第17話「 花  火 」

文字数 5,404文字

 秋、一年間最大の行事がやってくる。色々な意味でだ。

 文化祭。

規模として最大であり、イベントが最も多く、外部への露出が最も大きく。

オレら3年生にとって部活動最後の見せ場であり、彼氏彼女が最も増える、ムカつく時期でもある。

――――――――――
 5:00 体育館ステージ

 文化祭は、前夜祭の、このオープニングから始まる。

おまえら~!盛り上がってっか~!?

書記局の叫びで幕が開く、ステージ以外は暗い。生徒とは、暗いと盛り上がるものだ。どうしてかと言われても困る。

放送局のピンストットが、背の高い生徒会長をとらえる。


 オレとしては、こういう時ステージ上の奴らが良く言う、<お前ら―!>がどうも好きになれず、ノリ切れない。

何だろ、その上から目線。いや確かにステージ上なのだから上なんだけど。

自己陶酔満開みたいで好きじゃない。


 <文化祭!はじまりだああああ~!!>

会長の雄たけびで、閉じられたステージ幕が両側にゆっくり開く。

毎年、ここで、前夜祭分の有志バンドが始まるのだ。元気良く盛り上がるところ。

オレはそんなに好きじゃないけどね。かなりアップテンポの、ノリのいいリズムが響く。


 うわ!! 驚いた。バンドのメンバーが後ろ。というかバックバンドになってる。

前列右に、保健室の女神、稲穂せんせ!ギター演奏してる!できるんだ!?

前列左、ドラム、社会科の朝里せんせ!空いたど真ん中に、遅れて入ってくる、アイツ。五呂久!マイクもってう。


 衣装もあんのかよ!なにその革っぽいの!? バンドの衣装!?

だ、ダメだ! ツッコミたい! ハリセンで叩きたい!

上手いのかな!? 大きく息を吸ってる。 緊張してんでね?


 第一声・・・!おおお!さらにツッコミたい。のってる奴らにもツッコミたい。むしろ何
か恥ずかしい!ゴロク、うますぎる…。 

バンドの事は知ってたけど…絶対素人じゃない。 何?音楽教師ってみんな、こんな歌えるもんなの?

会場の割れんばかりの歓声、一身に浴びるってどんな心境?五呂久ファン微増するんじゃね?

あー、言いたくない。言いたくない!

カッコい…。五呂久…。

――――――――――

 翌日 文化祭当日 10:30 美術室<美術部展示会場>

 会場はこの美術室。一般客も含め、会場巡りの生徒たちもひっきりなし。

オレがここに居るのは、すなわち店番だ。ローテだしお客の反応も見たいので、そんなに嫌じゃない。

というか、オレらの作品の前で生徒やら一般客やらが勝手なことを言ってるのだが。なんかこう、言いたいことが山ほどある。


 「ま~このケーキの絵、写真みたいだわ!」

でしょ?

「絶対この子、いやしいのね!」

何故オレは見知らぬ人にもディスられる? 誰かのママなんだろうけど!

しかも当たってるところが腹立つし!


 「このイラストボード。何のキャラかしらね、着物着てカタナ持って。」

ふふ、そのお方こそ、我が推し! 超絶イケメン、幕末ヘブンの北条サマだよん。

「きっと、石川ゴ○モンね。斬○剣よコレ。」

知らんなら知らんでいいから!


 …まぁ、いい。アナタもいつか北条サマの魅力に気づくだろう。そして某国ドラマファンのようにハマるだろう。

当番が終わったら、ユキジたちと会場を回ろう。でも、卒業制作、感想聞いてないな。

ちょっぴり聞きたかった。出口の感想ノート、後で見てみよ。

他の誰かも、オレの卒業制作。「恋」みたいって、言うんだろうか。

――――――――――

 18:00 体育館…に続く渡り廊下

 クラスの仲間と共に、体育館に行く。体育館後方は軽食コーナーになっており、外部の有名店もいくつか並んでいる。まぁ大体もう売り切れてるけど。

そろそろ、文化祭の一連のイベントも終盤で、みんなで集まる閉会式。その後、体育館は軽くダンスステージと化して、そして最後は花火の打ち上げ。

 18:35 体育館(別名:ダンスホール)

 オープニングと違い、ハイになった有志発表ステージは、もっとも開放的にみんな騒いだり踊ったりするので、体育館の四方にはピッタリ生徒指導関係の猛者(教師)たちが張り付いている。まあ。仕方ないんじゃ?

 後半には更に薄暗く照明を落とすタイムがあるので、より目が厳しいと言われている。

もちろん暗さを利用しセクハラ犯罪に走ることを防ぐためと思われる。ていうか、良く許可してるな、ウチの学校。

オレは、1年生の時からここにきているが、その後半には会場離脱派なのだ。


 踊るのは好き。体育の授業でダンスがあるんだ。だからみんな結構、踊れる。

ちなみにオレはセンター、…の近辺なんだぞ?

