第17話 警告

文字数 8,113文字

アイザックの不快な訪問を受けた次の日。
ヨウ素の販売ルートを調べていたロレンツォとニコーラの元に、管理官から一通のメールが届いた。
村に戻っていない最後の住人、カーソンと同じ特徴をもつ身元不明の遺体が、ここから遠く離れたM州の遺体安置所にあるという知らせである。
爪のない指が何本かあるブロンドのハンサムは、自分の胸にマグナム弾を放ったスミス&ウェッソンM686を握りしめて、死んでいた。
服装はダビデ達と同じ。
河原の茂みに横たわっていた彼の死体は、決して綺麗ではなかった。
血と体液と失禁。鳥も虫も、村の仲間が弔うまで、待ってはくれなかった。
ロレンツォは、オリバーに連絡をとると、村のリーダー達を保安官事務所に集める様に頼んだ。
ロレンツォが選んだのはダビデ、アイザック、リア。それにエリヤではなくアシェリ。

先に事務所に着いたロレンツォとニコーラは、コーヒーを飲みながら、会議室で待った。
話したこともないカーソンの死でも、二人の口数を減らすのには十分。
山のような質問を用意していたが、本人の口からその答えを聞くことはもう出来ない。
ダビデ達が部屋に入って来たのは、二人が事務所に着いてから間もなくのこと。
オリバーに続いて部屋に入った四人の表情は、ロレンツォとニコーラを見るとあからさまに曇った。
疲れた二人の表情が、彼らの呼ばれた理由の重さを教えたのである。
四人の警官と四人の住人は、長机を挟んで対峙した。それはどこかで見た構図。
ニコーラがレコーダーをオンにした途端、口を開いたのはロレンツォ。
「じゃあ、端的に。カーソンが死んでいた。何か知らないか。」
四人の反応は鈍い。覚悟は出来ていたのかもしれない。
厳しい目のダビデが、皆の顔を見てから顔を横に振ると、ロレンツォは語気を少しだけ強めた。
「そんな筈はない。村の皆は家族なんだろう。なぜ、彼のことだけ知らない。」
口を開いたのはリア。ニコーラと心を通わせたつもりの彼女は、厳しい言葉に耐えられない。
「あの、いつ死んだの?誘拐の時じゃないの?」
リアの視線は、自然とニコーラに向けられたが、ニコーラは静かに顔を横に振った。
真実を話せば、何も問題はないのである。
ロレンツォは、誘拐ごっこに付き合う気はない。
「君達が誘拐された時間と場所を思い出してくれれば、判断できる。」
それは無理な話である。
リアは、椅子に身を任せると、黙り込んだ。
ロレンツォは、四人の顔をゆっくりと眺めた。
「M州だ。たった一人で、あんな遠くの街の遺体安置所で眠ってる。ただ死ぬのだって、可哀そうなのに。その上、解剖だ。服を切られて、胸まで開かれて。見つかった時は、茂みで横たわってたらしい。死体が土と当たってたら、どうなると思う。」
ロレンツォの目がダビデの顔で止まると、ダビデは顔を横に振った。
喋るのはロレンツォ。
「アリやウジは、彼をどこまで削り取ったろうな。君達の仲間に、そんな事があっていいのか。耐えられるのか。」
生まれたのは、長い静寂。
ロレンツォが皆の顔を眺めるのは、心の動きを観察する時。
今、ダビデ達は試されているのである。
誇り高いダビデが選んだのは、嫌悪感に満ちた顔。
「あんたは、カーソンがどんな奴だったか知ってるのか。」
少ない頬肉を震わせるダビデは、ロレンツォを睨みながら、言葉を続けた。
「調べて、ちゃんと分かって、言ってるのか。」
口を挟んだのはアシェリ。
「やめよう。ダビデ。」
気の毒な老人の眉間に深い皺が浮かんでも、ダビデは止まれない。
「あいつの兄貴のイーサンが死んだのは、あいつに誘われて、一緒に強盗をしたからだ。知ってるか。」
ロレンツォが見たのは残りの二人の顔。
リアは窓の外に目をやり、アシェリは俯いている。アイザックを見るつもりはない。
ダビデの言葉は続く。
「イーサンが死んで、あいつが一人で銃と金を持って帰って、ケイデンと暮らし始めた時、俺達がどれだけ恐かったか。分かるか?」
