残忍な夜

文字数 1,151文字

 或る夜のこと、いつものように与左衛門は佳代の部屋にやってきた。彼は酒を飲んでいて、上機嫌である。その時、佳代は身体の調子があまり良くなかった。
 布団に寝ていた佳代の枕元に与左衛門は座り込んだのだ。

「佳代、どうだ、そろそろお前も女としての喜びが分かってきただろう」
 それでも佳代は黙っていた。
 与左衛門はにやりとし、酒臭い息を吐きながら布団の前に座り込み、佳代の寝巻を剥がそうとした。佳代はすでに決心していたことがある。

(もうこの男には自分の身体を触れさせない、たとえこの身がどうなろうとも)
 しかし、その心もいざという時にはいつも鈍ってしまい、ズルズルとここまできてしまったのだ。だが、その時の佳代は違っていた。その夜の佳代は身体が熱っぽく、頭も朦朧(もうろう)としていた。与左衛門の太い手がいつものように佳代の寝巻に触れ、それを脱がそうとした時だった。

「今日はやめてください、ご主人様!」
 布団から身体を起こそうとして、佳代が無意識で与左衛門の手を払いのけた時だった。その手が与左衛門の胸を強く叩いた格好になり、与左衛門はその弾みでのぞ蹴ってしまった。
 その時は更に運が悪かった。

 佳代の枕元に置いてあった小さい行燈(あんどん)に、よろめいた与左衛門は頭を強く打ちつけてしまったのだ。その尖った金具が与左衛門の額に当たり、額を切り裂いたのだ。

「うわっ!」
 強い痛みが走り、思わず叫び額に手を触れた時、その手には赤い血が滲んでいた。その血は後から後から流れ出て、佳代の寝巻と与左衛門の着物を血に染めた。

「き、きさま! この俺に!」
 酒が入っている為に血の流れは勢いを増し、与左衛門の額からポタポタと血が畳に垂れ落ちた。それ以上に逆上したのは与左衛門だった。立ち上がると与左衛門は寝ている佳代の胸元を掴み、布団から引きずり回したのである。

「きゃぁ!」
 佳代の胸は肌け、剥き出した乳房は与左衛門の赤い血で染まっていた。与左衛門は気が狂ったように目を吊り上げ、まるで赤鬼のようである。彼は怒りにまかせ、たじろむ佳代を蹴り上げたのだ。

「ぐえっ!」 思わず、佳代の口からは異物が飛び散る。
 与左衛門の足は更に佳代の顔を、腹を蹴りあげると、佳代の腫れ上がった顔の切れた唇から血が流れ溢れていた。しかし、痛めつけられながらも佳代の目は与左衛門を睨みつけていた。その目は、この狂人をあざ笑うように……目が座っていたのだ。騒ぎに駆けつけたお佐和は、血に染まった光景をみて腰を抜かし仰天した。

「きゃ! これは、ひ、ひどい!」
 あの与左衛門がこのまま黙っているわけが無い。
 立ち尽くすお佐和を跳ね除けると、自分の部屋に戻り刀掛けにあった一尺四寸程の中脇差を掴んだ。
 その(さや)を払い、刀を引っさげ放心している佳代の部屋に血相を変えて戻ってきた。

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