『藁人形チョコ事件 ―後編―』(短編小説/旭山リサ著)

文字数 4,678文字

 所長に連絡を入れた日の午後八時。
 呪いの教室を一人で調べることにした。
 暗くて静かな教室の怖さと言ったら! 
 ――早く調べてしまおう。早く家に帰りたい。お腹も空いたし…。
 本棚、物置、掲示板の裏、生徒の机の引き出し。あらゆるところを調べる。
「呪詛の類いは見つからないわね。まだ探していない場所は…」
 黒板の真ん前に置かれた講壇に目がとまる。
 講壇の引き出しを開けると、黒塗りのファイルが一つ入っていた。
「学級名簿かな? 調査に必要な資料になるかも」
 ファイルを開けて、息を呑んだ。

 そのファイルには、30体の小さな藁人形が貼り付けられていた。
 キーホルダーの飾りくらいの大きさだ。
 藁人形の上に生徒の名前がある。「柏木美和子」「小宮彩芽」の名前もあった。
 被害者「真崎 奏」の名前も。

「見たわね…」

 声のした方を振り返ると、教室の入り口に誰かが立っていた。
「ソレを教室に忘れた日に限って見られてしまうなんてね…」
 担任の牛島(うしじま) 冴子(さえこ)が、私を睨みつけていた。
「この大量の藁人形が貼り付けられたファイルはなんです、先生?」
「見ての通り、私の体罰ファイルよ」
「体罰…ですって!?」
「悪いことしたら、このでね…」
 すると冴子はポケットから、刺繍用の針を一本出した。
「針でその人形を一刺しするとどの子も大人しくなるわ。だって悪い子だもの。授業が始まってもおしゃべりをやめないし、目に余る暴力をはたらく。でも私は口下手だから注意できない」
「だからと言って呪うなんて!」
教室の秩序を乱す子は呪う。これが私の教育法」
 ――なんてあくどい。
「柏木美和子さんが最近体調を崩していたのは、あなたが呪っていたからね!」
「だってあの子、口が悪いんだもの。私の一番嫌いなタイプ。最近はこんな子ばっかり。…その中でも、真崎くんは違っていたわ」
 冴子の目に、涙が浮かぶ。

私、あの子を愛していたの

 二の句が告げられなかった。
 教師が生徒を愛していた!?
「見かけはそりゃぁたかが十七の男の子よ。私はあの子の中身に惚れたの。物静かで、博識で、言葉遣いも綺麗だった。好きになってからは、一日に一度は必ず針であの子の藁人形を刺していたわ」
「なぜ、そんなことを…」
「なかなか私へ振り向いてくれないあの子を、愛ゆえに痛めつけたくなったの」
 ――最低だ。変態だ。人道から外れている。
「まさか、あの藁人形の毒チョコも、あなたが…」
「私の手作りよ」
「好きならどうして、真崎くんを殺したりなんか…」
「あの子が、私の秘密に気付いてしまったから」
 真崎くんが気付いた秘密…?

「ある日こう言われたわ。先生、僕たちを呪っていませんか、って」

 冴子の目から、涙がほろりと頬を伝う。
「彼は神社の子でね。勘が良かったの。私の呪詛に気付いたわ」
 すると冴子はカバンから小さな藁人形を出し、その足に針を一本刺す。
(いた)っ」
 右足に激痛が走り、立っていられず蹲る。
「ばれたら仕方ない。私は仕方なく真崎くんの髪を入れた藁人形を滅多刺しにした。けれど彼の守護の力が強くて、体調を崩しても死んではくれなかった」
 冴子は、藁人形の左足と右手に針を刺した。
 人形に針を刺されたのと同じところに激痛が走る。
「ま…さか、その藁人形…」
旭先生の藁人形よ。あなたの髪の毛入り
 私は、髪の毛を取られてしまったのだ。
 この教師はよく相談室に来ていた。いつでも取ることができたろう。
「旭先生。あなたはいろいろ詮索しすぎましたね。うちの生徒たちも喋りすぎた」
 ――詮索しすぎた? しゃべりすぎた? まさかこの女
 美和子さんや彩芽さんが、相談室で急に体調をくずしたことが頭をよぎる。
 この女はおそらく私たちの話を聞いていたのだ。相談室に盗聴器が仕掛けられていたのかも。

「そうそう。ここに真崎くんにあげたチョコレートの失敗作があるの」

 冴子は持っていたカバンを生徒の机に置き、プラスチックケースを出した。
 黒い藁人形チョコと、白い藁人形チョコが一つずつ入っていた。

黒がいい? 白がいい?

