不幸な娘

文字数 2,245文字

 当時、政府非公認の岡場所や、公認の吉原等の身体を売ることを容認している場所があるが、そう言う女が相手では与左衛門は満足しなかった。
 生娘であったり、美しい女でなければ彼の欲望を満足させないという、誠に厄介な男なのだ。

 そういう事情があり、お佐和は与左衛門が好みそうな女を探して連れてこようとした。
 街の中には金さえ弾めば、そういう女を紹介してくれる遣り手女という者が大体はいる。そういう女の紹介などでは、まともな女が来るわけがない。

 若くても一癖があるような女だったり、訳あって昔は武家の女だったりとか、そんな女が多い。しかし、与左衛門はいつも若鮎のような女を抱きたいと思っていた。そんな時に湧いて起こったような話しがある。それは、遠い親戚で娘を預かってくれないかという話しを聞いたからである。勿論、その紹介者も、女も与左衛門の変な性癖など知る由もなかった。

 ただその話は、山越家とは薄縁にあたり、薄幸な兄妹の内の妹の面倒を見てくれる縁者を捜しているというのだ。それを何処かで嗅ぎつけ、始めにお佐和に紹介したのも、以前、与左衛門にいたぶられた女だった。

 人には、自分が背負った罪深いことを恨みながらも、同じような轍を踏ませたいという不埒な女がいた。自分と同じ不幸を共有させたいという悪魔の囁きに負けた女であり、そういう罪深い人間という者はいるものである。

 罪人となった播磨が訴えた告白は次のような話しだった。
 両親と死に別れた幸少ない兄妹は、それぞれに引き取られていった。兄は、叔父の青山家に預けられ、武士としての教育を受けながら育っていった。

 行く末は、子供のいない青山家の跡取りとしての、将来を嘱望されていたのである。しかし、妹の佳代は別の山越家に引き取られことになるのだが、それが不幸の始まりだった。

 山越家の当主の与左衛門という男は、妻に逃げられたような男である。青山家と縁戚になるこの山越家で、佳代をめぐって思いも寄らない悪夢が展開することになろうとは、佳代も、その兄の播磨も今は知る由もなかった。

 なぜに、そのような男が当主に、と思われるのだが、与左衛門は山越家の長男であり、それだけの理由による。それに性格が悪くなったのは、今までには五月蝿い両親がいたからであり、親が他界してからは、その(たが)がはずれたからだ。

 与左衛門が妻を娶るとき、妻になった女はそのことを知らずに、与左衛門の家の嫁に来た。
 しかし、妻となった女は、数々の狼藉の為にほとほと呆れかえり、いつしか脱げ出すように家を飛び出したのである。

 実家に逃げ帰った娘の不憫(ふびん)を見兼ねた父親が烈火の如く怒り、押っ取り刀で山越家に乗り込もうとしたのだが、(それだけは)と妻に止められたのだ。いずれにしても、山城家には相当に剣の立つ侍が数人がいる為に諦めざるを得なかった。

 そんな噂があると、もう山越家には後妻に来る女などいない。妻が脱げだした女好きな与左衛門が、次に手を出したのは若い女中や賄い女等だったが、それも飽きっぽい彼は新しい女を求めていた。

 そんな矢先に、遠縁で親代わりを捜している娘がいるという話しを佐和から聞いたからである。与左衛門は、その取り纏めを元女中で、今は与左衛門の女になっているお佐和に命じたのだ。

「お佐和、今度、わしの遠縁で親代わりを捜しているという娘がいるのだ、お前行ってきてその娘を連れてきてくれ」
「あの、私がですか?」
「そうだ、お前しかいないだろう、そんな役をさせるものはな……」

「はい、でも、旦那様は本当にその方を、お引き取りなさるのですか?」
「そうだ、それがどうした?」
「あの、それは、そのお嬢様をわたしのように……」
「うるさい! お前が口に出すことではないわい!」

 そう言って与左衛門は、お佐和の腹を蹴り上げた。
(も、申し訳、ありません!)

 それを言おうとして、もんどり倒れて、お佐和は土間に転げ落ちた。お佐和には分かっていた、この主人は本当にその娘の幸せを思って引き取るという気持ちでないことを……。

 しかし、それを断るわけにはいかないお佐和なりの事情があったからだ。この家を出れば、行く所もなく、密かに親への仕送りもしていたからである。
 遠縁の娘を引き取るとは口実で、行く行くはその娘も自分のようにするのでは……という思いがあったが、もうその頃にはお佐和の心が折れていた。

 自分と同じような不幸になる女を見たかったのかもしれない。それは、逃げることも死ぬことも出来ない女の心の遣りどころだった。
 不幸になる女をみて、少しでも優越感に浸りたかったのだろう。いずれ、自分と同じようになると思えば、自分の不幸が軽くなると、そう考えたからだ。

 お佐和にとっては、それも面白いとさえ思うようになっていた。人の心とは変わりゆくものかもしれない。

 或る日、与左衛門はお佐和に言った。

「この間言った、獄門町に両親が死んで今は一人になっている佳代という娘がいるのだが、食うにも困っているらしい、その娘を引き取ってきてくれ、話は付けてある」

 播磨の妹の佳代は、幼い頃に引き取られたのは、山越家にいくまえの或る家だった。
 その場所は(獄門町)にあるという。

「はい、旦那様、その方はお幾つでしょう?」
「そうだな、十五、六歳と聞いている、それがどうした?」
「いえ、どうもありません、旦那様」

 お佐和は、その年の娘の先が少しだけ案じられたが、心の中でもっと自分よりも不幸な女が来ることで、どこか自分を慰めていた。



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