『藁人形チョコ事件 ―前編―』(短編小説/旭山リサ著)
文字数 3,213文字
2019年2月14日。
都立鹿羽根 高校で事件は起こった。
2年2組の教室で、男子生徒の遺体が発見されたのだ。
生徒の名は、真崎 奏 。
遺体のそばには食べかけのチョコレートがあった。
現場に残されたチョコレートと彼の体内から、毒物が検出された。
「私がその事件の調査を?」
私、旭山 リサは、蘆屋所長に呼び出され急ぎ探偵事務所へ赴いた。
事件の調査を、警察が蘆屋 探偵事務所に依頼したのだ。
「これが現場で見つかったチョコレートの写真だ」
所長はワイングラスを揺らしながら、一枚の写真を差し出す。
なんと藁人形のチョコレート!
「警察はチョコレートの贈り主を探していたが、名前も無く、捜査が難航している。そこで旭くんには事件のあった高校に潜入し捜査をして欲しい。スクールカウンセラーとして」
「なるほど、それで私を呼んだんですね」
カウンセリングという立場なら調査もしやすい。
私は、所長から渡された写真を見る。
「被害者はこのチョコを本当に食べたのでしょうか? 藁人形のチョコなんて気持ち悪くて普通食べようと思わないでしょう? 手作りチョコですら敬遠する男子もいるのに」
「そうなのかい? 普通の形のチョコでも?」
「手作りチョコでお腹を下す人もいるとかで。何が入っているか分からないから気持ち悪いと感じる人も多いそうですよ」
気持ち悪い。私はこの言葉が苦手だ。
+ + +
私の一番苦手な日本語は「キモイ」だ。
最近の「キモイ」を連発する人たちへ一言。――あなたもキモイ。
「真崎くん、まじキモくて…」
その女子高生は話しながら唇を噛んだ。
「死ぬとかマジ、キモイんだけど」
――故人に対してそういう言葉を使うべきでは…と言いたいところだが。
「ほんと、意味分かんない」
なんと彼女は泣き出してしまった。
彼女の名は、柏木 美和子 。
潜入捜査で私がこの学校にきてはじめて、相談室を訪れた生徒だ。
真崎くんが亡くなってから不登校が続き、たまに来てもすぐに体調不良で早退するという。
「真崎ってほんと、バカで、ドジで、根暗キモくて。藁人形チョコを食べて死ぬとか、死に方までキモすぎ…」
キモイキモイと繰り返しながら大泣きする美和子さん。
私は自分の椅子を彼女のとなりに引いた。ぽん…ぽん…と背中に触れる。さすらずに背中に少し手をのせ、数秒離し、またのせる。興奮している人をなだめる時に効果的なボディタッチだ。
「なんで食べるのよ。キモイよ藁人形。あいつ義理堅いところあったから、どんなチョコでも食べなきゃって思ったのかなぁ」
「そうなの? 真崎くんのこと私は知らないのだけど…。どんな子だったか聞かせてくれる?」
「本の好きなヤツだったよ。キモイくらい本が好きだった」
美和子さんはそう言うと、深く俯いた。
「あのね、センセー。ここだけの話。誰にも言わないで」
「言わないわ」
「私…アイツと仲良かったわけじゃないよ。何度もアイツに意地悪言ったの。だって気があるそぶりしたらキモイじゃん。私、顔に出やすいし。つまり……分かる?」
美和子さんは顔を赤くした。
「アイツにバカって言ったし、意地悪も言った。そのこと…すごく後悔してる」
この子は恋心に素直になれなかったのだ。
「気持ち悪い…。頭が痛い…。横になりたい」
美和子さんをすぐに保健室へ連れて行った。
+ + +
「私の責任です…」
真崎くんのクラス担任は生気のない表情だ。
「そう、ご自分を責めず…」
彼女の名は、牛島 冴子 。生徒よりも頻繁に相談室を訪れる。真崎くんの事件以来、心身ともに憔悴しきっていた。
「誰があのチョコを贈ったんでしょう…。うちのクラスには、あんな呪いのチョコを贈るような生徒はいないと信じたいのですが…」
冴子先生は両手で顔を覆い、また泣き出してしまった。
最近、ティッシュの減りが早い。あと一個しかないや。家から持ってこようかしら。
+ + +
翌日のお昼のこと。
「あの~、旭先生、います?」
相談室に顔を出した少女。彼女の名は、小宮 彩芽 という。
「美和子が先生に話したって聞いたから…。私も相談いいですか?」
柏木美和子さんの友達のようだ。「どうぞ」と席へ促した。
「私、美和子が呪われていると思う」
彩芽さんは真剣そのものだ。
「死んだ真崎くんが取り憑いているよ。死んだ真崎くんも呪われていたんだ、きっと。呪いって連鎖するんでしょ?」
「ええと…。呪いについては私も詳しくないけれど。どうしてあなたは真崎くんや美和子さんが呪われているって思うの?」
