きっといつもの蕁麻疹

文字数 2,382文字

医療センターの皮膚科は待ち時間が長い。大谷先生がそう言っていた。乳腺外科もたいがいだと思うが、それより酷いらしい。ウンザリする。
皮膚科の待合室は空いていた。不幸中の幸いである。小百合は長椅子に腰を掛けると、魂が抜けたように眠った。小百合の名前が呼ばれたとき、皮膚科に来てから2時間近くが経過していた。

「う~ん…薬疹にしては部分的な気がしますねぇ」
皮膚科の先生は首をひねっていた。小百合も先生に同調して言った。
「私、アレルギー体質だからこういう湿疹みたいなのよくできるんです。大谷先生はえらい心配してますけど」
少し考えながら、皮膚科の先生は言った。
「塗り薬を出しましょう。薬で治まるようなら薬疹ではありません。年明けに予約を入れます。1月4日に来られますか?」
年末年始は別府にいる。大阪への帰省は病後のため見送った。小百合が皮膚科の先生にOKすると、先生はカメラを出してきて皮膚の赤くなっている部分を撮影した。2時間待って、診察は10分ほどだった。

皮膚科の診察が終わると、また乳腺外科に行く。
「1月4日、もう一度皮膚科に行くんだね。じゃあ、その後でこっちにも診せに来てもらおうか。」
大谷先生はそう言った。

(先生も1月4日から仕事なんや…大変やなぁ)

X(旧Twitter)で、小百合は医師を何人かフォローしている。乳がんの情報収集のためだ。フォローするのは乳腺専門医でなくてもいい。乳腺専門医を公表してXをやっているお医者さんはほとんどいないからだ。それに、医師をフォローすることで、フォロー外の医師のポストもX側が選別し、タイムラインに流してくれるようになる。大量に流れてくる情報の大半は、小百合には関係がない内容だ。自分にとって有益な情報だけをキャッチして、他はスルーしている。

お医者さんのポストを見ていると、勤務医の経済面は、一般的なサラリーマンとそう変わらないように感じる。小百合の同級生に、国立循環器病センターの医師の子供がいたが、彼もいたって普通の家の子だった。それを思い出した。
お医者さんには夜勤、休出などもある。生活は不規則、転勤も多い。頭脳の出来が我々と違うので、普通の人が簿記やパソコン検定をとるような感覚で医師になった人も多く見受ける。みんなの憧れの職業、なのに本人はただのオタクだったりメンヘラ一歩手前だったりする。Xをやっている人にそのタイプが多いのもあるが。

小百合の知り合いの開業医は、年末年始やお盆は10日ぐらい休んで、沖縄や海外に行きまくっている。愛車はカウンタックとロールスロイス。先祖代々、歯医者の家系だ。かかりつけ医の吉田先生も、ベンツのSLに乗っている。開業医の家は強い。
そうかと言って、自分で開業するのはものすごく大変だろう。経験がないとクリニックは開業できない。経験が蓄積される年齢になるとローンが通らない。子供も医学部なんてことになれば、教育費もかかる。

小百合は最近、お医者さんに悲哀や同情を感じてしまう。自分がお医者さんと近い年齢になったからかもしれない。

(大谷先生、がんばってね)

小百合は心の中で思っていた。診察室を出るとき、「よいお年を」と言おうと思ったが、2回目はなんだか恥ずかしかった。
「ありがとうございました」
それだけ言って小百合は診察室を後にした。大谷先生は
(言わんのかい!)
とでも言いたげな顔をしていた。

医療センターにかかった次の日、小百合は内科の吉田先生のところに行った。年末年始にむけてお薬を多めにもらうためだ。
最近、更年期障害の影響で汗が止まらない。「ホットフラッシュ」というやつである。ホットフラッシュが出ると、寒い場所にいても暖房が効きすぎた部屋にいるようになる。のぼせて気分が悪くなるのである。
ホットフラッシュには「桂枝茯苓丸/けいしぶくりょうがん」という漢方薬が効く。だるさを抑えるために、これまでは「補中益気湯/ほちゅうえっきとう」という漢方薬も出してもらっていた。補中益気湯には体の疲れや、病中・病後、手術後などで体力が弱っているときに“気”を補う働きがある。

小百合は補中益気湯を、帰脾湯(きひとう)という漢方薬に変えてもらった。補中益気湯が体の疲れを取るのに対して、帰脾湯は精神的な疲れに効く。補中益気湯も効いている感じはあったが、「これだ!」というほどバッチリ合ってはいなかった。
漢方薬は、2種類以上を一緒に飲まない方がいいらしい。種類を増やすほど、効果がぼんやりする。今回は、桂枝茯苓丸と帰脾湯で行くことにした。

補中益気湯を帰脾湯に変えてから気が付いたことがある。
補中益気湯は太るようだ。帰脾湯にしてから、スルスル痩せてきたのである。補中益気湯は、体力を補うため食欲を増進させることがある。眠気を起こす場合もあるそうだ。疲労回復のために寝させようとするのである。最近、眠くて仕方がなかったのは、補中益気湯の影響も少しあったかもしれない。
体重増加が懸念される年末年始であるが、漢方薬を帰脾湯に変えたおかげか、小百合は一週間ほどの間に2㎏痩せた。退院してからも少しずつ痩せていたので、計5キロぐらいの減量である。自分で鏡を見てもわかるぐらい、顔や腹回りがすっきりした。

ダイエットを始めたのは、最初は自分のためだった。右胸の手術跡をよりかっこよく見せるために痩せようと思ったのだ。栄養士さんとの面談のときも、肥満が乳がんの一因だと言われた。健康のために痩せなければと思っていた。
最近、痩せてキレイになりたいと思う。恋は偉大だ。
皮膚科でもらった塗り薬は、効いたのかどうなのかよくわからなかった。蕁麻疹は神出鬼没だ。赤くなっている場所に塗ると、何ともない場所に移動する。大谷先生が気にしていた胸周りに毎日塗っていたら、そこだけは赤みが引いたような気がする。

年明けの診察が小百合は楽しみだった。
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