第24話「最終回 ふたり語録」後編

文字数 3,383文字

 ―1年後 3月12日 15:00

 私の名前は澄川真琴、美大の1年生。もうすぐ2年。

今日は、久しぶりにユキジと会って、「ちょっぴり・ピンキー」のトルネード・パフェを待っている。まぁ、この店ではこれ外せない。

セットドリンクも甘め。コーヒー苦くてあまり飲めない。


 あの日、から1年か…。

あの3日後には入試の発表があって、高校に進路決定届とやらを出さねばならん日だった。

大学は、合格してた。

恋には落第したのにね。


 とても行ける心境じゃなくて、頼み込んでママに行ってもらった。

ママは意外にもあっさり引き受けてくれたけど。


 聞いた話じゃ、ママが「娘に伝えることはありますか?」って聞いたら、五呂久は、暫く黙り込んで。

「大学で色々なものを見てきてください」と言ったんだとか。

ありきたりな、激励のセリフ。

ママも、何故わざわざそんな話を私に伝えたのかと未だに思う。


 「案の定、今日は暗いねマコ。」

「何だよ。んなことないよ。」

「うそつけこの。」

「…」


 「…今まで、大学で何人振った?」

「…大学生ってさ、彼女居ないとダメとか決まりあんの?なんかもう、引いちゃうよもう。」

「…あんたの場合、忘れられないだけだよね?乙女。」

「その話、もう良いよ。大体、忘れられないとかじゃないし―。あ、ごめちょっと、お手洗い…」


 私は話をそらすように席を立つ。

ユキジのため息が聞こえてくる。なんだよぉ。

――――――――――

 ユキジは、テーブル毎にセットされたTVの画面を何気なく眺める。

あぁ、卒業式だもんね…。

卒業生を送り出したと思われる、人の良さそうな中年男性教諭がインタビューを受けている。

1年前かー。

<卒業おめでとうございます!先生も肩の荷が下りた感じですか!?>

荷とか言われてますね。

<いや~ありがとうございます。苦労しましたから!でも、まだまだ気は張ります!>

ほお。なんで。

<連中、分かってないんですが!3月31日までは高校生の在籍なんですよね!すぐ、羽目を外す馬鹿が居るんですが!>

ふーん、しょーなんですか。

<先生方も気苦労絶えませんね!>

<ええ。それでも、「せんせい有難う」って言われると、オレはコイツの教師として頑張って来れたかなって。先生で良かったって思えるんですよ。>

<先生の愛の感じられる談話ですね>


 ………え…?

1年前、入念に計画して告白したのは…3月12日だ。

マコは何て言って告ったんだっけ!?

たしか、「せんせい、オレを彼女にして下さい」だ。

先生…せんせい…。先生で良かった…


 マコから聞いてる五呂久の言葉は_?

「例え、後悔するくらい素敵な娘でも 例え、心惹かれていても」

聞いた時からずっと思ってた。俺も好きだって言ってるようなもんだよね!?


 「色々な世界を、見て来て下さい」

来てください? 来る? どこへ!?

―― 戻って来てほしい?? ――

マコのママ、気づいていた!? この意味に!?

ゴロク先生のマコママへの言葉は、ありきたりな意味じゃないんだ!?