ロレンツォの答えは早い。
「警察に言うのが正解だ。」
ついさっきまでウェットだったロレンツォの言葉は、予想以上に冷たい。
戸惑ったダビデは、説明を急いだ。
「それじゃあ、カーソンの人生は終わる。村の中にいれば、何も問題ない。俺達は、やれることはやったんだ。」
ロレンツォは、短い言葉で先を促した。
「具体的には?」
首を傾げながら言葉を加えたのは、やはりダビデ。
「とにかく、よく話し合った。エリヤとクロエには、特に力になる様に言った。」
口を挟んだのはアイザック。
「カーソンは、昔、クロエと付き合ってたしな。」
不用意な言葉に、リアが言葉を被せた。
「カーソンはクロエの言うことだけは聞いてたの。だからよ。」
ロレンツォは、眉を潜めた。
「エリヤは、その頃にはクロエと?」
答えたのはダビデ。
「いや、最初は違った。クロエをカーソンと二人きりには出来ないから、付いて行ってもらったんだ。」
アシェリは、頷きながら説明を添えた。
「それが、カーソンは変に嫉妬してね。エリヤの事を露骨に嫌いだした。エリヤはよく耐えてくれたし、あの時間があったから、エリヤとクロエの絆は強くなった。」
ロレンツォは顎を上げた。
「明らかな人選ミスだ。」
ダビデは、左右を見渡した。
「俺達の誰を選んでも似た様なもんだ。エリヤとクロエしかいなかった。他なら、カーソンがまた村を出るか、カーソンに影響されてた。村の住人なら、誰が考えても、あの二人が正解だと思った筈だ。」
ロレンツォの疑問は尽きない。
「そういう話を聞くと、エリヤとクロエも呼ばなきゃいけない気がする。彼らがヨウ素を飲まなかったのも気になる。」
「ヘイ、ヘイ。」
「待って。」
声を重ねたのはダビデとリア。二人に言葉を続けたのはアシェリ。
「それは止めてほしい。優しいだけなのに嫌な思いをした彼らを、これ以上、傷つけないでほしい。」
ロレンツォは、この短い時間に耳にした言葉から、事件のエッセンスを漠然と感じ取った。
「つまり、不良のカーソンは、ある日、犯罪に手を染めた。イーサンを死なせた彼は、村に居づらくなった。皆に許してもらおうともしないで、出て行った先で、彼にふさわしい死に方をした。ただの野垂れ死に。そう言いたいわけだ。死ぬぐらいの面倒に巻き込まれるまでには、兆しがあった筈なのに。何度も何度も、立ち直る機会はあったろうに。もっと前に、寂しい顔をする時間があったに決まってるのに。そのチャンスを全部逃がして、口先だけで見捨てないと言って、何もしなかった。挙句、彼が死んだと聞いても、誰一人として、泣きもしない。自分達の冷たさを悔いる言葉も口にしないで、…。」
耐えられなくなったのはアシェリ。
「それは余りに酷い。一方的だ。当然、何度も助けの手を差し伸べたんだ。ただ、その度に彼は裏切った。裏切ると言うか、彼は彼なりに良かれと思ってたみたいで、私達の全ての努力が無駄だった。他所に仲間が出来てしまって、もう私達とは見ている物が違ったんだ。今、こうして彼が死んだと言われて思った。気の毒だが、ほっとする。それに尽きるよ。もう、あんな思いはしなくていいんだって。彼は、悪い仲間に悪い方に引っ張られて、普通の悪い奴の死に方をした。仲間と同じ死に方、生き方をしたんだ。そういう事なんじゃないのか。」
ダビデ達は、声を出さなかったが、否定もしなかった。
ロレンツォの目は厳しくなる他ない。
