幸薄い娘

文字数 1,706文字

 この家にきてからと言うもの佳代にとっては、初めてのことばかりで戸惑うことばかりだった。今までは、お嬢様育ちで、ちやほやされて育った環境とはあまりにも違っていたからである。自分専用の部屋を与えられてはいたが、それとて完全ではない。ただ、お佐和の簡素な支度部屋とは違っていて、それなりの部屋を充てがわれたが、それだけのことである。

 与左衛門は当然のようにして平気で入ってくるし、お佐和も何かに付けては「ご主人様 からの言いつけでございます」と言ってズケズケと入ってくる。
 それには慣れてきたが、夜になり一人になったときの自分の時間だけが、唯一の佳代の時間だった。しかし、それとてその貴重な時間さえ破られる時がある。

「佳代、入るぞ」
 それは、与左衛門が前触れもなく、ふらりと訪れる時があるからだ。
「はい、ご主人様 」

 そんな時には、およそ佳代は与左衛門に抱かれる。それが、佳代には苦痛だった。与左衛門にとっては、佳代はお佐和の代用に過ぎない、彼にとっては若い女の身体が目当てだけなのである。

 始めの頃の或る夜、佳代は主人である与左衛門がいる風呂場に呼ばれた。彼の背中を流す為である。それはある意味では彼の性的欲求不満を満たす為だった。佳代は心の中では、もう自分は武士の娘ではないと言い聞かせていた。あの時に救われなかったなら、弟と共に餓死していただろう。

 その時でも死を恐れていたわけでは無いが、もう少し生きてみたいという思いも確かにあった。しかしその思いとは漠然としたものであり、確たるものがあるわけでもなかった。まだ、十四、五歳でこのまま死ぬには早いのでは、と思ったからである。

「これからはお佐和に代わり、佳代がするように」と主人は言った。今の佳代はそれを拒むことは出来ない。湯舟に浸かり、そこから出た主人の身体を佳代が糠で身体を洗ったり、湯布で拭いたりするのだ。与左衛門はそれを佳代にさせて強いて好んだ。

 彼の股間のものは大きくなり、それを見せつけられた佳代を驚かせたのだ。佳代は湯巻きで臨んでいたが、それを剥ぎ取られ、その湯場で、執拗な与左衛門の攻めにあい、佳代はその時に初めて女になった。果てた後に、彼の物が佳代の身体の中で駆け巡っていた。佳代の目には涙が溢れていた。

 佳代とて、この歳になり男女の交わりを知らないわけではない、しかし自分が思い描く夢のような交わりとは、それはほど遠かった。脂切り、汗にまみれたこの初老の男に犯される自分が、とても惨めに思えたのだ。
 しかし、満足し、自分の身体のうえに覆いかぶさっている主人から、もう逃れることは出来ない、そう佳代は悟った。

「自分が、死に損ないのあの家から生き返ってこの家に来たのも、こう言うことだったのね……」とやっと理解した佳代だった。
 これからこの生活がこれからも続くのかと思うと憂鬱になってくるのだ。奉公人のお佐和でさえ、最近はそんな佳代を蔑んで見ている気がする。佳代の身体は、与左衛門の玩具のように日毎に弄ばされていた。 次第に佳代の心は蝕まれていった。
やっと生きると言う希望を持てた、と思ったその些細なる希望さえも佳代にとっては叶わぬ現実なのである。

 あの屋敷で恐ろしい亡者から逃れられたと思ったのに、屈辱と恥辱にまみれた今は違った不幸と向き合わされているのだ。この家に来た時の初々しい佳代は、もういない。
「自分はあの時、何のために生き返ったのだろうか?」
「いっそのこと……」佳代の心の中に、いつしか恐ろしい悪魔の心が芽生え始めていた。

 そんな佳代を案じながらも、佳代の兄である山崎真之介は青山家に引き取られ、婿養子となって今は青山播磨を名乗っていた。播磨は、いっときでもこの愛する妹の佳代を忘れたことはなかった。
  
 妻の八重と共に自分はこの家でなに不自由なく過ごしているが、どうしても佳代のことが気掛かりなのである。縁戚に引き取られ、無事に過ごしていると言う噂を聞いてはいたが、最近は虫の知らせとでも言うのか、夜中にただ一人の妹の変な夢をよく見ることがある。

 兄妹だけに分かる心の絆というものは、遠く離れていても何かをかんじるのかも知れない。



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