「死んだ真崎くん、授業中にしょっちゅう体調を崩して早退していたの。胸が痛い、頭が痛い、足が痛いって。でも本人に持病はないんだって。美和子が心配してた。でも美和子…口が悪いからさ、真崎くんにこう言っちゃったんだよ。あんた絶対呪われてるよ! って。そしたら本当に真崎くん、変なチョコ贈られて死んじゃった」
彩芽さんはぶるっと震え肌をさする。
「そしたら今度は美和子が、死ぬ前の真崎くんみたいに身体を壊しちゃった。すごく心配」
「あなたは友達思いなのね、彩芽さん」
「ううん…。自分も怖いからだよ。こんなの本当の優しさなんかじゃない。私も最近おかしいの。友達とおしゃべりしていたらトンカチでなぐられたような頭痛がしたりさ。いたっ。嗚呼、まただ…」
彩芽さんは「痛い、痛い」と頭を抱えた。
「保健室で休みましょう」
私は彼女を保健室のベッドに寝かせた。
「彩芽さん。一つだけ訊いてもいい?」
「ん、なに?」
「真崎くんの体調が不安定になったのはいつ?」
「二年生になってからだよ。私、一年の時も真崎くんと同じクラスだったけど、彼ほとんど休んだことなかったよ。根暗だけど健康だった」
「進級してから、体調不良が続いたのね」
「うん。うちのクラス、きっと呪われているんだ。地縛霊がいるのかも。だって怪我したり早退したりする人多いもん」
体調を崩したのは、真崎くん、美和子さん、彩芽さんだけじゃない。
これはもしかしたら…
+ + +
カウンセリングでつかんだ情報を、蘆屋所長に話した。
現段階では話してくれた生徒の名前は伏せた。
カウンセラーには守秘義務があるからだ。
「そのクラスでは体調不良や怪我する人間が多い、か。死んだ真崎くんは二年になってから身体を壊した、と」
電話口で所長は「それで?」と話の続きを促した。
「呪われていると怖がる生徒もいるんです」
「呪術かもしれませんね、所長」
電話の向こうから、成瀬川るるせさんの声が聞こえた。るるせさんは、所長とは古い付き合いという。今まで二人は数々の難事件を解決に導いてきたそうだ。
彼らの武勇伝は聞いたが、私は新入りなので知らないことの方が多い。
「もしもの時にはお祓いを頼めますか。所長の陰陽道で」
「任せてくれ」
「ありがとうございます、心強いです」
「旭さん。もしかすると類感呪術や感染呪術の類いかもしれない」
るるせさんが、電話を変わる。
「教室のどこかに呪詛が施されているかもしれない。一度探してみて」
「分かりました。今夜でも探してみます」
誰もいなくなったら、こっそりと教室を調べてみよう。
都立
2年2組の教室で、男子生徒の遺体が発見されたのだ。
生徒の名は、
遺体のそばには食べかけのチョコレートがあった。
現場に残されたチョコレートと彼の体内から、毒物が検出された。
「私がその事件の調査を?」
私、
事件の調査を、警察が
「これが現場で見つかったチョコレートの写真だ」
所長はワイングラスを揺らしながら、一枚の写真を差し出す。
なんと藁人形のチョコレート!
「警察はチョコレートの贈り主を探していたが、名前も無く、捜査が難航している。そこで旭くんには事件のあった高校に潜入し捜査をして欲しい。スクールカウンセラーとして」
「なるほど、それで私を呼んだんですね」
カウンセリングという立場なら調査もしやすい。
私は、所長から渡された写真を見る。
「被害者はこのチョコを本当に食べたのでしょうか? 藁人形のチョコなんて気持ち悪くて普通食べようと思わないでしょう? 手作りチョコですら敬遠する男子もいるのに」
「そうなのかい? 普通の形のチョコでも?」
「手作りチョコでお腹を下す人もいるとかで。何が入っているか分からないから気持ち悪いと感じる人も多いそうですよ」
気持ち悪い。私はこの言葉が苦手だ。
+ + +
私の一番苦手な日本語は「キモイ」だ。
最近の「キモイ」を連発する人たちへ一言。――あなたもキモイ。
「真崎くん、まじキモくて…」
その女子高生は話しながら唇を噛んだ。
「死ぬとかマジ、キモイんだけど」
――故人に対してそういう言葉を使うべきでは…と言いたいところだが。
「ほんと、意味分かんない」
なんと彼女は泣き出してしまった。
彼女の名は、
潜入捜査で私がこの学校にきてはじめて、相談室を訪れた生徒だ。
真崎くんが亡くなってから不登校が続き、たまに来てもすぐに体調不良で早退するという。
「真崎ってほんと、バカで、ドジで、根暗キモくて。藁人形チョコを食べて死ぬとか、死に方までキモすぎ…」
キモイキモイと繰り返しながら大泣きする美和子さん。