「確かに、他に何もなければ、僕もその話を少しは信じたろう。でも、誘拐事件。あれが余計だ。全員で記憶がなくなる振りをした。それは、普通に考えると、村の誰かがカーソンを殺したんだ。そして、それを皆で庇ってる。きっと、皆が庇いたくなる様な奴がやったんだ。昔の恋人のクロエかもしれない。カーソンに復縁を無理強いされたのなら、皆、彼女に肩入れするだろう。クロエの次の恋人のエリヤかもしれない。そもそも、嫉妬したのはカーソンじゃなく、彼の方じゃないか。君達なら、外の世界の法より、結婚を控える若い二人を選ぶだろう。一緒に住んでたケイデンだって怪しい。親の仇だ。子供だし、皆が庇うだろう。他の誰でもいい。皆が庇いたいと思う奴が犯人だ。君達は、村の皆で記憶にないと言って、事件が起きた時間や場所を隠そうとしてる。誰が聞いても信じない誘拐の振りだって、皆で団結すれば、事実になる。殺人を誤魔化せる。そう、お互いに言い聞かせて、僕達に挑戦してきたんだ。」
リアと視線が合ったニコーラは、静かに顔を横に振った。
リアの願いを断るのは二度目である。
アシェリの声は、少しだけ穏やかになった。
「今のは誉め言葉に聞こえるよ。村の皆が優しいと思ってくれて、ありがとう。事件は別にして、本当にそこまで結束の固い仲間をつくりたかった。でも、無理だよ。そこまでじゃない。カーソンを殺したら、皆、蜂の巣をつついた様に騒いで、村は壊れてしまう。皆、優しい言葉だけで、育ててきたからね。」
ロレンツォが小さく頷いたのを見ると、ダビデは目を見開いた。
「おい。何だ、それは。何か証拠があるのかと思って、黙って聞いてたのに。まさか、鎌を掛けただけか。適当に人を詰ってたのか。」
ロレンツォは、ダビデの目を見つめた。
「気持ちは分かる。だが、証拠がないから、話を聞いてるんだ。今なら、まだ間に合う。首謀者は自首してほしい。殺人事件はM州の管轄だ。誘拐じゃなかったら、僕達は手を引く。君達の刑期は短くなって、僕達は下らない悪戯から逃げられる。一番、簡単だ。」
ロレンツォの最大限の譲歩は、ダビデには通じない。
互いの言葉を待つロレンツォとダビデは、睨み合ったまま、動きを止めた。

静寂を破ったのは、アイザックの奇妙な笑い声。
「何だ。」
ニコーラが問いかけると、アイザックは笑いながら答えた。
「無理だ。緊張すると、自分がおかしくて、笑いが込み上げてくる。なんで、真面目な顔をしてるのか分からない。我慢すればする程、止まらない。」
一人で笑い続けるアイザックに、ロレンツォは眉を潜め、ダビデは小さく笑った。
アイザックの奇妙な笑いは、しかし、その場の空気を確実に変えた。
笑顔を消して、口を開いたのはダビデ。
「万が一、あんたに善意があるとして、俺は、皆に自首しろなんて言えない。疑ったら、俺達の信頼関係は終わりだ。」
ロレンツォの答えは早い。
「僕は首謀者と言ったんだが、聞こえなかったか。僕の考える限り、この四人のうちの誰かだ。皆を唆して、誘拐事件をでっち上げた。直感だが、間違いない。この中の誰かだ。いいか、これは警告だ。」
ダビデは、言葉ではなく、態度で答えた。
勢いよく席を立ち、大きな音を立てて、机を叩く。皆に伝わったのは、確かな怒り。
次の瞬間、声を出したのはアシェリだった。それは、老人とは思えない大きな声。
「ダビデがこう言ってるんだ!まず、ここの四人は関係ない!村の人間に、どうしても言いたい事あれば、自分で言ってほしい!」
アシェリを卒倒させるつもりのないロレンツォは、取敢えず口を閉じ、ダビデは静かに腰を下ろした。

丘の東の街Eの夜。
仲間の電話で目を覚ましたグザヴィエは、幾つかの指示を終えると、玄関の扉を開けた。
たまり場に行くのである。
何をする訳でもないが、仲間がいる。アイヴァーがいる。

暗がりを見渡すと、今日もボールを追う子供達がいた。
笑顔のグザヴィエは、ボールを奪うタイミングを探し、視線の先を大きく動かした。
元気に跳ねる彼らは、忙しく場所を変える。
見ているだけで楽しくなったグザヴィエは、しかし、どこかで見たことのある男の子を見つけた。
一人だけ、まったく動かないばかりか、視線はグザヴィエを捉えている。
まるで、彼の周りだけ、時間が止まっている様。
ケイデンである。
グザヴィエは、小さく笑うとケイデンに歩み寄った。彼の中では、ボールより優先順位は高い。
