妻への告白

文字数 1,460文字

 しばらく会っていなかったとは言え可愛い妹の佳代が死んだこと、妻にそのことを告げようとする播磨は辛かった。播磨は重大な決意を胸に秘めていたのだが、それを決行する前に本当のことを妻だけには伝えておかなければならないと思った。

 それは辛い選択だった、本当は黙ってこの家から出奔していなくなろうとさえ思ったのである。その方がどれだけ楽かもしれない、そして首尾よくいった暁には死ぬつもりだった。しかし、愛する妻と自分を婿養子にしてくれた恩ある青山家に何も告げずに黙って出ていくことが播磨には耐えられなかったのだ。

 既に目が潤んでいる八重の顔を見ながら、播磨はできるだけ感情を抑えながら言った。

「わたしがこの青山家に引き取られたあと、屋敷に残された佳代は遠い親戚に引き取られたのだ、その家は山越家という」
「はい、そうなのですか」
「そうだ、しかし佳代がその家に引き取られたのは間違いだった。その家主がとんでもない男だったのだ。愛想をつかした男の妻が家を出た後に、男はその家にいた召し使いや賄いの女に手を出したりして、その為に家から女たちがいなくなった」

「まぁ、酷いことを……」
 八重は、播磨が苦渋の表情浮かべながら話す内容が、何となく予想ができた。
「佳代は、佳代はその男の家に……」

 播磨は努めて冷静に妻にことの真相を伝えようと思ってはいたが、ついに感情が高ぶってしまい後の言葉が出てこない。感極まりしばらく播磨の嗚咽が続いたが八重は黙って待っていた。

「す、すまない八重……」
「いえ、いいのですよ、心の落ち着いたらどうか続きをお話し下さい」
「ありがとう、もうこの話はやめようか?」
「いえ、旦那様のお苦しみを私も知りたいのです、お辛いでしょうがお願いします」
「そうか、始めはそうではなかったらしいが、次第にその男は佳代を抱くために手を出すようになってきたのだ」
「まぁ」
「毎夜の苦しみから逃れるために、佳代は或る夜にその男を拒否をしたらしいのだ」
「……」
 八重は黙って聞いていたが、なんと言って良いのか分からなかった。

「拒否をするために佳代が手を払った時で、男がよろけた拍子に、枕元にあった行灯の金具に男は額を打ち付けて切ってしまったのだ。それに怒った男が刀を持って飛び出し、その後で佳代の胸を一突きした後で、佳代の首を撥ねた……」

「ひ、酷い!」
「……」
 話をするほうも、話を聞くほうも辛く、暫く二人は沈黙していた。

「それで、八重」
「はい、旦那様」
「私はどうしても佳代の恨みをはらしたいのだ」
「は、はい……」

「本当は害が及ばさないように、人知れず離縁をしてからにしようかと思ったのだが、離縁する理由が見つからないのだよ。それには届けを出さなければならないし、藩にも迷惑をかけてしまう」

「で、ではどうすれば?」
「うむ、それで私はたまたま剣の達人とは言われているが、まだまだ多くの達人たちが全国にたくさんいる。その剣の道を極めるために武者修業に出ると言うことにして、密かに男を殺したいのだ」
「そうですか、その後はどうなりますか?」

「いずれそれは露呈してしまうだろう、そうなるとお前にも、この青山家にも迷惑がかかる、それに私はこのまま生きていく自信がないのだ、わかってくれ八重」
「では、旦那様は死ぬ……とおっしゃるのですね」
「そう言うことだ、わかってくれ、八重」

「いえ、あなただけを残して私が一人で生きていくのは辛すぎます。どうか私もお供させてください、旦那様!」

 播磨の若妻の八重は夫の決意を聞いて、畳の上に伏せていつまでも泣いていた。



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