怒り

文字数 1,150文字

 播磨は、お佐和の思いもよらない言葉に、しばらく絶句していた。次の言葉が出てこない。
(佳代が死んだ? 何故に……どうして?)
「お佐和さん、どうして佳代は死んだのですか? それは病気ですか?」
 播磨は佳代が死んだことが想像できない。
(あんなに元気だったのに……)

 しかし、もし、本当に死んだのならその理由を知りたい。兄として、一人だけ残された肉親の妹の死因を知りたい、播磨はそう思っていた。嘘であってほしいと願いながらも、今ここにいる女が嘘を言っているとは思えない。

 気を取り直したお佐和はやっと顔を上げた。その眼は涙で潤んでいた。
「いいえ、病気ではありません、播磨様……では、本当のことをお話しいたします」
「はい」

 お佐和は気をとり直し息を吸い込んでそれから言った。
「佳代様は、引き取られたお屋敷の主人に殺されたのです」
「えっ?」

 播磨は、お佐和の意外な言葉に息を飲んで、しばらく言葉が出なかった。お佐和は黙って下を向いていた、播磨の顔をまともに見られない。

「どうして、どうして佳代は殺されたのですか? 何故です?」
 播磨の声は上ずっていた。頭を鈍器で殴られたような痛みを感じていた。播磨はお佐和の言葉が信じられない。そんな馬鹿な……あの素直で愛らしい妹の佳代が何故に? 佳代が何をしたというのか。
 お佐和は、ここまできてはもう全てを話さなければいけないと思った。

「は、はい、申し上げます。佳代様があのお屋敷にこられたのが間違いでした。 主人の与左衛門という人は佳代様をないがしろに扱ったのでございます、次第に佳代様を女として弄ぶようになり、夜毎に……」

「な、なんと!」
「それも一度や二度だけでなく、何度となく」
「酷い、酷いことを……」

「或る夜、佳代様が主人の欲望にたまりかねて拒否をしたのでございます、その時佳代様が払った手で主人がのぞ蹴り、その時の反動で行燈に額をぶつけて切れたのでございます」
「……」
「額が切れて、そこから血を流した主人は興奮して自分の部屋から刀を取り出して佳代様を切り付けたのでございます」
「むごい!」
「佳代様の胸を一突きし、その後に首を切り落とし……あぁ、わたしは……」

 そこまで言うと、お佐和は畳に伏し、喉を詰まらせ嗚咽してしまった。播磨はあまりの衝撃に言葉が出てこない。顔は蒼白になり、眼に涙を溜めていた。

「わかりました、お佐和さん、あなたも苦しかったことでしょう、よくぞそのことをわたしに教えてくれました、ありがとうございます」

 伏して泣いているお佐和の肩を播磨は優しく撫でていた。しかし、その眼は怒りに震えていた。もう播磨はその時には決心したようである、愛しい妹の復讐をするために。

 播磨の眼は怒りに燃え、あらぬ方向を睨んでいた。
「おのれ、与左衛門……」と。


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