「ヘイ、ヌーブ!この街には、お前の家はないぞ!」
ケイデンの口は動かない。
グザヴィエは、軽く首を傾げると、両手を大きく広げた。二人の距離は十分近い。
「何しに来たんだ!話さないんなら、帰れ!」
ケイデンは、何歩か後ずさりしたが、決して口を開かない。
そこで頭を使えるのが、グザヴィエである。
この子は、この前も黙っていた。
怯えているのか、耳が聞こえないのか、喋れないのか、極度のストレスか、薬でも飲まされているのか、舌を切られたのか、それとも…。
グザヴィエは、気の毒な想像なら得意である。
「あれだな。お前は話せない。そうだな?」
ケイデンは頷いた。当たりである。
微笑んだグザヴィエは、この珍客が街を訪ねてきた理由を探した。
思い当たるのは、ついさっきの電話。
「お前の村のボスが、今日、保安官の所に呼ばれたのを知ってるか。」
ケイデンの目は、グザヴィエの顔から動かない。
「俺達はな。昔はあの街に住んでた。知り合いがいる。なんでも分かるんだ。お前らの村で、人が一人死んでたらしい。そうだろう?」
グザヴィエは、ケイデンのガラス玉の様な瞳を見つめた。
「まさか、お前の仕業じゃないだろうな。」
軽い冗談だが、ケイデンは全く動かない。
「じゃあ、ボスの仕業か。ダビデがやったのか。」
ケイデンが大きく顔を横に振ると、グザヴィエは静かに笑い出した。
違う場合に頭を動かすのなら、動かさない場合は正しいことになってしまう。
笑いたいだけ笑ったグザヴィエは、腰をかがめて、ケイデンと目の高さを合わせた。
「来いよ。」
ケイデンは、不意に歩き出したグザヴィエの背を追った。服が風になびく彼の背は、ケイデンには大きすぎる。
グザヴィエは、流れる様に扉を開けると、ケイデンを家に招き入れた。
ケイデンは、ギャングのボスの家に入ったのである。

グザヴィエがマットレスに座ると、ケイデンは、グザヴィエの指示を待たずに、潰れたソファに腰掛けた。他に座れる場所はないから、間違っていない筈。
グザヴィエは、マットレスに後ろ手をつくと、息を抜きながら話し始めた。
「付き纏われるのが面倒だから言っておく。俺みたいになるな。」
ケイデンはグザヴィエを見つめたまま。
「村のボスに…。」
口ごもったグザヴィエは、身を乗り出すと言葉を変えた。
「村の中の、誰かまともな大人について行け。お前はまだ子供だ。助けてほしいって、一生懸命叫んだら、誰かが助けてくれる。人を信じろ。甘えて、甘えて、甘えまくれ。泣きまくってやれ。それでも、誰も助けてくれなくて、死のうと思ったら、俺の所に来い。まともな人間なら、死んだ方がましな、〇〇〇〇みたいな毎日に付き合わせてやる。ガキのくせに、人殺しみたいな顔して、俺の所に一人で来るな。気味が悪い。俺の身になれ。」
グザヴィエは、自分でもよくできた説教をしたつもりだったが、やはり、ケイデンの反応はない。
グザヴィエは、ケイデンににじり寄った。
「いいか、ヌーブ。よく聞けよ。俺がこの世界に入った理由は、皆が言ってるが違う。消えた兄貴が引き込んだせいだって、皆が言ってるけど嘘だ。俺はな。ここにしか居れないから、居るんだ。早く抜けろとか、皆に言われたけどな。抜けたら、俺は終わりだ。いいか。」
グザヴィエが顔の前で人差し指を立てると、ケイデンはその小さな指先に釘付けになった。
「昔、昔。俺の話だ。家に帰るなと言われた時間に家に戻ると、知らない男がいた。〇〇〇〇だ。ただ、こんな壊れた街に、仕事なんてある訳がない。多分、俺達がいなきゃ違った。親父はいなかったし、子供が二人いるんじゃ仕方なかった。住む場所を変えれば良かったと思うだろ。でも、三日も飯を食わずに、子供が泣いたら、それは無理なんだ。寝床を手に入れるにも、金が要る。大人が人に泣きついたら、足元を見られる。嘘みたいに酷い目に遭う。奴隷扱いだ。信じてた仲間から、二度と付き纏われない様に言われるんだ。〇〇にキスしろってな。本当にだ。ママにしたら、自分で商売をするのは、それは逆にプライドだったんだ。その道なら、反りの合わない仲間以外は失わない。子供の頃から似た様な生き方をしてきたんだ。そう、ママは合理主義者で、子供のために、俺達兄弟のために戦ってたんだ。だから、俺は、ママを守らなきゃいけなかった。」
