第19話 懲罰

文字数 8,356文字

翌朝。ロレンツォは、フロントに飾られたボッティチェリの三枚の絵の一つ、反逆者達の懲罰に見入っていた。
見たくて、見ていたわけではない。それは駐車場にSUVがないから。
ニコーラは、昨夜、戻ってこなかったのである。
そうは言っても、出発の時間までに帰ってくることを信じたロレンツォは、食べ物の匂いの少ないフロントを、ニコーラを待つ場所に選んだ。
反逆者達の懲罰に描かれているイベントは三つ。
右側に、モーセに石を投げようとする反逆者達の前に立ちはだかるキリスト。
中央に、反逆者のリーダーであるコラを追い出すモーセとアーロン。
左側に、裂けた大地に落ちていく反逆者達。
ジャスミンは説明しなかったが、この絵の中にもキリストはいた。
モーセを庇い、反逆者達と競り合う彼が、ジャスミンには反逆者の一人に見えたのである。

その時間が十分に長くなると、ロレンツォはニコーラに電話をかけた。
急かしてもいい時間。
ロレンツォは、リアの声がしないことを祈りながら待ったが、無駄な心配だった。
ニコーラは、電話に出なかったのである。
彼に限って言えば、これは非常事態。
ロレンツォは、迷わず管理官に連絡を入れた。管理官が電話に出るのは早い。
「管理官。ニコーラと連絡がとれません。おそらく、村の住人の一人も一緒です。」
管理官は決断も早い。
「了解。SWATを送る。今、どこだ。」

一方の森の中の村も、朝から蜂の巣をつついた様な騒ぎになっていた。
リアがいないのである。
アルパインの乳を搾りにこない事を不審に思ったサマンサがテントを開き、彼女の行方を気にかけた。
始まりは静かだった。
しかし、サマンサに相談されたエリヤとクロエが、彼女の名を呼びながら、テントを探し始めると、皆のざわめきは次第に大きな波へと変わっていった。
アイザックの下品なジョークが聞こえなくなるぐらいの声。
やがて、森に探しに入った一人の男が、保安官補の一人を標的に選んだ。
「おまえら、リアを知らないか!」
保安官補は、自分の職務に忠実である。
「森は立ち入り禁止です。」
「知るか!リアがいなくなったんだ!」
「いつから。」
「昨日から見てない!」
「大人が一晩留守にしたぐらいで。」
「お前らとは違うんだ!」
「まあ、まずは様子を見ましょう。私達には、そこまで皆さんの生活に介入する権利はありません。」
男の苛立ちは、目に見えて大きくなっていく。
「何かあったら、どうするんだ!」
「それは私に聞かれても。」
「だいたい、お前ら何してるんだ!」
「森を見張ってます。」
「何のために!」
「安全のために。」
「村は安全じゃない!この間、ギャングが来た時も、お前らは何もしなかった!」
「知らない車が来たぐらいでは、持ち場は離れられません。」
「違う!面倒が嫌なだけなんだ!」
男は、とうとう指先で、保安官補を突いた。
後ずさりした保安官補との間を詰めた男は、更にもう一度、突いた。
その先に、何があるとも思っていない。二十四時間、周囲を囲まれていた住人の苛立ちは、極限に達しているということ。
一方の保安官補は、指で突かれながら、マニュアルを思い出していた。
男の背後には、怒鳴り声に誘われて集まってきた住人の影が、増えつつある。
彼らが妙な空気に飲まれる前に、流れを変えなければならない。
保安官補は、無線を手にした。
「七番から保安官補。住人が暴動を起こした。救援を頼む。コピー。」
その説明には、住人達にとって、余りに大きい過ちがあった。
暴動など起きていない。
訂正を求めて詰め寄ったのは、男一人ではなかった。
数人が保安官補に詰めると、人に押された誰かの腹が保安官補を押した。
多勢に無勢。保安官補は後ずさりする他ない。
束の間の力比べは、木の根に足をとられた保安官補が倒れ、住人達が総崩れすることで決着した。保安官補は下敷きである。
住人が集まるのを遠目に見ていたダビデは、数人の保安官補が走るのを見ると後を追った。
保安官が救援を呼ぶ様な事を、誰かが仕出かしたのである。
不安が彼を突き動かす。
ダビデが人の山に辿り着いたのは保安官補達とほぼ同時。
ダビデと保安官補は、互いの仲間の介抱を始めた。
口を開いたのは保安官補。
「公務執行妨害は確実だからな!」
奥歯をかみしめたダビデは、何も答えずに仲間の体を気遣った。
いつの間にか駆け付けたアイザックの笑い声が響く中、しかし、もう一つの非常事態がダビデを襲った。
パトカーのサイレンである。
ロレンツォ達は、これまでサイレンを鳴らすことはなかった。
確かに何かが起きているということ。
顔を上げたダビデは、森の西を睨んだ。
見慣れたパトカーの後ろに、ブラックの鉄の塊が四つ。SWATのベアキャットである。
住人達が感じたのは恐怖。保安官補に詰め寄りはしたが、こうも早く、これだけの重装備が揃うのは普通ではない。
物々しい空気は、村の空気を更なる緊張へと高め、すべての住人を黙らせた。
パトカーから勢いよく降りたのはロレンツォ。
彼が走る先は、ダビデの元。
当然、ダビデも歩み寄る。
間もなく対峙し、先に口を開いたのはロレンツォ。
「誘拐ごっこは自分達だけでやれ。」
ダビデの答えは早い。
「人を疑うのもいい加減にしろ。」
「ニコーラはどこにいる。」
「リアはどこだ。」
ロレンツォの言葉が一瞬止まると、ダビデは不意に昨日の事件を思い出した。
「昨日、グザヴィエと言う男がここに来た。」
ロレンツォの表情が変わると、ダビデは言葉を続けた。
「そのぐらいしか思いつかない。頼む。リアを助けてくれ。」
沈黙を選ぶロレンツォの隣りにかけつけたのはオリバーとマシュー。
ロレンツォは、二人を振返ると、次の行先を告げた。
「グザヴィエの所だ。急ごう。」