 冴子は、私の藁人形の首に太い針を刺した。
 喉に杭が刺され固定されたような感覚だった。
 唇も…動かない。しゃべれない。
「あの日も、真崎くんをこんな風に動けなくしたっけ。そして私の愛のチョコを贈ったの」
 冴子は私の口を開けると、藁人形のチョコの頭を折った。
ホワイトデーも近いし、あなたには白いチョコをあげるわ。はい、あーん
 ――嫌だ。
 目をぎゅっとつむったその時。
「そこまでだ!」
 冴子の手から藁人形がぬきとられる。
 人形に刺された針がすべて抜かれると、途端に痛みが引いて、身体の自由がきいた。
 私は冴子を突き飛ばし、距離を取った。
「怪我ないかい?」
「この声は……蘆屋所長!?」
 誰かが私の前に立つ。だが暗くて見えない。
 すると気を利かせた夜風が空の雲をはらい、彼を月光で照らした。

クマ…」

 そこにいたのは、かわいいクマのかぶりもので顔を隠した、謎の人間でした。
「遅くなったね、旭くん」
「所長。その……クマのかぶりものは?」
「髪の毛を取られないためのヘルメットだよ。一本でも取られたら呪われるからね」
「ちょっ、僕のはないんですか!? 所長だけそんなの用意して、ずるい!」
るるせさん!」
 蘆屋所長のとなりに、成瀬川るるせさんが現れた。
 二人の登場に、冴子は憤怒の表情で噛み合わせた歯をぎりっと鳴らした。

「この妖気…。おまえ…人ではないな。正体を現せ!」

 蘆屋所長が一枚のお札を、冴子へ飛ばす。
 お札が触れると、彼女は甲高い悲鳴を上げた。
 冴子の両腕はたちまち翡翠色の翼に、両足は鷲のようになり、鋭い爪も現れた。鉤のような銅色のが大きく開かれる。
 二メートル大の化け物だ。ぎょろりとした黒い目が、所長を恨めしげに捉える。

「その姿……(ちん)だな」

(ちん)?」
 それがこの化け物の名なのか。私は小首を傾けた。
「毒蛇を食べ、体内に毒を有する鳥だ。羽すら毒となる。(ちん)が飛ぶと作物が枯れるという」
「その(ちん)がどうして、こんなところに…。人に化けたりなんか…。わっ!?」
 化け物が両翼を動かすと、教室に突風が吹き荒れ、鴆の毒羽が教室中に舞う。
 蘆屋所長の足下に五芒星の紋様が現れ、半球状の透明な膜が私たちを囲った。
 結界に守られている限り、鴆の起こす突風も毒羽もよけることができた。
 鴆は怒り狂い、その鉤爪で所長の結界を裂こうとするが、びくともしない。
 敵わないと観念したのか、大きく広げたその翼が弱々しく垂れた。
人を好きになって、何が悪い…」
 鴆の目に、とんぼ玉のような虹色の涙が浮かぶ。

私が空を飛ぶと田畑を枯らす。羽の毒が人を殺める…」

 (ちん)の声は小さくなる。
「人の姿を借りても、人を殺してしまった」
「子細は知れぬが、罪はあがなわねば」
 所長が、再び呪文を唱えようとしたその時だった。
「畜生!」
 (ちん)は一声鳴くと、窓を割って空の彼方へ飛び去ってしまった。
 月光降り注ぐ教室に、ガラスの雨が降る。
 所長の結界のおかげで、私たちは傷つかずに済んだが。

「逃げてしまいましたね…。所長、陰陽道の術で空は飛べないんですか?」
「心はアレを追って空を駆けているんだがね」

 所長は「飛べない」も洒落た言い回しをする。
 犯人が逃げたのはもちろんのこと、大きな問題が残った。

「学校から一人の教師が消え、その正体は化け物で、歪んだ愛ゆえに真崎くんを殺した犯人だと、どこの誰にどう説明したらいいでしょうか」

 さらにこの教室は爆弾でも放り込まれたような有様だ。
 私はなんとなく、隣のるるせさんを見た。
「どうしようか」
 るるせさんは所長をじっと見た。
「二人とも。僕に丸投げなのかい?」
 ――では所長、あとは頼みました。
「あら?」
 黒と白の藁人形チョコが落ちていた。腕が折れたり頭がなかったり崩れているが。

