屋敷の怪

文字数 1,373文字

 お佐和は、佳代の家で佳代の体調が少しでも回復するまで世話をすることにした。
 その猶予は、半月ほどではある。その間に、佳代の身体を連れて帰るまでに元気にしなければならない。

 半月が長いか短いかは分からないが、そんなことを言ってはいられないのだ。焦る気持ちを抑えながら、お佐和は思った。

(佳代様が丈夫になって、ご主人様に抱かれるようにならなければ私の生きている意味がない……)そう自分なりに考えていた。

 屋敷を出てくるときには、主人からそれなりの金銭は頂いてある。そのなかでやり繰りしなければならない。あの後、佳代は自分が持ってきた握り飯でいくらか気分が持ち直したものの、まだその精細さは欠いていた。

 佳代を、娘らしく瑞々(みずみず)しい身体にさせなければならないのだ。
 その日は、やってきた屋敷で佳代と一緒に片付けをしたりして、お佐和は疲れていた。
 その夜、佳代と一緒に夜食を食べ、お佐和は雨戸を閉めて佳代と並んで寝たのだが、夜中にうなされていた。

 ジワジワと胸の上を圧迫するような激しい重みを感じて、声を出そうとしても声が出ない。
 しかし、何とか薄目を開けてみても何の変化も無いのだが、どう言う訳か身体が動かないのだ。
 だが目に見えないものは確実に自分の身体の上に覆い被さっているのだ。隣を見ると、佳代は目を(つぶ)って寝ている。すると、急に耳元で怖ろしい声だけがするのだ。

「お前は誰だ! この家から出て行け!」
(きゃっ! 佳代様、た、助けて!)

 思わずお佐和は叫ぼうとしたが喉から声が出ない。しかし、隣で寝ている佳代は何事も無いようにすやすやと眠っている。
 お佐和にとって、こんな経験は初めてだった。必死で心の中で念仏を唱えた。
(南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……)

 何度もその言葉を言っているうちに次第に呪縛(じゅばく)は解けていった。そう言えば、何故かこの家は陰気な気配がした。昼間、庭の掃除をしようとしたとき、お佐和は佳代に止められたことを思い出した。

「あの、お佐和さん」
「はい、佳代様、なんでしょう?」
「お庭の手入れはしないで下さいね、絶対に……お願いします」
「はい、どうしてでしょう? あのように枯葉が積もっていては陰気ですよ」
「いえ、いいのです、あのままで……お願いします」

 それは佳代が何かに(おび)えているような気がして、お佐和は庭の掃除は取りやめたのだ。あのとき、もっとその訳を聞こうとしたが、佳代の目つきがそれを拒否したからである。
(何かあるのね、このお庭には……)

 それから家の中を掃除したり、食料を少しだけ買い込んだりと忙しかったので忘れていたが、寝ながらそれを思い出しぞっとするお佐和だった。
 それからと言うもの、呪縛はしばらくして解けたが、お佐和は布団の中でなかなか寝付かれなかったが、いつしか 目が覚めたときは朝になっていた。

 しかし、戸の隙間から僅かに差し込んでくる朝日で目を覚まし、目を開けたとき、お佐和は声を上げた。
 枕の目の前で、佳代が立ってじっと自分を見つめていたからである。
 その眼は昨日の佳代でない人物が自分を睨んでいるように怖ろしく見えたからである。

「きゃっ!」

  思わずお佐和は声をあげて叫んでいた。
 佳代の目は赤く染まり、釣り上がった幽霊のように見えたからである。その目で見つめられ、再びお佐和は気絶をしてしまった。


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