丘の東の街E。
グザヴィエ達のたまり場の前に、十台の改造車が二列に分かれ、綺麗に並んだ。
ステレオが轟かせるのはデス・メタル。
車から降りたのは、一人残らず顔面に刺青を入れたスクワドである。
スクワドは、車の列の間に陣取ると、ショットガンを構えた。銃口の先はたまり場。
スクワドは、移民としてA国に入り込んだ元軍人の集まりである。
真面目に職に就いた他の移民達とは違い、彼らは同情して不法に移民を雇った店を回り、用心棒代を求めて暮らしている。
移民達が働く場を変えれば変える程、彼らの縄張りは広がっていく。ぼろい商売である。
手に入れた金で買うのは改造車と銃。暴力だけが、彼らの力なのである。
戦闘のプロであるスクワドは用心深くもある。
たまり場から一人も逃がさないために、二人が離れると裏口へ走った。
背後を突かれないために、一人が銃口を向けたのはたまり場とは逆方向。
フォーメーションが整うと、動きは嘘の様に止まった。
何を要求する訳でもなく、ただ待つ。
口に出さなくても、大音量のデス・メタルの歌詞が、彼らがこれから起こす全てを語っている。
グザヴィエがダビデの村でやった方法に近い。彼らは演出にこだわるのである。

異常を察した街の住人達は、一目散にバラックに駆け込んだ。
グザヴィエ達がいる限り、物騒な事が起きるのは心得ている彼らだが、これは尋常ではない。
少ない家具の裏で身を縮めた住人達は、不意に訪れた命の危機に、腹の底から震えた。

その時、たまり場にいたのは、アイヴァー以外にギャング仲間の男三人とチッピーの女が一人。
アイヴァーは、窓越しに外を見ると、携帯電話でグザヴィエに連絡を入れた。
グザヴィエが電話に出たのは、アイヴァーがその死を疑った頃。
「何だ。」
グザヴィエは眠そうな声を聞かせた。この騒ぎの中で、彼は熟睡していたのである。
「スクワドが来たわ。皆の家の前。燻されそう。どうする?」
「ああ?ああ。マテオ達を集める。すぐに行くから待て。」
グザヴィエは、シャツのボタンを閉じながら、扉を少しだけ開けた。
たまり場の前は戦場さながらの光景。映画でよく見る、あれである。
一人だけこちらに銃を構える男を見たグザヴィエは、彼らの顔の刺青の目的を知った。
自分を狙うショットガンと重なる刺青。引き金を引くのに、決して躊躇う様には見えない。
微笑んだグザヴィエが電話を掛けた先はマテオ。
「俺だ。」
「俺も今かけようと思ってた。どうする。」
「数は集めないとな。一緒に動くんだ。頼めるか。」
「任せろ。」
間もなく、グザヴィエの携帯電話が小さな音を鳴らした。
マテオがラインを流したのである。
マテオの動きは早く頼もしいが、メッセージは激しい。
“今から皆の家の前のスクワドに奇襲をかける。グザヴィエが家を出たら続け。”
小さく笑ったグザヴィエは、慣れないメッセージを入れた。
“話し合うだけ。皆で行こう。”
攻撃をすれば、絶対に死人が出る。いつ死んでもいい様な奴ばかりだが、今日がその日とは思えないのである。
来れるのは十一人。意味の理解できない者は、街の外にいるということ。
グザヴィエは、スターム・ルガーLC9を手に取ると、通りに出た。
ショーの始まりである。