「…俺は、生徒を愛するわけにはいかない」


 紫色になるくらい血の気の引いた唇で

とっくに座席に戻っていたマコの呼びかけにも答えられず。

ユキジは、座席を急に立ち上がり、バッグを抱えて、マコの腕を強引に掴んで会計へ向かった。


 「ちょっ!?なに!なんなんユキジ!?」

マコはユキジが泣いているのに気付いた。

「ゴメンね!マコ、ゴメンね! わたし達、大失敗してたんじゃないかなぁ!?」

「行こう、今なら出てくる時間わかるじゃん!! 行こう!1年越しのアンタの恋を、今度こそ叶えるよ!」

「何を言って…!?」

「説明は車の中でするから!信じて!お願いだから信じてよ!」

今年、取り立ての免許に、購入したての黄色い小さな丸い車。

ユキジの車は、かなり際どい運転で走り出した。

――――――――――

 3月12日、 17:30

 粉雪だ。でも、あの日よりは寒くない。

あの時の傘、そういえばどうなったんだろう。

準備は良い方なんだよ。ほら、また傘は持ってきた。

だから、五呂久が出て来るまで、少しは冷静に待てた…理由になってないけど。


 扉から、礼服にコートを羽織った五呂久が出て来る。

「…マコ??」

五呂久は驚いた顔をして、それから少し寂しそうな顔をして。

「髪を伸ばしたのか…綺麗に…なったな。」そう言った。

ほんの少しはメイクしてるんだよ…。今では…。

私は、1年前と同じように、五呂久の前に立った。


 「…1年経ちました。」

「色々なもの、見てきました。楽しいよ大学。魅力的な人間も、新しい世界も見てきました。」

「でも…でも、今でも、1年前に見てた景色より素敵なものが見つからない!」

「五呂久と一緒に居た時より素敵なものなんて何処にも無かった!」


「ごろくん…」

「私は、今でも、貴方が好きです…。」


 五呂久は、目を瞑って、静かに私の方に手を伸ばす。

頭の方に。

ああ、1年前と同じなんだな。

急がなきゃ。急いで心を凍らせなきゃ。

今度こそ、心壊れちゃう前に。


恋が本当に終わる前に。


 五呂久の手は、私の頭の後ろの方へ来て、後ろ髪を撫でて、そのまま肩に触れて。

私は、少しだけ、前に引き寄せられる。

ほとんど、立っているのがやっとの、バランス感覚も狂っている私は、簡単に前へ倒れ込む。

コートと礼服の、硬い生地の胸元へ。


 息をのむ。何が起きたのかよくわからない。

抱きしめ…られてる…いつかみたいに…いや、ハッキリと両手で、きつく。

五呂久は、私を落ち着かせるみたいに、静かにささやく。

「もう、会えないと思っていた…。お前をずっと好きだった…。」

「でも。俺は教師としても全力でお前を愛していたから…お前に<先生>と呼ばれたとき、一人の男として我を通すわけに行かなかった…まだ、恋に恋しているかも知れないお前を、都合いいように愛するなんて…出来なかった…。」

「後からこの想いを伝えたくても、その時にはお前は居ないのに。分かってたのに。馬鹿な話だ…。」

「許してくれるか?マコ? 辛い思いをさせた俺を許してくれるか?」

「もし許してくれるなら…。」


「俺と一緒に居てほしい… お前が 好きだ マコ」

ずっと見たかった、五呂久の顔を見上げる。

やべ、涙で顔ぐしゃぐしゃだよ。

多分傘はまた下に落としちゃってるんだろう。

今、両手に掴んでいるのは、この人の胸元の生地だもの。


 優しく、五呂久の右手の指が私の顎にふれる。

あ、これ アゴクイって奴じゃね?

第27話で北条サマが、ヒロインの鹿鹿奈のあ…

……………


 突然、駐車場の扉が開く音。

慌てて、オレはゴロクの胸から離れる。

「ウチの大切な部長、泣かすなと言ったはずだが…?」

「光悦先輩…。」


 大柄な美術部顧問、鷹栖光悦先生が、オレ達の横を通り過ぎる。

五呂久の横を通るときに、

「…嬉し涙なら。許してやる。」

そう言った。

「…はい。」

五呂久はオレを見つめながら言う。

「ああ、それから大事なところ忠告だが、そろそろ先生方ゾロゾロ出て来るぞ。餌食になりたくなかったら、続きは車でやれ。」

…続きってなんだよ!見てたなこのやろー!?

オレは泣き笑いしながら、ゴロクの車に乗った。

ずっーと、手を繋いでた。ずっと話したかったこと、たくさん、たくさんのこと話した。 


その後のことは、ヒミツ…。

――――――――――

・・・・・ エピローグ ・・・・・

 ユキジ~、今日の五呂久語録、聞きたい?

…良いから聞けよ。ノロケさせろよ。

「愛ってのはな!」って言うんだよ。

「愛ってのはな!心の下に久しいって書くんだ!永久の久だ。」

…待って、切らないでオネガイ。

んで、ちょっとドキドキ来たけど、気づいたんだよ…

「久」じゃなくね!? 飛び出し足りなくね!?って!

2人で爆笑して帰ってきたの。

…んでね? 今度二人で…旅…


…切んなや馬鹿~!!

ちぇ。もっとノロケたかったのに。


 「互いに一年離れても消えなかった恋を、認めない訳にもいかないでしょ?」

ママも公認だもん、遠慮なく振り回すからね。覚悟して、ごろくん。



 大丈夫、誰かに伝えて。飛ばしすぎって心配しないで。

だって私たちは、2年前からずっと恋をしてたんだから。


 毎日、胸の中のノートが、ごろくんの言葉で埋まって行く。


 もう、私のせんせいじゃない、彼の語録で埋めて行く。


 私達ふたりの、先を彩って埋めて行く。


                  せんせい語録 (happy)end.
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