私は自分の椅子を彼女のとなりに引いた。ぽん…ぽん…と背中に触れる。さすらずに背中に少し手をのせ、数秒離し、またのせる。興奮している人をなだめる時に効果的なボディタッチだ。
「なんで食べるのよ。キモイよ藁人形。あいつ義理堅いところあったから、どんなチョコでも食べなきゃって思ったのかなぁ」
「そうなの? 真崎くんのこと私は知らないのだけど…。どんな子だったか聞かせてくれる?」
「本の好きなヤツだったよ。キモイくらい本が好きだった」
美和子さんはそう言うと、深く俯いた。
「あのね、センセー。ここだけの話。誰にも言わないで」
「言わないわ」
「私…アイツと仲良かったわけじゃないよ。何度もアイツに意地悪言ったの。だって気があるそぶりしたらキモイじゃん。私、顔に出やすいし。つまり……分かる?」
美和子さんは顔を赤くした。
「アイツにバカって言ったし、意地悪も言った。そのこと…すごく後悔してる」
この子は恋心に素直になれなかったのだ。
「気持ち悪い…。頭が痛い…。横になりたい」
美和子さんをすぐに保健室へ連れて行った。
+ + +
「私の責任です…」
真崎くんのクラス担任は生気のない表情だ。
「そう、ご自分を責めず…」
彼女の名は、
「誰があのチョコを贈ったんでしょう…。うちのクラスには、あんな呪いのチョコを贈るような生徒はいないと信じたいのですが…」
冴子先生は両手で顔を覆い、また泣き出してしまった。
最近、ティッシュの減りが早い。あと一個しかないや。家から持ってこようかしら。
+ + +
翌日のお昼のこと。
「あの~、旭先生、います?」
相談室に顔を出した少女。彼女の名は、
「美和子が先生に話したって聞いたから…。私も相談いいですか?」
柏木美和子さんの友達のようだ。「どうぞ」と席へ促した。
「私、美和子が呪われていると思う」
彩芽さんは真剣そのものだ。
「死んだ真崎くんが取り憑いているよ。死んだ真崎くんも呪われていたんだ、きっと。呪いって連鎖するんでしょ?」
「ええと…。呪いについては私も詳しくないけれど。どうしてあなたは真崎くんや美和子さんが呪われているって思うの?」
「死んだ真崎くん、授業中にしょっちゅう体調を崩して早退していたの。胸が痛い、頭が痛い、足が痛いって。でも本人に持病はないんだって。美和子が心配してた。でも美和子…口が悪いからさ、真崎くんにこう言っちゃったんだよ。あんた絶対呪われてるよ! って。そしたら本当に真崎くん、変なチョコ贈られて死んじゃった」
彩芽さんはぶるっと震え肌をさする。
「そしたら今度は美和子が、死ぬ前の真崎くんみたいに身体を壊しちゃった。すごく心配」
「あなたは友達思いなのね、彩芽さん」
「ううん…。自分も怖いからだよ。こんなの本当の優しさなんかじゃない。私も最近おかしいの。友達とおしゃべりしていたらトンカチでなぐられたような頭痛がしたりさ。いたっ。嗚呼、まただ…」
彩芽さんは「痛い、痛い」と頭を抱えた。
「保健室で休みましょう」
私は彼女を保健室のベッドに寝かせた。
「彩芽さん。一つだけ訊いてもいい?」
「ん、なに?」
「真崎くんの体調が不安定になったのはいつ?」
「二年生になってからだよ。私、一年の時も真崎くんと同じクラスだったけど、彼ほとんど休んだことなかったよ。根暗だけど健康だった」
「進級してから、体調不良が続いたのね」
「うん。うちのクラス、きっと呪われているんだ。地縛霊がいるのかも。だって怪我したり早退したりする人多いもん」
体調を崩したのは、真崎くん、美和子さん、彩芽さんだけじゃない。
これはもしかしたら…
+ + +
カウンセリングでつかんだ情報を、蘆屋所長に話した。
現段階では話してくれた生徒の名前は伏せた。
カウンセラーには守秘義務があるからだ。
「そのクラスでは体調不良や怪我する人間が多い、か。死んだ真崎くんは二年になってから身体を壊した、と」
電話口で所長は「それで?」と話の続きを促した。
「呪われていると怖がる生徒もいるんです」
「呪術かもしれませんね、所長」
電話の向こうから、成瀬川るるせさんの声が聞こえた。るるせさんは、所長とは古い付き合いという。今まで二人は数々の難事件を解決に導いてきたそうだ。
彼らの武勇伝は聞いたが、私は新入りなので知らないことの方が多い。
「もしもの時にはお祓いを頼めますか。所長の陰陽道で」
「任せてくれ」
「ありがとうございます、心強いです」
「旭さん。もしかすると類感呪術や感染呪術の類いかもしれない」
るるせさんが、電話を変わる。
「教室のどこかに呪詛が施されているかもしれない。一度探してみて」
「分かりました。今夜でも探してみます」
誰もいなくなったら、こっそりと教室を調べてみよう。