第6話 貯水槽

文字数 1,167文字

 貯水槽は、主に三階建て以上の建物に設置されている。水道水は、まず建物の敷地内にある受水槽に貯水され、揚水ポンプがその水を高架水槽へ汲み上げる。そして高架水槽からの落差による圧力で、各階に水が供給されるという仕組みになっていた。
 朝九時頃現場に行き、受水槽の水を抜く。排水ポンプと、水槽に付いている「ドレンバルブ」を開けることで、槽内の水は外へ排出される。水槽の大きさによるが、カラになるまで通常一時間はかかり、それまで車の中で親方と話をしたり、ボーッとしたりする。

 水がぜんぶ抜けたら、水槽内に入り、洗剤をつけたスポンジで側面・底面をゴシゴシやる。小さな水槽なら散水栓から伸ばしたホースでよく水をかけ、大きな水槽なら洗浄機を使って洗剤を落とす。消毒し、給水バルブを開けて水を溜め始めれば、午前中の作業終了。
 水が溜まるまで二時間ほどの休憩後、午後から高架水槽へ。やはり水を抜き、ゴシゴシやって水をかけ、消毒し、水を溜めれば作業完了。
 三時くらいには、受水槽からの水で高架水槽は満杯になり、水道本管からの水で受水槽が満杯になる。定水位で水の供給が異常なく停止したのを確認して、一日の仕事は終わる。

 毎日働いていると、四月から八月までの四ヵ月間で、五十万ほどの貯金ができていた。
 そしてその頃、私は「脱学校の会」で知り合った十八歳の女の子と、ほんとうに恋人どうしになっていた。彼女にも四、五十万の貯金があり、実家を出たい、という点で思いが一致していた。
 ふたりで不動産屋を巡り、小田急線の登戸駅近くのマンションを借りた。大家には、「婚約者です」と嘘をついた。敷金礼金を払い、家具などの調達をすると、ふたりの貯金はあっというまに無くなった。

 だが、この仕事を続けるうちに、日当が一万五千円に昇給し、ちょっと大変な現場の時は一日二万円も頂いた。やり甲斐があるので、ムキになってやっていたら、「よく働く」という評価につながったらしい。
 月々の給料としてはムラがあったが、多い月で五十万近く、最低でも二十五万を下ることはなかった。ただ、身分はアルバイトなので、健康保険などは自分で払い、年金は払わず、老後のために彼女が毎月三万、貯金を続けた。

 親方が所属する会社の社長から、「つっつちゃんも、もう一人前に仕事ができるんだから、免許をとって独立しろよ」と言われ始めた。
 運転免許を取り、貯水槽清掃の資格を取れば、私がバイトを雇い、現場を回る。だが、そう想像すると、私の気持ちは萎えていった。この仕事を、一生続けようとは思っていなかったのだ。一生続ける仕事が、何なのかは分からないが、この仕事が一生モノではない、ということには確信があった。
 しかし、長くやっていると親方並みの仕事ができるようになる。バイトでいることが、自分でも不自然に感じられた。
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