グザヴィエが一人で通りに姿を現すと、スクワドは一斉に向きを変え、銃を構え直した。
金属音と共に、刺青を入れた顔が揃う。
壮観である。グザヴィエは、怯えなかった自分を、心の中で誉めた。
イカれたスクワドは、自分を殺す前に芝居じみたセリフを吐くに決まっている。
急には殺さない。
それが、グザヴィエが歩き続けられる理由である。
グザヴィエの姿が見えると、マテオ達もバラックから姿を現し、静かにグザヴィエの後に続いた。
たまり場はそれ程遠くはない。
窓から様子を窺っていたアイヴァー達も、グザヴィエが近付くと、銃を手にテラスに出た。
それでも、数と武器はスクワドが圧倒的に有利。
スクワドの何人かは振り返り、アイヴァー達にも銃口を向けた。
声を上げたのは、笑顔のグザヴィエ。
「こんな真昼間に、そんなもん持って、人の街に来て!戦争でもするのか!」
響き渡るデス・メタルの中でも通る大きな声。
こんな状況でも声はかすれない。アイヴァーは、自分の選んだ男のタフさに微笑んだ。
笑顔のグザヴィエにスクワドが戸惑うと、グザヴィエは言葉を続けた。
「おい!人が話してるんだ!何か言えよ!目的は何だ!」
怒鳴り返したのは、ワシの刺青をした男。
「誰でもいい!四人出せ!それで、なかったことにする!選ぶのはお前だ!お前の仲間はそれを見る!」
グザヴィエは笑った。殺したスクワドのトップと同じ数。
彼らを殺したのはグザヴィエ達なので、彼ら以外を選べば、いつかは仲間に寝首をかかれる。
待っているのは確実な死である。
答えの浮かばないグザヴィエは、しらを切ってみる事にした。
「念のために聞く!俺がお前らに四人渡したら、その四人はどうなる!」
ワシの男の答えは早い。
「仲間の墓が空だ!代わりに入れる!」
首を傾げたグザヴィエは、少しの沈黙の後、口を開いた。
「入ったら、出してくれるんだろうな!」
返事はない。
ワシの男は、マーベリックM88を構え、スクワドは、一斉にグザヴィエに照準を合わせた。
手詰まりである。
スクワドが求めているのは、グザヴィエが選ぶ、殺していい四人。
すぐに答えの出る問題ではない。
時間が過ぎるのを教えるのは、デス・メタルだけ。
皆の動きが止まってから二曲目のサビが始まった時、しかし、アイヴァーが大きな声を出した。
「見て!」
アイヴァーの視線の先は、グザヴィエの遥か後ろ。
ほぼ同時に、スクワドの視線も変わると、グザヴィエはゆっくりと後ろを振り返った。
彼らが目にしたのは、ロレンツォとオリバー、マシューの乗るパトカー。
それに、SWATを乗せたベアキャットである。
舗装のない通りを、大量の砂埃を撒きながら近寄ってくる装甲車。
ヒーローの登場である。

