第1話「自分から歩め?」

文字数 2,111文字

せんせい語録  第1話 「自分から歩め?」


 4月8日。11:50 入学式。

 鳴りやまぬ拍手、保護者の撮影ラッシュ。
今年も新入生が入学してきたか。
ふれっしゅだなー。かわいいなー。とは思う。

 まあ、新しい後輩ちゃんに期待を寄せるのは先輩の役割として。この入学式ってやつ、入場行進の間、ずーっと拍手をしてなきゃならないのは、何とかならないものかなぁ。1学年7クラスもあるのに。

 腕が重い。運動部じゃないのに。やめろまったく。腕が太くなったら責任取れ。
長い永いそしてありきたりな、立場有る皆様のありがたいお言葉を耐え忍び…。
…あのおじいさんとか、どうしてこうも話したがるのかな。偉くなると話好きになるのかな…

 まぁそんな苦行も乗り越え、その後に来るのが、オレら上級生にとっては大切なイベント、担任発表だ。
まして、先日オレらの担任…男子に人気のあった桜井沙代里先生、英語教師27歳独身…は、転勤となったので、後任の先生が誰なのか。今のクラスにとって最もアツイ話題。

 教頭のアナウンスで、せんせー達がステージに上がる。なるほど、初めて見るせんせーも結構いるのね。お堅い式の中でも、この場面だけは結構ゆるくて、多少の私語はセーフ。

 ざわざわ。
<お、あのせんせー結構かわいくね?>

これは多分、真ん中の新任保健教師の先生のことだなー。男子お決まりの反応だ。常にバカだ。お前らがお相手になるわけねーだろ、エロいマンガの読みすぎだ。

 ざわざわざわ。
<ちょっとあの左から二番目のせんせー、GSDのカイ君に似てない~!?>

これは新任の男のせんせーのことだなー。あ、本当だ少し似てるかも。

 ざわざわざわざわ。
<ササキだけは外れてくれよマジで>

オレはそんなに嫌いじゃないけどなー。厳しいけど、悪さしなきゃいいだけだよ。
教頭せんせーが、1年A組から順に担任を読み上げる。呼ばれたせんせーは、一歩前に出て、一礼。名前が読み上げられるたびに、該当クラスの生徒がざわつく。

「…3年E組担任、厚真五呂久(あつま ごろく)」
へええ! さっきのちょいイケメンが新しい担任だった。
へええ~。

――――――――――
 13:00 HR。

 担任の所信表明みたいな?時間。
断言するけど、初日、初対面の担任の前で、自分のすべてを見せるやつはいない。てか、オレらが、いつでも素直に心を開いていると思うな。

イイコのフリなら十八番だ。特にせんせー方は真面目系女子に弱いんだ。知ってるぞ。

「こんにちは!」新人担任が入ってきた。

 オレら32人の目は一点に集中している。いや、正確に言えば値踏みしてるんだ。
人に教える仕事なんてよく知らんけど、多分教師ってのは、ちょっとは威厳とか必要なのかなぁ?距離感の難しいお仕事だよね?かと言って、高圧な奴はもっと嫌。ひいきするやつとかあ、職変えろよ。

少なくとも、オレの小4ん時のクラスは崩壊しちゃってたし。担任2回変わったし。

学校のせんせーなんて、基本好きじゃない。まぁ、部の顧問のオジサンはましだと思ってる。

 さて、この人は、どんな人だろう。
若いな、バリバリ若い。24…は絶対いってるの? 教師って?どうなん?

なんか妙に浮ついてる女子どもいるな。確かにまあ、イケメンだけど。大騒ぎなほどじゃないでしょ?

男たちは、年が近いだけに? 期待と親近感と反感って感じ?

「皆さん、初めまして。私は、厚真五呂久といいます。今日から…」

話を切るように、いや、ぶった切って…。
「せんせえ、トイレ行っていいですか~?漏れそうなんで~!」
男子の中で、もっとも自分基準でマイペースな、それでいて人の意見に流されない…すなわち言うことを聞かない系、一部男子のリーダー、勝浦クンだ。

怒るのだろうか!?
諭すのだろうか!?
弱々しい態度を見せちゃうんだろうか!?いやせんせー、それは良くないとオレ思うー。
 
「えーっと、勝浦君、だっけ…?よく聞いてほしいんだが。」

これは!諭す系か?
五呂久先生は、少し上を見あげながら、こう言った。
背後に、夕日が見えた気がする。

「いいか、トイレはな、自分からはやってこねえんだ!」

いや、何が言いたいのかわかりませんけど!?
間違ってないけどね!来ないけどね!来たらすごいけどね!
正論だよだよ!論破する気もなくなるごもっともな意見だよ!!
わけわかんねええ!!

五呂久せんせーは、静かに目を瞑り、手のひらを上にすっと左手を扉に向ける…

行ってこい、勝ち取ってこい…そんなメッセージに思えた…
確かにトイレはたどり着けなければ敗北しか待っていないけど。

勝浦君は、「お、おう…」と頷き、トイレに向かった。
多分、本当に行きたかったわけではないのだろうけど。
――――――――――
 13:30 下校。
 
 まあ、あの後の自己紹介はろくに覚えてない。
でも。こうして、オレの新学期ははじまった。

 ついつい、使ってしまった新しいノートを買いなおさなければ。
あの時、オレは無意識に手を動かしていた。
せんせーの言葉を、買ったばかりの落書き用、無地ノートに書き留めてしまった!

メモ。<トイレは自分からはやって来ねえんだ>

ノートの題名、「せんせい語録」。もしかしたら、増えていくんだろう。

続く。
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