離脱する理由は、その後半の時間は、カッポォー達のダンスタイム、そして、告白たーいむ!的な扱いになっているからだ!


 1年の時、何も知らないオレはそこに居た! 2年のセンパイから踊ってくれと手を出された。

知らなかったんだ!だから手をとったらまぁ、告白受け入れた扱いで。この誤解を解くのにどれほどカロリーを消費したか!

男子に告られたことは~、何度かある。中学から含めればまぁ、更にある。

でも、オタク系文化女子のオレは心底興味がなかった…。

 18:50

 さぁ、まずは楽しんじゃえ。仲間たちで、輪を作る。バカにしあいながら、笑いながら。

暫くして、何番目かのグループが歌い終わると、長い間奏から、スローテンポな曲に変わっていく。

「お前らぁ、お待ちかねの時間だ!あのタイムだ!」

YYEEEAH!!一部の奴らが激しく反応する。あのタイム。ひでえネーミングだなぁ。

体育館照明が。徐々に落ち始める。<あのタイム>始まっちゃうな。逃げよ。

「逃げるよ。ユキジ?」

「うん!マコちんはアタシが守る!」


 体育館に残る女子は壁際に寄って行く。彼氏持ちの奴はカレシの名前を呼んで合流を目指す。

んで、オレは急いで体育館の出口へ走る。自意識過剰と笑わば笑え。

勿論、オレを探す人なんて居ないかも知れない。でも、バスケ部の蒼真のウワサもあるし…。

もし来たら困るし! 断りにくい雰囲気の空間作りやがって!!


 暗がりで何人かにぶつかりつつ、謝りつつ、オレは出口へ走る。

もう少し、ついてきてるよね? ユキジ?

どす。

後ろを一瞬振り返ったのが悪かった。

何か硬い柱にぶつかり、オレははじき返されて尻もちをつく。

…覚えのある硬さだった。


 「マコ、お前本気でオレに恨みあるか?」

薄明りを背負って上から見下ろしてるのは、見覚えのあるアイツ。五呂久だ。

スローな音楽が流れ始める。完全閉鎖のじゃないけど、明かりを減らすために入り口は半閉まりにされる。

「立てないのか?」五呂久はすっと両手を伸ばしてくる。

この場面で、この場所で女子に手を差し出す意味わかってんの?

まぁ、五呂久が知ってるわけないね…。オレは、五呂久の手を取った。

ぐいっと、軽々と引っ張られて、逆に頭から五呂久の胸に突っ込む。

手を合わせたままだから。踊ってるような姿になった。


 すぐ手を離せば良かったんだろうけど。この手はオレから繋いでたのかな。五呂久からなのかな。わかんない。

「ごろくん、踊れんの?」

少なくとも、余計な一言を言ったのはオレだった。

「なめるなよ?ステージに立つ以上、ちょっとは踊れる。」

ステージ? そっか、バンドやってるんだった。


 手をつないで軽く動いてるだけの、人が見たらきっとお遊戯みたいな、ダンス。

「昨日のステージすごかったね。ちょっぴり、かっこよかったよ。」

「何だと…? オレは今日、宝くじを買うことにしよう。マコに褒められるとは絶対今日の運勢MAXだな!」

ひでえ言い草だよ。普段からバカにしてくんの、五呂久のくせに。

「…でびうしよー、とか思わなかったの?動画とか?」

「一時期は本気で目指してたけどな。」

ふうん、本物だったのか。アイドルモドキのちょっぴりイケメン教師じゃなくて、ほんとにそっちの世界目指してたのか。

「…内緒だ、マコ。」

「うん…。」

「おっと、時間だ。花火の準備があるからな。楽しめよ。」


 手をほどいて、五呂久は走り去る。

…なんか、取り残された気分。


 ちょっと、ぼーっとしてたところを、急に腕を掴まれハッとする。

ユキジだった。耳元で、オレに言う。バカ!バカマコ!!バカなマコ!バカナマコ!!

荒々しく、オレを出口に引っ張って行く。

オレが何をしたというのか? ユキジはなんでこんなに怒ってるのだろう?

