娘の回復
文字数 1,703文字
お佐和は昔から由緒があるという寺に出向き、悪霊に効果があると言うお札を十数枚もらってきて、それを至る所に貼り付けた。それは、台所や、居間の入り口、廊下、雪隠 等等、さらには特に厳重にしたのは、あの庭に面した障子や雨戸だった。
そして、浄化してもらった塩を白紙の上に乗せて盛り、貼り紙をした場所の下に置いた。寺の住職に言われて用意した数珠をお佐和は、佳代の分も用意し懐に忍ばせた。寝る時には怖れる佳代に寄り添い寝ることにした。
その晩は、恐ろしい悪霊達の反逆があった。反逆があった、と言うのはそう思わなければ合点がいかないからである。その日中は、どんよりとはしていたが晴れていたし、風も強いわけでは無い。しかし、日が暮れてあたりが暗くなると、次第にそれは怪しげな様相を呈してきた。急に風が強くなってきたかと思うと、木の雨戸を揺らし始めた。
ドタン、バタン! と人の手で激しく叩くような音がするし、風は唸るように吹き付ける。それはあまりにもひどいので、雨戸を突き破り中に入り込んでくるような恐ろしさだった。異様なその音にお佐和と佳代は、飛び起き二人で抱き合って震えていた。
「お佐和さん、怖いです!」
佳代は寝巻きのまま、お佐和にしがみついていた。
「だ、大丈夫ですよ、佳代様、お佐和がいますから」
そう言うお佐和自身も震えていたが、ここで自分が恐れていては佳代を怯えさせるだけだと思い、自分を奮い立たせた。
「さあ、懐にあるお数珠を持って。教わったお念仏を唱えましょう」
「は、はい」
佳代はこの時ほど、お佐和を頼もしく思った事はない。二人は、枕元に置いてあった悪霊払いの内容が書いてある紙を取り出し、幾度も幾度も読み上げた。二人の祈りの声は薄くらい部屋の中で響き、次第に熱を帯びていった。
それが効いたのかどうかは定かでは無いが風は収まり、荒れ狂っていた雨足も大人しくなっていった。それが半刻(約一時間)ほどで収まっていった。その騒ぎが嘘のようにさえ思えてくるのだ。
「お佐和さん、外も静かになってきましたね」
「そうですね、佳代様」
お佐和は、自分にしっかりと抱きついている、この若い娘が愛おしくなっていた。自分自身の弄ばれた運命さえ無ければ、この娘を自分の妹のように愛おしみ心から何のわだかまりもなく愛したいと思いながらも、自分に科せられたことを思うとそれも許されない。
この無垢な少女を回復させ、ご主人様に抱かれる女にしなければならないことを思うと、胸の中が痛くなってくるのだった。お佐和が朝起きて雨戸を開けてみてみると、夜にあれほど荒れていたのに、庭は何事もなく、静まりかえっていた。
枯葉もまき散らされているわけでなく、木も折れたものは一本もなかった。
まるで昨晩は何事もなかったように。
しかし、お佐和は雨戸を開けた時には、そこには泥で汚れた無数の大きな手のような痕が付いていた。
お佐和は驚いたが、気を取り直し水で洗いながら、その上から塩を塗って念仏を唱えた。その後で、お佐和は佳代に街で老人から聞いた昔からの言い伝えを説明した、そして怖れる佳代を説き伏せて、あの祠の前に来たのである。
「佳代様、この祠の辺りの病葉や枯れ枝等を掃いて綺麗にしましょう」
「はい」
「この祠を綺麗にして、供養をすれば、災いも無くなっていくでしょうから」
「そうですね」
二人は、時間をかけて庭の手入れをした。そして祠を清め、塩盛りをし、供え物を置いた。
「綺麗になりましたね、佳代様、さあ、心を込めてお祈りしましょうか」
「はい」
こうして、ふたりの女によって荒れた庭は久しぶりに掃き清められていった。
前の晩を境にして夜は、次第におとなしくなっていった。それと同じようにして、佳代の身体は回復していった。
佳代は元々美しい娘だったので、回復してくると、その美貌は前にも増して美しくなっていく。それが更なる破滅を招くなどと言うことなど知らずにいた。
そんな佳代を見るお佐和の心は複雑だった。
