殺害の計画

文字数 2,061文字

 播磨の妻の八重は、夫の気持ちを理解しようとした。
 しかし、自分ではどうすることもできない。いちど物事を心に決めると、その決心が固い夫の気持ちを変えることができない。
 夫は妹の無念を晴らすために相手の男を殺害し、自分も腹を切って切腹する気持ちでいることがわかっている。

 それを、夫がどのように少しずつ実行するのか八重はわからないのだ、それを知りたかった。

「あの、聞いてよろしいですか?」
「何かな、八重?」
「これから、旦那様はどうするおつもりですか?」

「今、それを考えているところだ、それでわたしは、佳代の仇の与左衛門という男を殺さなければならない。それにはわたし一人でやるつもりだ。そのための仇討ちの助っ人は望めないとすれば自分でやるしかない。だが幸いにも私は剣には自信を持っている。しかし、与左衛門の屋敷には何人かの侍がいるらしいのだ」

「そうなのですか、私が男ならば旦那様とご一緒に佳代様の恨みを晴らしたいのですがそうもいきません、それがとても悔しいのです」

 そう言いながら、八重は目にいっぱい涙を溜めていた。
「ありがとう八重。八重の気持ちはとても嬉しい。でもそのことでお前や青山家に迷惑をかけたくないのだ。許してくれ」

「は、はい……旦那様のお気持ちだけで八重は嬉しいのです」
 そう言って八重は顔を手で覆いながら、畳の上に泣き伏していた。

「その為にお前とは離縁はしないことにした」
「えっ?」

「本当はお前のために、そのようにしようと思ったのだが、かえってその行為が不自然に思われて青山家が疑われてはいけないのだ。それで私は剣術を極める為と称してしばらく家を空けることにする、勿論、山越与左衛門を討ち果たす為にな……」

「は、はい……」
「しかし、愛しい妹の為の仇討ちが失敗し、逆にわたしが切られるかもしれない」
「わたくしもその時には覚悟をしております」
「うむ」

 こうして播磨は妻だけに、ことの次第を話した。このことを妻だけには話しておかないと、今後についてことが運ばない恐れがあるからである。

 数日後、播磨は道場に赴き剣術の腕を磨く為と称して旅立ちの許可を得ることにした。幸いにも、周辺には播磨に妹がいること、そしてその妹が殺害されたということがまだ知られていなかったのは幸いだった。しかし、その許可は簡単ではなかった。播磨の剣術の道場主である矢島左馬介は播磨に尋ねた。

「して、播磨、他所で今更ながら剣術の腕を磨きたいということだが、この道場では不服があるということかな?」
「いえ、そのようなことではございません、ですがわたくしは、どうしても自分のこの技をみつめ、己の実力を試したいのです。そしてその奥義をもっと極めたいのです、お願いでございます、矢島様!」

 矢島はいつになく、真剣な目をして、いつもは穏やかな播磨が妙に食い下がるのを不思議に思った。播磨の腕前ならば、なにも他所で他流試合をしなくてもここで通用するはずだが?  何かそのための理由があるのだろうか? と思ったのだ。

 人一倍熱心な播磨だったが、何故にそこまでして剣を極めたいのか、矢島にはいまいち合点がいかないのだが、播磨の真剣な眼差しを見ていると、どうもそれ以外の目的があるように思われてならない。

「それほどに播磨が言うのなら許可しよう、しかし悔いのないように必ず本懐を遂げてまいれ。生きて帰ってくるのじゃ、よろしいかな?」

 どうやら矢島は何かを感じたらしい。播磨の眼が自分に訴えているのがわかるからである。今更、他流試合をするために道場を出て行くなどと言う理屈は通らない。

 そう言わざるを得ない播磨なりの理由があるのだろうと左馬介は理解した。それに播磨の地位はこの道場では上席に位置しており、播磨の腕の立つのを左馬介は認めている。

「は、はい、ありがとうございます、矢島様」
 播磨は道場主の矢島左馬介に深々と頭を下げた。
「しかしだな、播磨」
「は、はい?」

 許可が下りたというのに、矢島はまだ自分に言うことがあるのだろうか?
 播磨の胸は早打ちをしていた。
(今、この思いを打ち明けることができない)

「他所で他流試合をするとなると、お前が無様な負け方をすれば、この道場の恥となるのじゃ。そうならないように、お前に今わしから一本稽古をつけてやる」

「はい! ありがとうございます」
「すぐに支度をしろ」
「わかりました」

 あの矢島左馬介が、播磨のあのような言い訳で納得するわけがない。矢島は播磨のいつもと違う何かを感じたのだろう、しかし、矢島は武士の情けとして今はそれを聞き出すのは得策でないと感じたのだ。播磨は着物のうえからタスキを掛け、竹刀を取ろうとした時だった。

「今日は竹刀では無く、真剣で行う」
「えっ? 真剣ですか?」
「そうだ」播磨の身体に戦慄が走り、背中に幾重かの汗が流れた。
「他流試合をしようというものが、真剣で太刀打ちできなくてどうする」
「わかりました」

 左馬介を見つめる播磨の目は血走っていた。この二人の様子を門弟達が気がつきやって来て驚き見つめていた。


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