――――――――――

 19:00 グラウンド の端っこ。テニスコート金網前。

 この後、打ち上げられる花火の見える中では、一番遠いところだろう。

「マコ!あんた不用意にもほどがある!自分がどんな立ち位置か知ってて行動してる? 思った以上に注目されてんの、知ってる?」

知らないよそんなこと…そういおうとしたけど、ユキジの勢いは止まらない。

「あんたに声をかけようとしてた男どもが探してる中で! ただでさえ、ゴクツマ言われてる中で!…先生も先生だよ!!」

言わんとしていることは少しわかってきたけども…。

「だって、五呂久にぶつかって、起こしてもらっただけじゃん?その流れで、なんかちょっと踊ってたっていうか・・」

「本気でいってんの…?」

ユキジは、怒ってるような、不思議そうな、目をして。


 「マコ、私を、信じてくれてるなら。今から私が言う言葉を復唱してみてよ。リピートアフターミーだよ。」

「ナニソレ。」

「するの?しないの?」

ユキジの真っすぐな瞳。小学校の頃から、ユキジに裏切られたことは一度もない。

「う、うん、わかったけど…」


 花火が、あがる。校庭中央には、全校生徒が集まってる。花火はすぐ近くの公園を立ち入る禁止にして、本職の方が打ち上げてる。かなりの先生方が、安全のために公園の方に出張ってるらしい。

「五呂久せんせいが、大っ嫌い。反吐が出る。」

へ?

はい、言って。

「言って。」

「五呂久が、大嫌い。反吐が出る」

勿論、そんなことはない…逆な意味で反吐が出そう。いやなセリフ…。

「五呂久先生、フツー。フツーの教師」

「…五呂久先生フツー。」

「五呂久先生、楽しい先生だね、好きだね。」

「…ユキジ。いくらオレが足踏まれても気が付かないくらいニブくても、なんとなくわかるって…。違うし。こんなんしなくても…」

ユキジは欠片も表情を崩さず、オレの言葉を待ってる。こうなったユキジは、結構、頑固なんだよね。

「五呂久せんせー、好きだね。楽しい先生。」

お? これじゃね? オレの中の五呂久が今スッキリした気がする。

「最後…。私は、厚真五呂久を、一人の男性として、好き。」

そんな恥ずいこと言わすの!?

ユキジはただ、待ってる。オレの反論など聞いてもくれない。

「オレは…」「厚真五呂久を」「一人の男性として…」

「…好き。」


 19:15

 オレはくるっと、ユキジに背を向けて、首が折れそうになりながら空を見上げる。

こんな恥ずかしいやり取りに付き合ったんだし、花火でも見よう。ほら、綺麗に上がってる。

「…マコ、こっち向いて。」

「ヤダ。」

「どうして?」

………

「ユキジってさ、時々ヒドイ子だよね?鬼だよね?」

「ゴメンね。だって私、マコの一番のファンだから。」

そう言って、すっとオレの前に立って、両の肩に手を載せる。

その僅かな振動で、上を向いて必死に溜めていた涙が、流れ落ちる。


 「どうして…無理に気づかせるの? 気づかなくて良かったのに。 このまま、卒業して、何年か経って、五呂久を思い出してさ…」

「…今思えば、あれが初恋だったのかな、なんて。アクション起こしていたら今と違う世界だったかな?なんて、ちょっと鈍く胸が痛むくらいで!」

「…それで…良かったかも知れないのに!!」

「だって、だってアイツ教師だよ!?世の中の教師と生徒の恋愛なんて、ニュースで捕まってるような結果ばかりじゃん!?そんなの、うまく行くのなんて映画とマンガだけじゃん!!」

「…失恋フラグしか思い当たらない恋愛なんてイヤだ…」


 ユキジが、オレを抱きしめる。母親みたいに。

わかってる…ユキジが本気でオレの為のことを考えてることぐらい、わかってる…。

「今日のマコは、危険だったと思う。あの姿を、絶対何人かの生徒は見ていて噂するし、仮に先生方が見ていたら? 笑い話にされず、もし問題にされてしまったら?」

「マコの思いが伝わる以前に離されちゃう。きっと、五呂久先生もマコと距離を置いちゃう。」

…考えてみれば、かつ丼の時だって。もし誰かに見られてたら、とっくにアウトだったのかもしれない。

そか、今日はそれをみんなの前でやっちゃったんだオレ…だからユキジは怒ってたのか…。

「マコ、例え誰がからかおうと、私は応援してあげる。誰が邪魔しようと、私は力を貸してあげる!…アンタは可愛いんだから自信持ちなさいよ。おやゆび姫。」

「…それは止めろ。」

「もし俺が花火だったら、やっぱ綺麗に咲きたいじゃないか。咲くか咲かないかないかが自分次第なら、咲く努力をしてみるよ。…BY、五呂久せんせい。IN、吹奏楽部。」


 頭上に開く花火は、地元の新聞社主催の花火大会に比べると、華やかさも足りず、小さくて…まるでオレだよ。

そんなオレの思いは実るのかなぁ!?報われたい、だけど怖い。結果を求めるのが怖いよ。怖くてどうにかなりそう。

でも、でも。でも。努力だけは…してみたい…きっとせずに居られない…。

咲く努力してみようか…?

一人じゃないし、味方が居るもん。


ここに、隣に。とびきり危険な花火師が。
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