前夜
文字数 1,605文字
お佐和は、自分が持ってきた握り飯をほおばりながら食べ終わり、今は一息ついている佳代をしばしみつめた。
(この家が豊かな頃には、その少し痩けた頬も、少女のようにふっくらとしていただろうに……)と、そう思っていた。
先程のむしゃぶり食べている姿は餓鬼のような様子だったが今は落ち着いている。食べ終えた今は、我に返り、恥じらいさえ見せているのだ。
生きる為のなりふりなのだろうか。それは致し方ないこと……。誰でも生死をさまようとき、なりふりなど言ってはいられない。
今は、落ち着きを取り戻し、自分とは違う武家の娘としての恥じらいを取り戻したのだろうか。頬さえもうす桃色に染まって見えた。その姿は、お佐和がしばらく見なかった涼風を思わせた。色白で、みめ麗しいこの少女はひもじい思いをしながらも、その美しさは変わらなかった。むしろ、その若さ故に弱々しさがかえって少女の幼気さを現していた。
こんな少女を見れば、自分のご主人様の山越与左衛門は垂涎の的で娘を欲するだろう。自分があの家に奉公に来て、手籠めにされ、いつしか妾とされたようにこの娘もそういう運命になるだろう……。おそらくお佐和はそう思った。
一時期は愛され、そして犯され、次第に見向きもされなっていく自分は哀れだった。この身は、もうご主人様の女ではない。
(いま、目の前にいるこの美少女がご主人様の新しい女になる)
お佐和はそんな気がした。そう思いながらこの少女を見ると、気の毒と思いながらも、心休まるお佐和だった。その反動で、更に惨めな自分になることも分かっている。
しかし、自分は生きなければならない、自分の仕送りで生きている年老いた親と弟達が生き長らえているからだ。自分だけ死ぬわけにはいかない。
そう思い諦めていた矢先にこの娘のことを聞いたのである。
自分と違う地位だとしても、今は落ちぶれ朽ちたこの家の娘を誰が庇うだろうか。運良く長男の真之介は男子を欲しがる青山家に引き取られたが、妹の佳代は残された。
その頃、少なからずいた奉公人達は、その家の崩落を目にして歯が抜けるようにしていなくなった。後に残された佳代は、自分のみでは為す術もなく家と共に弱っていったのである。
お佐和は思った。今、この娘を連れ帰ってもこの弱った身体ではご主人様を満足させることは出来ない。来るときにご主人様から言われていたのを思い出していた。
「お佐和、事情があってあの家の娘は一人で暮らしているらしい、おそらくは食べる物も不自由しているだろう。お前が行ってその娘を見てそのようなら、この家の賄いなどは他の女達に任せるから娘をしっかり養生させ、そのうえで連れてこい。ただしその猶予は半月ほどだ……」
「はい、承知しました、ご主人様」
「それから、娘には余計なことは言わんでいい、明日にでも行ってこい、お佐和」
「はい、承知致しております」
「うむ、では、久し振りに今宵はわしの寝所に来い
「は、はい、あの……」
「どうした?」
「ご主人様、わたしで良いのですか?」
「くどいぞ、お佐和」
「はい、わかりましてございます」
お佐和は、頭を畳にすりつけてお辞儀をした。そのお佐和の背中をせせら笑うようにして、与左衛門は席を立った。
その夜、お佐和は久し振りに、与左衛門に荒々しく抱かれた。抱かれながらお佐和は思った。なぜ、ご主人様は急に私を抱くと言い出したのだろうか?
女を抱きたいのなら、今までのようにいくらでもいるのに。いまさら、なぜに、私を?
もしや、自分が明日行くという娘のことを思って、その思いを掻き立てられたのだろうか?
そう思うと嫉妬するお佐和だった。
いつになく燃えて、自分を弄んだご主人様を身体の中で受け入れながら涙するお佐和だった。
(もう、これからは抱かれることもないわたし、わたしってなに?)
