真剣勝負

文字数 1,382文字

 播磨と、道場主の矢島左馬介がこれから真剣勝負をすると言うことで、他の門弟たちはそれぞれに、面や籠手、或いは胴などの防具を置いて、道場の床に座りこれからの二人の様子を見守っている。

 播磨が、この道場では一、二を争う剣の達人と言う事は皆も承知している。 今、木刀でさえ危険だと言うことで、竹刀が主であり、それ以外にはあまり使用しないと言うのに、最も危険な刀で立ち向かうということで播磨本人はもとより、 門弟たちも緊張していた。

 播磨の相手である左馬介の表情を見ると、やはりいつもと違う。播磨が各所を周って他流試合をすると言うことが左馬介は気に入らないのか、それとも真剣勝負の極意を播磨に伝授しようとしてるのか、誰もその真意はわからなかった。

 すでに二人は試合前の礼を終え、刀の鞘を抜いて正眼に身構えていた。一言、左馬介が言った。

「播磨、真剣勝負だからと言って遠慮することはないぞ、本気でかかってこい」と努めて冷静に言った。
「はい」

 播磨が左馬介の相手をしたのは、播磨が未だ腕が未熟だったときのことであり、最近では直接に指導を受けていなかったので、指導している姿を見てはいるが、その本当の力は分からない。

 あるいは、それぞれの力は拮抗してるのかもしれない。播磨が、しばらくこの道場を離れ、他流試合をすると言う名目でここを出るという目的は、愛しい妹の復讐をするためである。

 その為には、いくら左馬介が相手だとしても、今ここで真剣で切られて死ぬわけにはいかなかった。だとすれば自分は生きなければならない、しかし、もし自分が死んだとしてもやむを得ないが、惨殺された妹のことを思えば死ねなかった。

(もうこうなったら師匠の左馬介を殺して、ここを旅立たなければならないかもしれない)
 播磨はそのとき、死をも覚悟した。

 それほど死と言うものは、自分自身の心を変えてしまうような恐ろしさがある、それは自分が殺されようが、相手が死のうが……。もうその時には、播磨は開き直っていた。

(もし自分が師匠を殺したとしても、誰も文句は言うまい、左馬介自身がそう言っているのだから)そう思うと播磨は少し気が楽になった。

 正眼に構え、お互いを見つめあった。左馬介の目は鷹の目のように、微動だにせずに自分の目を見つめていた。その意気込みに播磨は、一瞬たじろいたがすぐに冷静さを取り戻していた。

 しかし、何故か目の前の左馬介の顔が憎っくき妹を殺した未だ見ぬ山越与左衛門と言う男の顔に見えてくるのだ。
(おのれっ、妹の仇!)

 今、播磨の目の前には左馬介ではなく、太々しい顔をした山越与左衛門の顔が重なって見えるのだ。播磨は均衡を破って刀を大上段に構え、刀の切っ先を左馬介の頭を割くように切りつけた。

 門弟たちは左馬介が言い出したとは言え、相手の播磨が遠慮をせずに、いきなり大上段に構えて切りつけたのを見てさすがに驚いた。その切り口は容赦はしていなかった。もし、左馬介が避けられなかったり、刀を避けるためのその動作が少しでも遅い場合には、刀は左馬介の頭を真っ二つに割っていただろう。

 しかし、左馬介はそれをひらりと翻しながら、右手に持っていた刀で播磨の顔を一太刀浴びせようとした。播磨は瞬時の判断でその切っ先を察知しかわした。
 その動作がわずかでも遅い場合には、播磨の顔も二つに割れていたかもしれない。



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