悲劇の屋敷
文字数 1,878文字
次の日に、お佐和は佳代がいるという獄門町へ出かけていった。その町はかつて、ずっと前に罪人が捉えられて死刑となり、首を落とされた陰気な場所があった。
今は、そんな面影さえないが、その場所は一箇所ではないようである。
しかし、その不気味な名前を変えないのは何故だろうか、その訳を知るものはいない。昔、誰かがその訝しい町名を変えようとしたのだが、どういう訳かその者は、その後で変死したり、町内で不思議なことが頻発に起こった。
それを怖れた人々は直ぐに町名を元に戻すと、それ以来不思議なことは起こらなくなった。それからずっと後に、その謂われを知らない人物が同じようなことをしたが、その人物も不思議なことで急死したのだ。
それ以来、昔のことを知っている者がいて進言し、町名を変えようとする者は名乗りでなかった。
しかし、それ以外には取り留めてどうということなく普通の町なのだが、重い空気がどこかに被っているような気がするのも確かなようである。
もちろん、お佐和もそのことは知らない。その町の播磨と佳代の兄妹の家も、親が生前に元気だった頃は或る程度は裕福だったのだが、父親が古くなった家の一部を普請しようとした時から様子が変わってきた。
父親が古くなった家を改築し、更に見栄えを良くする為に、庭の真ん中にあった古くからの祠を庭の端に移動しようとした時がある。それを破壊や除去した訳でもなく、その祠を移動させただけなのに、庭師が数日後に突然に原因不明の高熱をだして死んだのだ。
そのときには、誰も庭師が「祠」を動かしたことが原因で死んだとは思っていなかった。それから半月も経たないうちに、今度はその家の持ち主の主人がやはり原因不明の病で亡くなったのである。
悪いことは重なるもので、やがてその妻も子供二人を残したまま欄干にぶら下げた帯紐で首を吊り、夫の後を追うように自害した。
その時、異常なる母の行為に気が付いた、今は播磨と名乗る幼いときの真之介は、懸命に泣きながら母を止めた。
「母上!なにをなさるのですか、死んではなりませぬ!」
「あぁ、真之介、わたしにかまわないおくれ、わたしを呼んでいるのじゃ」
「そ、それは誰ですか?!」
「それは言えぬ、言えぬのじゃ、真之介、許してたもれ……」
「私たちを二人を残して死なないでください!」
「許しておくれ、死なせておくれ……」
しかし、心乱れた母は泣き叫ぶ息子の言うことを聞かず、振り切るように細紐で首を吊ったのである。
ずしんとした自らの重さが彼女の首を締め付け、そしてぶら下がりながら女は果てた。梁から吊られた帯紐に首を巻き付かれた無様な母を見て、真之介は暫く気を失っていた。
その時、庭の奥にある祠の辺りから、蒼白い人魂がゆらゆらと揺れていた。
まるで、その一部始終を見ているように……満足をしているかのように、揺れ動いていた。真之介は、今では播磨となってからも、その時を思い出すと身震いするのである。
その祠が昔、多くの罪人が打ち首になった場所だということを知るものは誰もいない。死人が出るたびに、その祠は庭の隅で益々妖気を漂わせていた。霊感があるという人物が、その庭を何気なく見たとき、蒼白く燃え上がる幾多の死者の魂と、顔らしきモノを見たという。
その者は、何も言わずに慌ててその家から走り去ったということである。しかし、それ以外の者には、幸か不幸かどうやら何も見えないようである。
その日……。
お佐和は、佳代が住むという山崎という家をようやく探り当てた。その家は広いのだが、あれ以来手入れをしていないらしく、陰気に朽ちている。卑しい出のお佐和さえ、その家が人が住めるようでないことを感じていた。
キシキシと、滑るようにはいかない門戸を開けて中に入った。
「こんにちは、お邪魔します……」
少し、緊張気味の気持ちを抑えながら言った。佳代を連れて帰ることがお佐和の為す術であり、どんなことがあろうともそのまま帰ることは出来ない。意を決して、震える声で言った。
「あ、あの、ごめんなさい、お佐和と申します、佳代さんはいらっしゃいますか?」
お佐和は聞き耳を立てて、様子を伺ったが人の気配がしない。しかし、庭は荒れて手入れはしていないようだが、玄関前は掃き清められている。お佐和は少し安心した。そして、恐る恐る玄関の戸を開け、もう一度呼びかけた。
「あの、山越の家から参りましたお佐和と申します、佳代さんはいらっしゃいませんか?」