スクワドは、銃の照準を遠くにずらした。標的は、SWATに変わったのである。
グザヴィエは小さく笑った。
「おい、SWATだ!黙って、ドライブに行こう!今なら、写真を撮ったら終わりだ!」
スクワド達は反応しない。答える義理はないのかもしれないが、巻き添えは御免である。
喋るのはグザヴィエただ一人。
「お前ら、気は確かか!あいつらと撃ち合うなんて聞いたことないぞ!」
スクワドとグザヴィエには、決定的な違いがある。
スクワドは、ボスの仇を討つために、今日を最期の日と誓って集まったが、グザヴィエはいつもと変わらない寝起きなのである。
間もなく、パトカーとベアキャットの徐行は終わり、レミントンM870を握るSWATが、装甲車を盾にして綺麗に並んだ。日々の訓練は、決して無駄ではない。
ロレンツォも、アイソセレス・スタンスでシグ・ザウエルP220を構えると、声を張った。
「グザヴィエ!ニコーラとリアはどこだ!」
その瞬間、目を瞑り、天を仰いだグザヴィエは、小さく笑った。
俯き、顔を横に振り、大きな溜息をついてみる。
やがて、顔を上げたグザヴィエは、マテオに向かって、小声で囁いた。
「逃げるぞ。」
伝言ゲームが行きわたるのを確認すると、グザヴィエはスクワドを睨んだ。
彼らの銃の先は、すべてSWAT。生き残るためには正解かもしれない。
グザヴィエは、スターム・ルガーLC9を不意に構えると引き金を引いた。
彼が適当に放った弾丸が当たったのはスクワドの一人の肩。
グザヴィエ達は、それを合図に左右に分かれた。
賽は投げられたのである。
スクワドは、グザヴィエ達を追って、ショットガンを放ち、その背の装甲車にも流れ弾を見舞った。
臨戦態勢のSWATのターゲットは、グザヴィエ達でも、スクワドでもない。
武器を使う者全て。
SWATは、滅多に使わないので有名な弾丸を、銃を撃ち続けるスクワドに向かって、惜しむことなく放った。
ロレンツォ、オリバー、マシューの三人も続く。
身を隠していない者は、当然、逃げられない。
衝撃と痛みが、銃弾を身に受けるスクワドを踊らせる。
鉛の弾が突き刺さる先は人間だけではない。彼らが愛する、ゴールドやパープルの車体も蜂の巣へと変わっていく。
戦闘集団であるスクワドは、それでも銃口をSWATに戻すと、躊躇うことなく引き金を引いた。
白昼堂々の銃撃戦である。

一方のグザヴィエは、バラックの間に身を隠すと、成り行きを見守った。
隣りにはマテオと何人か。向かいのバラックに隠れた者も無事。奇跡である。
あまりに上手くことが運んだせいで、グザヴィエとマテオは声を上げて笑った。
「ガッツだ、SWAT!」
笑顔のグザヴィエが声をかけると、スクワドの一人が、グザヴィエに向かって銃弾を放った。間に合う筈がないが、一応、身をかわしてみる。
弾は遠く離れた壁に着弾し、グザヴィエとマテオは苦笑した。
笑いに襲われたのは、SWATの発砲が始まった瞬間、たまり場に逃げ込んだアイヴァー達も同じ。
窓を覗けば、さっきまで派手に威嚇していた男達の殆どが倒れている。
車に身を隠す時間が増え、応戦のペースは確実に遅くなっていく。
SWATの勝利は近い。
アイヴァーは、改めてグザヴィエの事を思った。
グザヴィエはクレバー。警官の前で発砲したのだから逮捕は避けられないが、皆が生き残るために、ベストの選択だった。
アイヴァーは、暫しの別れを前に、グザヴィエを誉める言葉を探した。

やがて、最後まで銃を構えていた三人のスクワドが、両手を空高く挙げた。
口を開いたのはアイヴァー。
「終わったわ。」
部屋の中には、アイヴァーを含めて、女二人に男三人。五人全員が無事である。
たまり場の中に張り詰めていた緊張は、一気に解けた。
銃に安全装置をかけ、パンツやホルダー、ポーチに戻す。
全ては終わった。その筈である。

裏口の扉が開き、顔面に刺青をした二人組が部屋に乗込んで来たのはその時。
最初に裏口に回った男達は、自らに課された役目を果たすために、表の惨劇に耐え、ずっと機会を探っていたのである。
二人は、部屋の中を見渡すと、アイヴァーに向かって揃って発砲した。
弾丸は、アイヴァーの小さいホワイトのドレスを裂き、肩と腹の皮を破り、血を散らした。
スクワドの使う銃は弾が大きいので、肉を奪う。
筋肉が機能しないアイヴァーが崩れ落ちると、男達は銃に手を伸ばした三人の男を次々に撃った。
アイヴァーは、そのまま倒れて、死んだ振りをしていればよかったのかもしれない。
しかし、アイヴァーは、グロック26Gen4を持つ手をゆっくりと挙げた。
常にとどめを刺す習慣が、本能で彼女を動かしたのである。
一人の男が、義務であるかの様に、アイヴァーの頭を撃った。
ホワイト・ブロンドの頭は、大きく後ろに揺れ、大量の血とともに床に沈んだ。
残されたのは、しゃがみ込んで震えるチッピーが一人だけ。

