後から合奏!」

…すぅすぅ…


 「澄川さん、ちょっと起きなさい!もう終わりますよ!」

「はい!!!」

跳ね起きて姿勢を整え。窓の下を見る。

校舎に戻る吹奏楽部。

ふうん…五呂久にずっ~と、くっついてる子いるな…楽しそう。

部長の七菜香…オレと違って背の高い、しっかりモノでキレイ系の子。

3年なのに余裕だなぁ。音大推薦希望だっけ。


 …あれ…? まさか? もしかして?
 
あはは~。ありえないありえない。

イケメンたって、あんな変なの好きになる奴なんて居ないよ。

あはは…。


 14:30

 我ら美術部は秋の文化祭制作展に向け、実質上のラストスパート中。

オレも、あと2か月で引退かぁ。


 今日は、MY顧問 鷹栖光悦せんせいの講評会があるのだ。

光悦せんせいは、オレがちょっぴりソンケーする数少ない先生だ。体格はズバリ丸いけど、画力&実力、やっぱすげい。

講評会は、先生の意見を聞きつつ、部員みんなで作品を見せ合うという、ちょっと緊張感のある会。


 もう少しで講評会の時間なのだが、ちょい休憩に廊下に出る。

すぐ近く、音楽室。まだやってるけど、いつもならそろそろ終わる時間のはず。


 あれ、音楽室前の机に背広。

五呂久のじゃん。なんでこんな所に? って、まぁ、普通に暑いからシャツだよな。


 あ、ボタン取れてる!

暑いのに上着て腹筋したのかな? バ~カ。(決めつけ)

…付けてやるか。この間のカツ丼のお礼もあるし。

勿論、それだけだよ。それだけ。

たしか、針と糸…琴花がフェルトの作品で使ってたな。借りるか。


………。

 糸と言うものは何と細く扱いにくいのだろう。そして針と言うものはなんと痛いのだろう。

これは身近に潜む凶器。生活の中の暴力。手芸得意の皆様をオレは心より尊敬する。

ん~、ボタン付いた。

なんだろう、この辛うじて留まってる感。ゆるゆる。

そして無駄なところに巻きまくり。あひゃ。

…あ、吹奏楽部オワタ、逃げよ。丁度、講評の時間だし。

すたこら。


 15:00

「…じゃぁ最後に、マコちん部長の作品。」

来たか。ヤダなぁ。

「ん~、ふむ。色遣いが今までに無い…華やかにパステル系を使ってるけど控えめに押さえて綺麗だ。白の使い方も自然で流石に上手い。マコちん最高傑作になりそうだ。言葉にするなら………。」

なんだ、黙り込んだぞ。いつもズカズカ言う、光悦せんせいが。

「何スカ?」

「マコちん、怒らん?」

「かえって気になるから言ってくださーい。」

「うん。まるで恋を絵にした様な作品だ。」

美術室がキャーキャー湧いた。

「何言ってるんすか!オレの北条サマ推しは永遠ですから!」

部長~ほんとに~?ガチもんですかあ~!?

「うるせえぇぇ~!オレにそんなのあるわけないだろ~!」

助けを求めるように見たユキジもニヤニヤしていた。

そんなんじゃないのに…。


 15:15

 ユキジと残って片づけ。仕上げチェック。

施錠はせんせいがするけど、ここまでオレらの仕事。


 扉を開けてたから。廊下から声が聞こえて来た。

五呂久と七菜香の声…。


 「お…ボタンが…付いて…いる?」

付いてんだよ!見りゃわかんだろー!

「誰か付けてくれたのか?」

そうだよ!オレだよ!悪かったな!

「ボタン取れてたんですか?言ってくれたら付けてあげたのに。」

…七菜香…もしかして、ほんとに、ガチ?…

「あぁ、今度頼むよ。今回は妖精さんがやってくれたらしい。」

「ウデ、イマイチな妖精さんですね。」

くっ…。オレだって練習すれば…!(多分しない)

オレは壁に引っ付いて気配を殺している。

何故か横でユキジも同じように忍んでいる。謎だけど。


 「あぁ、裁縫は苦手な妖精さんらしい…針で指刺してるのが目に浮かぶぞ。このカイコ繭の様な糸の山が…。」

「ですよね…。じゃあ、失礼します。ありがとうございました。また明日ね!五呂久先生!」

ヒデェ言われようだ。ちょっと傷ついたぞ!そんなに下手だったかなぁ。

ちぇ。頑張ったのに!下手だけどさー!


 オレは左手のチクチク傷に貼ったばんそーこーを眺める。

音楽室の鍵を閉める音。

「苦手なことを頑張ってくれてありがとな。不器用で可愛い妖精がやってくれたんだろ?」


 五呂久は独り言にしては少し大きな声で、そう言った。

オレは、怪我した左手を胸に当てる。

此処にいる事、気が付いてて言った?今、カワイイって言った!?


 足音が去った後、ユキジが、何故かオレに抱き着いてきた。

「部長が作品ほったらかして裁縫やってるの、示しつかないんでどうしようかと思ったけど…。見逃して良かったよ!」

う…すまぬ…。

「でもね…」

ハイ、スミマセン!

「部長ってのはなぁ!」

ユキジ語録!?

「責任感!人望!行動力!画力!女子力!自覚しなさい!!」


 ハイ!!……要らねえだろ! 最後の要らねえだろー!!
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