いよいよ半月という猶予の日が近づき、佳代とお佐和はその家を出て行くことになった。それは、新たなる二人の試練の日々の始まりになるのだが……。
そして、浄化してもらった塩を白紙の上に乗せて盛り、貼り紙をした場所の下に置いた。寺の住職に言われて用意した数珠をお佐和は、佳代の分も用意し懐に忍ばせた。寝る時には怖れる佳代に寄り添い寝ることにした。
その晩は、恐ろしい悪霊達の反逆があった。反逆があった、と言うのはそう思わなければ合点がいかないからである。その日中は、どんよりとはしていたが晴れていたし、風も強いわけでは無い。しかし、日が暮れてあたりが暗くなると、次第にそれは怪しげな様相を呈してきた。急に風が強くなってきたかと思うと、木の雨戸を揺らし始めた。
ドタン、バタン! と人の手で激しく叩くような音がするし、風は唸るように吹き付ける。それはあまりにもひどいので、雨戸を突き破り中に入り込んでくるような恐ろしさだった。異様なその音にお佐和と佳代は、飛び起き二人で抱き合って震えていた。
「お佐和さん、怖いです!」
佳代は寝巻きのまま、お佐和にしがみついていた。
「だ、大丈夫ですよ、佳代様、お佐和がいますから」
そう言うお佐和自身も震えていたが、ここで自分が恐れていては佳代を怯えさせるだけだと思い、自分を奮い立たせた。
「さあ、懐にあるお数珠を持って。教わったお念仏を唱えましょう」
「は、はい」
佳代はこの時ほど、お佐和を頼もしく思った事はない。二人は、枕元に置いてあった悪霊払いの内容が書いてある紙を取り出し、幾度も幾度も読み上げた。二人の祈りの声は薄くらい部屋の中で響き、次第に熱を帯びていった。
それが効いたのかどうかは定かでは無いが風は収まり、荒れ狂っていた雨足も大人しくなっていった。それが半刻(約一時間)ほどで収まっていった。その騒ぎが嘘のようにさえ思えてくるのだ。
「お佐和さん、外も静かになってきましたね」
「そうですね、佳代様」
お佐和は、自分にしっかりと抱きついている、この若い娘が愛おしくなっていた。自分自身の弄ばれた運命さえ無ければ、この娘を自分の妹のように愛おしみ心から何のわだかまりもなく愛したいと思いながらも、自分に科せられたことを思うとそれも許されない。
この無垢な少女を回復させ、ご主人様に抱かれる女にしなければならないことを思うと、胸の中が痛くなってくるのだった。お佐和が朝起きて雨戸を開けてみてみると、夜にあれほど荒れていたのに、庭は何事もなく、静まりかえっていた。
枯葉もまき散らされているわけでなく、木も折れたものは一本もなかった。
まるで昨晩は何事もなかったように。
しかし、お佐和は雨戸を開けた時には、そこには泥で汚れた無数の大きな手のような痕が付いていた。
お佐和は驚いたが、気を取り直し水で洗いながら、その上から塩を塗って念仏を唱えた。その後で、お佐和は佳代に街で老人から聞いた昔からの言い伝えを説明した、そして怖れる佳代を説き伏せて、あの祠の前に来たのである。
「佳代様、この祠の辺りの病葉や枯れ枝等を掃いて綺麗にしましょう」
「はい」
「この祠を綺麗にして、供養をすれば、災いも無くなっていくでしょうから」
「そうですね」
二人は、時間をかけて庭の手入れをした。そして祠を清め、塩盛りをし、供え物を置いた。
「綺麗になりましたね、佳代様、さあ、心を込めてお祈りしましょうか」
「はい」
こうして、ふたりの女によって荒れた庭は久しぶりに掃き清められていった。
前の晩を境にして夜は、次第におとなしくなっていった。それと同じようにして、佳代の身体は回復していった。
佳代は元々美しい娘だったので、回復してくると、その美貌は前にも増して美しくなっていく。それが更なる破滅を招くなどと言うことなど知らずにいた。
そんな佳代を見るお佐和の心は複雑だった。
いよいよ半月という猶予の日が近づき、佳代とお佐和はその家を出て行くことになった。それは、新たなる二人の試練の日々の始まりになるのだが……。