復讐に燃えて

文字数 1,617文字

 お佐和が青山播磨の屋敷を訪れてからというもの、播磨の気持ちは愛しい妹の佳代が惨殺されたいきさつを知らされ、気持ちは打ちひしがれていた。

 幼い時に戯れ遊び、笑いあったあの頃。優しかった父と母。連れ立った楽しい縁日での思い出、なつかしいあの家での団欒(だんらん)のひととき。自分が生まれ育った家族の人達、自分以外にはもうその家族はこの世には生きてはいない。

 父と母は不思議な病で亡くなったが、妹はそれとは違っていた。自分が青山家に引き取られた後、与左衛門という男に佳代も引き取られたと言う。そのことは、少しは聞き及んではいたが、まさかこのようなことになっているとは。

 妹の佳代が、その屋敷で蹂躙されている時に、自分は何不自由なくこの屋敷で過ごしていたかと思うと悔しくてならない。もっと妹のことを思い、気を配っていたのなら、こんなことには……。

 後から後から迫りくる心の虚しさ、儚さ。そう思うと、播磨の眼からは涙が溢れ出て、いつまでも止まらなかった。悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない自分の心。
「佳代、許して欲しい、こんな兄を……」

 青山家に、養子として迎えられ、そしてその家の長女の婿となった自分。最高に幸せだった自分、そんな時には考えもしなかった自分の妹の存在。幸せに溢れていたその時、佳代が不幸せだったとは思いもしなかった。

「佳代、佳代!」
 播磨は妻や家の者にさとられずに、そっと泣いた。泣けるだけ泣くと、意外と心とは落ち着くものらしい。まだ心の中には悔しさと痛みが残っていたが、抑えていた。このまま、泣き、悔やんでもばかりはいられない。愛しい妹のことを思えば、このまま安泰の中で、今まで通りに生活することなど播磨には考えられなかった。

 佳代はどんなに辛かったことだろう。どんなに苦しかっただろうか……。もしその気になれば、兄である自分に救いの手を差し伸べることができたはずである。

 しかし佳代はそれをしなかった。幸せな自分の生活の邪魔をしたくなかったと思ったのに違いない。播磨は、そんな優しい妹の心を知っていた。
 その心は兄である自分しかわからない。そんな佳代の復讐をしなければならない、兄として。病や不慮の事故などによる死亡ならば致し方ない。

 しかし、佳代は殺されたのである。そんな妹の無念を晴らさずに、このままおめおめと生きていられようか。自分を引き取ってくれた青山家、そして妻には申し訳ないと思う。しかし、このままで自分は何もしないで生きていくわけにはいかない。

 踏みにじられた妹の無念を晴らすために、どうか許してほしい。播磨は目に涙をためながら、青山家と妻の八重に心で詫びていた。佳代の無念を晴らすためにはどうすればいいか。その為にどうすべきかを考えなければならないのだ。

 もし首尾よく佳代の仇の与左衛門を討ち果たすことができたとしても、それだけで済ませることは出来ない。昔と違い、今どのような理由があるにせよ、仇討ちは許されてないからである。そして、この青山家にも迷惑を掛けてしまうからだ。播磨はそのことが気がかりであり、ずっと悩んでいた。

 思い悩んだ末に、播磨はある決心をする。それは密かに夜中に与左衛門の屋敷に忍び込み、与左衛門を惨殺することである。そのためにどうすればいいかを播磨は考えていた。そしてあることをひらめいたのである。

 それを決行する前に、どうしても妻の八重にだけは言っておかねばならぬ、と心に決めた。本当はひとりで決行し、人知れずに自害するつもりだった。しかし、妹の無念を晴らすためとは言いながら、今まで世話になった青山家の娘であり、妻の八重だけには本心を伝えなければならない、とそう思った。

 幸いにも与左衛門の家と、この青山家とでの交流はあまりない。妹の佳代との接点を知っているものは、お佐和しかいないのだ。ある夜、播磨は妻の八重と向き合っていた。行燈の淡い光が、細長く畳の影となってゆらゆらと揺れていた。



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