主人から解放されたお佐和はその夜、様々な思いが交錯しなかなか眠れなかった。
(この家が豊かな頃には、その少し痩けた頬も、少女のようにふっくらとしていただろうに……)と、そう思っていた。
先程のむしゃぶり食べている姿は餓鬼のような様子だったが今は落ち着いている。食べ終えた今は、我に返り、恥じらいさえ見せているのだ。
生きる為のなりふりなのだろうか。それは致し方ないこと……。誰でも生死をさまようとき、なりふりなど言ってはいられない。
今は、落ち着きを取り戻し、自分とは違う武家の娘としての恥じらいを取り戻したのだろうか。頬さえもうす桃色に染まって見えた。その姿は、お佐和がしばらく見なかった涼風を思わせた。色白で、みめ麗しいこの少女はひもじい思いをしながらも、その美しさは変わらなかった。むしろ、その若さ故に弱々しさがかえって少女の幼気さを現していた。
こんな少女を見れば、自分のご主人様の山越与左衛門は垂涎の的で娘を欲するだろう。自分があの家に奉公に来て、手籠めにされ、いつしか妾とされたようにこの娘もそういう運命になるだろう……。おそらくお佐和はそう思った。
一時期は愛され、そして犯され、次第に見向きもされなっていく自分は哀れだった。この身は、もうご主人様の女ではない。
(いま、目の前にいるこの美少女がご主人様の新しい女になる)
お佐和はそんな気がした。そう思いながらこの少女を見ると、気の毒と思いながらも、心休まるお佐和だった。その反動で、更に惨めな自分になることも分かっている。
しかし、自分は生きなければならない、自分の仕送りで生きている年老いた親と弟達が生き長らえているからだ。自分だけ死ぬわけにはいかない。
そう思い諦めていた矢先にこの娘のことを聞いたのである。
自分と違う地位だとしても、今は落ちぶれ朽ちたこの家の娘を誰が庇うだろうか。運良く長男の真之介は男子を欲しがる青山家に引き取られたが、妹の佳代は残された。
その頃、少なからずいた奉公人達は、その家の崩落を目にして歯が抜けるようにしていなくなった。後に残された佳代は、自分のみでは為す術もなく家と共に弱っていったのである。
お佐和は思った。今、この娘を連れ帰ってもこの弱った身体ではご主人様を満足させることは出来ない。来るときにご主人様から言われていたのを思い出していた。
「お佐和、事情があってあの家の娘は一人で暮らしているらしい、おそらくは食べる物も不自由しているだろう。お前が行ってその娘を見てそのようなら、この家の賄いなどは他の女達に任せるから娘をしっかり養生させ、そのうえで連れてこい。ただしその猶予は半月ほどだ……」
「はい、承知しました、ご主人様」
「それから、娘には余計なことは言わんでいい、明日にでも行ってこい、お佐和」
「はい、承知致しております」
「うむ、では、久し振りに今宵はわしの寝所に来い
「は、はい、あの……」
「どうした?」
「ご主人様、わたしで良いのですか?」
「くどいぞ、お佐和」
「はい、わかりましてございます」
お佐和は、頭を畳にすりつけてお辞儀をした。そのお佐和の背中をせせら笑うようにして、与左衛門は席を立った。
その夜、お佐和は久し振りに、与左衛門に荒々しく抱かれた。抱かれながらお佐和は思った。なぜ、ご主人様は急に私を抱くと言い出したのだろうか?
女を抱きたいのなら、今までのようにいくらでもいるのに。いまさら、なぜに、私を?
もしや、自分が明日行くという娘のことを思って、その思いを掻き立てられたのだろうか?
そう思うと嫉妬するお佐和だった。
いつになく燃えて、自分を弄んだご主人様を身体の中で受け入れながら涙するお佐和だった。
(もう、これからは抱かれることもないわたし、わたしってなに?)
主人から解放されたお佐和はその夜、様々な思いが交錯しなかなか眠れなかった。