ここに黒と白。2種類の藁人形チョコがあります

 右手に黒の毒チョコ、左手に白の毒チョコを持ち、二人へ振り向く。
「あなたが落としたのは黒い藁人形チョコ? 白い藁人形チョコ? さぁ、ギブミーチョコレートと言ってごらんない」
「僕もチョコならいくらでもあげるよ。ちゅどーん」
 るるせさんは爆弾チョコの作り手として、その世界で名を馳せている。
「一体なんの話だい?」
「るるせさんの『抹茶ラテの作法と実践』の話でして。今ここにお茶はありませんが…」
 茶道具があれば助けに来てくれた二人にお茶を点てたいところだ。
「茶菓子にチョコレートでもどうです? 犯人が残したこのホワイトチョコとか」
「僕の爆弾チョコもどうです、所長?」
「いや。どっちも遠慮するよ」
「そう言わず、一口。さぁ」
「さぁ。ちゅどーんと1発」
「旭くんも、るるせくんも僕を殺す気らしい。…それより、みんなでなにか食べにいかないかい?」
「私、たこ焼きが食べたいです。他の皆さんも誘いましょう!」
「さんせー! ところで所長。そのかぶりもの、いい加減とらないんですか?」
 るるせさんが、頭の「クマ」のかぶりものを指差す。
「しばらくかぶっておくことにするよ。せっかくつくったしね」
「そんなかぶりもので街を歩いて、職務質問されても知りませんからね」
「その時は応じるだけさ」
「いいんですか。所長のプレイバシーがいろいろばれますよ?」
「ほほう。どんな秘密ですか?」
 私は、るるせさんと所長を交互に見た。
「仕方ないな…」
 所長がようやくクマのかぶり物をとる。
 夜風になびく髪を、所長は陶器のように白い指先でかきあげる。
 思わず見とれていると、所長は口元ににほんのり微笑みをたたえ私へ向いた。
「旭くん。ご苦労様。ありがとう」
「私こそお礼を申さなくては。所長、るるせさん。助けにきてくださってありがとうございます」
 二人がいなくては事件を解決できなかった。
 やっぱり私は新入りで、探偵としてはまだまだだ。
「旭くんが頑張ったからだよ」
「そうさ」
「えへへ、そう言われると照れます」
 少しでも二人の役に立てたのなら嬉しいや。

 ぐ~。

 間抜けな腹の音が、静まり返った教室に響く。
 なんで! 今! 鳴るのよ! 私のお腹!
「お腹空いたね。道頓堀くくるってお店のタコ焼き屋に行こうか、旭さん」
「関西のタコ焼きはもちもちしてて美味しいんだよ、旭くん。みんなで食べに行こう」
 るるせさんと蘆屋所長オススメのタコ焼き屋さん。行ってみたい!

「今日はタコ焼きパーティーだ! わーい!!」

 頑張った自分にご褒美をあげよう。美味しいお酒も飲みたいなぁ。


(了)
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登場人物紹介

【アシェラ/蘆屋都々(あしやとと)】

電子文芸部を発足した人。推理しない探偵事務所所長。

NOVEL DAYS内にて『天使と悪魔の聖書漫談』を連載。

Twitterで気になる人にクソリプを送りまくる性癖あり。

来るもの拒まず、去るのは寂しい、ただのオタク。

【成瀬川るるせ】

眠ることが大好き。宵越しの金は持たない主義でありたい、ただのアブノーマル男子。

NOVEL DAYSで『死神はいつも嘘を吐く』、『【抹茶ラテの作法と実践(The Book of Matcha Ratte)】』シリーズなどを掲載している。

NOVEL DAYSの個人ページはこちら

【そばえ】

カクヨムで連載小説を書きつつ、バーチャルとリアルを行き来している不器用なのにあちこち手をつける多趣味な人間。

妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記』(玖山 戯)

【姫宮未調】

作中は所長により、所長助手のJKの肩書きを持つ仔犬系女子。

実際は年齢不詳女性。自称人間になりたい豆柴。

カクヨムをメインに風呂敷を広げ、ジャンル問わず50作品以上書いている。

時違えども君を想ふ』はエブリスタの妄想コンテストの優秀作品の末端に入れた唯一作品。

それ以外はマイナー街道をひた走り、マイナー受けしかしないものばかり書いてしまう残念系中性女子。

【旭山リサ(あさひやま・りさ)】

おしゃれなパスタより、チャーシュー大盛り豚骨ラーメン大好き女子。

作者ページは、こちら

【おきらく】

しがない物かき。Twitterではうるさかったけど、最近は比較的うるさくない。現在、過去作を掲載中。アイコンは自創作キャラのハジメです。

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