2024/2/9 黒いスーツ/どうも間もなく死にさうです

文字数 1,248文字

あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。


(「眼にて云ふ」『疾中』 宮沢賢治)




からだがきずだらけで、腰がいたかろうが、全身シップだらけだろうが、仕事は予定があり、今日は短時間だが打ち合わせ、かしこまりスーツを着て上司と話した。
スーツ着る機会あまりないのに。
なんでこういうときに限って。


「の!のくずまさん…大丈夫だったの?!」
「あ、ハイ…スミマセン…コシヲウチマシテ」
「そう。でも歩けてるね」
「ハイ…ハア…スミマセン…」
「通勤途中?!」
「ア、イエ…イエデコロビマシタノデ…ダイジョウブデス」
「そうですか」
通勤途中、となると労災になり、手続きが煩雑になるので避けたかった。
まあ、通勤前ギリギリなんだけど。しょうがないね。
わたしがいけないのだ。

上司たちは私を終始、憐れみを持って見つめていた。
かなしいね。
気の抜けた会話をしてきた。
それで打ち合わせが終わったので帰ってきた。
気を張って平気を装っていたけれど。

腰は痛い。
ひしひし痛い。
体はみしみし。 
スーツなんか着る機会あまりなくて、むかしZARAで買ったシュッとした、ジャケットを着て行った。
安価だけどシルエットがきれい。もう10年くらいまえに買ったのかな。

ほんとうは全然、元気がないので、うつくしいvivienne westwoodのジャケットを着たら、元気もましましなのだが、
「こいつ下っ端も下っ端のくせにブランドものきやがって」
とか思われたくないからなあ。
いまの職場のひとたちはまあ言わなさそうだけど。
というか、上司たちがvivienne westwoodを知っているかは甚だ疑問だ。
着ればよかったかなあ。
黒スーツを着ると、かしこまり、ソルジャーぽいなあと思う。
歯車感。
でも、vivienneのジャケットは違うなあと思う。
vivienneはげんきにしてくれる。

きのうからヨウジのアルバム、『さぁ、行かなきゃ』を聴いてる。
いいなあ。
宮沢賢治の作品が歌詞になってていいなあ。
曲もいいなあ。








だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。

(「眼にて云ふ」『疾中』 宮沢賢治)


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