再び、耳を澄ませたお佐和だったが、今度は反応があった。
「あ、はい……」
それは弱々しい女の声だった。
今は、そんな面影さえないが、その場所は一箇所ではないようである。
しかし、その不気味な名前を変えないのは何故だろうか、その訳を知るものはいない。昔、誰かがその訝しい町名を変えようとしたのだが、どういう訳かその者は、その後で変死したり、町内で不思議なことが頻発に起こった。
それを怖れた人々は直ぐに町名を元に戻すと、それ以来不思議なことは起こらなくなった。それからずっと後に、その謂われを知らない人物が同じようなことをしたが、その人物も不思議なことで急死したのだ。
それ以来、昔のことを知っている者がいて進言し、町名を変えようとする者は名乗りでなかった。
しかし、それ以外には取り留めてどうということなく普通の町なのだが、重い空気がどこかに被っているような気がするのも確かなようである。
もちろん、お佐和もそのことは知らない。その町の播磨と佳代の兄妹の家も、親が生前に元気だった頃は或る程度は裕福だったのだが、父親が古くなった家の一部を普請しようとした時から様子が変わってきた。
父親が古くなった家を改築し、更に見栄えを良くする為に、庭の真ん中にあった古くからの祠を庭の端に移動しようとした時がある。それを破壊や除去した訳でもなく、その祠を移動させただけなのに、庭師が数日後に突然に原因不明の高熱をだして死んだのだ。
そのときには、誰も庭師が「祠」を動かしたことが原因で死んだとは思っていなかった。それから半月も経たないうちに、今度はその家の持ち主の主人がやはり原因不明の病で亡くなったのである。
悪いことは重なるもので、やがてその妻も子供二人を残したまま欄干にぶら下げた帯紐で首を吊り、夫の後を追うように自害した。
その時、異常なる母の行為に気が付いた、今は播磨と名乗る幼いときの真之介は、懸命に泣きながら母を止めた。
「母上!なにをなさるのですか、死んではなりませぬ!」
「あぁ、真之介、わたしにかまわないおくれ、わたしを呼んでいるのじゃ」
「そ、それは誰ですか?!」
「それは言えぬ、言えぬのじゃ、真之介、許してたもれ……」
「私たちを二人を残して死なないでください!」
「許しておくれ、死なせておくれ……」
しかし、心乱れた母は泣き叫ぶ息子の言うことを聞かず、振り切るように細紐で首を吊ったのである。
ずしんとした自らの重さが彼女の首を締め付け、そしてぶら下がりながら女は果てた。梁から吊られた帯紐に首を巻き付かれた無様な母を見て、真之介は暫く気を失っていた。
その時、庭の奥にある祠の辺りから、蒼白い人魂がゆらゆらと揺れていた。
まるで、その一部始終を見ているように……満足をしているかのように、揺れ動いていた。真之介は、今では播磨となってからも、その時を思い出すと身震いするのである。
その祠が昔、多くの罪人が打ち首になった場所だということを知るものは誰もいない。死人が出るたびに、その祠は庭の隅で益々妖気を漂わせていた。霊感があるという人物が、その庭を何気なく見たとき、蒼白く燃え上がる幾多の死者の魂と、顔らしきモノを見たという。
その者は、何も言わずに慌ててその家から走り去ったということである。しかし、それ以外の者には、幸か不幸かどうやら何も見えないようである。
その日……。
お佐和は、佳代が住むという山崎という家をようやく探り当てた。その家は広いのだが、あれ以来手入れをしていないらしく、陰気に朽ちている。卑しい出のお佐和さえ、その家が人が住めるようでないことを感じていた。
キシキシと、滑るようにはいかない門戸を開けて中に入った。
「こんにちは、お邪魔します……」
少し、緊張気味の気持ちを抑えながら言った。佳代を連れて帰ることがお佐和の為す術であり、どんなことがあろうともそのまま帰ることは出来ない。意を決して、震える声で言った。
「あ、あの、ごめんなさい、お佐和と申します、佳代さんはいらっしゃいますか?」
お佐和は聞き耳を立てて、様子を伺ったが人の気配がしない。しかし、庭は荒れて手入れはしていないようだが、玄関前は掃き清められている。お佐和は少し安心した。そして、恐る恐る玄関の戸を開け、もう一度呼びかけた。
「あの、山越の家から参りましたお佐和と申します、佳代さんはいらっしゃいませんか?」
再び、耳を澄ませたお佐和だったが、今度は反応があった。
「あ、はい……」
それは弱々しい女の声だった。