たまり場の銃声は、屋外に広がり始めた平和な空気をかき消した。
猛烈な不安に駆られたのはグザヴィエ。
銃声の数が多すぎる。絶対に人が死んでいる筈。待ってはいられない。
グザヴィエは、何も見ずに全力で走り出した。
後を追おうとするロレンツォの足を止めたのは、銃を構えたマテオの姿。
守られている事など知る気もないグザヴィエは、誰に邪魔をされる事もなく、たまり場に飛び込んだ。
彼の目に入ったのは、四人の死体と座り込む一人の女。
銃が散らした四人の血は、グザヴィエのお気に入りの部屋を大胆に汚している。
脇に目をやったグザヴィエは、スクワドの二人を見つけた。
既に、銃を構えてすらいない。
彼らの中では、グザヴィエとの揉め事はこれで終わったのである。
口を開いたのは、余裕を目で伝えたドラゴンの刺青の男。
「四人だ。これで、お前とは相子だ。」
「いや、二人少ない。」
グザヴィエは、二人の頭を順に撃った。
乾いた銃声とともに、刺青の男達がその場に崩れ落ちると、グザヴィエはゆっくりと銃を下ろした。
妙に落ち着いてしまったグザヴィエは、部屋の中を見渡し、アイヴァーの死体に目を留めた。
無敵の彼女も、死んでしまうと特別ではない。
血を流して、変な格好のまま、止まっている。
グザヴィエは、猛烈に寂しくなった。
感傷にふけっていた彼の目を覚ましたのは、テラスに駆け上がってきたロレンツォ。
振返ったグザヴィエは、スターム・ルガーLC9を投げた。
「待て。俺は何も…。」
ロレンツォは、何も言わずにグザヴィエをその場に組み敷いた。
「グザヴィエ!殺人の現行犯だ!」
今やったので、それは分かっている。
グザヴィエは、一切、抵抗せず、両手を組んで頭の後ろに回した。慣れたことである。

後から来たオリバーとマシューは、ロレンツォとグザヴィエを通り過ぎ、室内に乗込んだ。部屋の中には、六人の死体と怯える女が一人。
腰をかがめたオリバーは、泣き濡れる女の肩に手を添えた。

ロレンツォは、グザヴィエに後ろ手に手錠をかけると、腕を捻って立たせた。
彼には、どうしても聞かなければならない事がある。
多くの死者に気持ちが昂っていたロレンツォは、目の端で起きた奇跡に泣きそうになった。
不貞腐れていたグザヴィエが、笑い始めたのである。
「何がおかしい!」
ロレンツォが怒鳴ると、グザヴィエは、顔を横に振りながら微笑んだ。
「さっきまで寝てただけなのに。急に襲われて、仲間を殺されて、手錠をかけられて。」
ロレンツォに同情する余裕はない。
「自分のやったことを説明に挟め!そうすれば、話が通る!それよりもだ!」
ロレンツォは、グザヴィエのシャツを掴むと、勢いよく壁に押し付けた。
「さっきも聞いた!ニコーラとリアはどこだ!」
猛烈に詰まらなくなったグザヴィエは、小声で呟いた。
「知るか。」
聞き取れないのはデス・メタルのせいで間違いない。
「その音楽を止めてくれ!」
ロレンツォの願いが叶うと、やっと静けさが訪れた。
変わって響いたのは、ロレンツォの怒鳴り声。
「ニコーラとリアはどこだ!」
グザヴィエは、一度、溜息をついた後、大きく息を吸った。
「〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!〇〇〇〇!」
ロレンツォは、グザヴィエを遠ざけると、耳を押さえた。
SWATに確保され、たまり場を眺めていたマテオは、小さく笑った。
グザヴィエは、どんな時も彼の好きなグザヴィエなのである。

その一時間後。ロレンツォは、オリバーがハンドルを握るパトカーの助手席で、管理官からの電話を受けた。
「ニコーラと村の女が見つかった。」
「そうですか。どこで?」
「Wから車で十分程の場所だ。車もあった。健康状態はいいが、テープで巻かれていた。頭からは袋だ。事故に遭わなかったのは奇跡だな。」
ロレンツォが答える前に、管理官は話を進めた。
「話はもう一つある。君に頼まれていた事だ。」
管理官の話は、隣りのオリバーが想像する以上に長くなった。
ロレンツォは、感謝の言葉とともに管理官の電話を切ると、ハンドルを握るオリバーを見た。
「森に行こう。全てを終わらせるんだ。」
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