グザヴィエは、立てていた人差し指を動かした。
ケイデンの顔が指を追い、グザヴィエから反れる。
グザヴィエは、空いていた手で、ケイデンの後頭部を軽くはたいた。
喋るのは、笑うグザヴィエ。
「でもな、聞けよ。方法が違った。間違えた。さっき言った〇〇〇〇だ。その〇〇〇〇が、家に入ろうとした俺に言った。順番を守れって。何の順番だ。〇〇〇〇は〇〇〇〇だ。俺は切れた。でも、〇〇〇〇は〇〇〇〇だから、ヘラヘラ笑って、煙草を吸ってやがる。分かってない。隙だらけだ。だから、俺は、俺のやり方で、俺の気持ちを教えてやった。傍にあったバットで、後ろから頭に一発だ。ボーリングのピンみたいに倒れる。後は自由だ。仕返しできないぐらいが狙い目だ。足を痛めとかないと追われる。腕もやっとかないと。腰が丈夫ならやばい。取敢えず、一発。顔もいっとかないと、勝った気がしない。ひどい喧嘩ぐらいのつもりだった。それなのに、〇〇〇〇は〇〇〇〇の上に、〇〇〇〇みたいに弱い。俺の気が済んでも、動かないんだ。こっちはもう許してるのに、大袈裟に倒れてやがる。
面倒だと思った、その時だ。俺の周りに仲間が来て、皆でその〇〇〇〇を引き摺ってった。どこにかは知らないが、連れてった。その後は見てない。時々、怖くはなった。俺よりも、もっと酷いことをしたんじゃないかって。あいつら、殺したんじゃないかって。そう、俺は殺してなくて、あいつらだって。子供の頃は、そう思って、毎日、時間を潰してた。お祈りもした。でも、多分違う。あいつらは何も言わないけどな。多分、俺がやった。きっと、子供の頃の俺の心を助けてくれたんだ。俺が特別だったんじゃない。皆、そんなもんだったんだ。だから思った。俺も助けなきゃ。皆で助け合わなきゃってな。だから、俺は、今の今まで、一度も悪い事をしたなんて思った事がない。何も知らない他人が見たら、悪い事もやってる。でもな、いつも仕方がなくて、いつも誰かを助けてるんだ。皆もそうだ。分かるか。」
グザヴィエは、もう一度人差し指を動かしたが、ケイデンはグザヴィエの顔から目を離さない。当たり前だが、学んでいるのである。
少しの間に子供の心を汚したグザヴィエは、寂しそうに笑った。
「俺達は、〇〇〇〇みたいなところで産まれて、〇〇〇〇みたいな奴らに、死ぬまで滅多打ちにされる。奴らの目的は、〇〇〇〇みたいな俺達を早くあの世に送って、世の中を綺麗にすることだ。分かるか?殺すのが目的だから、逃げ場はない。朝、目覚めると、唾を吐かれる。毎日だ。腹が立ったら、頭の毛が抜けて、顔に染みが出来る。皺も深くなる。頭に血が上って、血管が切れたら、舌はもつれて、顔も変わる。片足を引き摺る。毎日、ジャブを入れられてる。奴らは、いつか汚れた面を鏡で見せて、後悔させたいんだ。〇〇〇〇みたいな家に産まれて悪かったって思わせたい。それから早く死ぬ。それが奴らのやり方だ。だから、助け合って、プライドを守らないと。命を守らないと。そのために、一言目を言わせない。それが俺達なんだ。」
グザヴィエは、ケイデンを静かに見つめた。
しかし、少しの沈黙にも耐えられなくなったのはグザヴィエ。
子供相手に真剣な自分に、笑いが込上げたのである。
「分かるか。なんか嫌だろ?今まで聞いて聞いたことと逆で、吐きそうになるだろ?そう、お前の親や先生が正しい。そう思えるうちは、ずっとそう思え。ギャングになんて、なろうと思うな。自分から来るな。なる時は、勝手になってる。知らないうちにな。いいか、ヌーブ。これは警告だ。」
それもどこかで聞いた言葉。
顔色一つ変えずに話を聞いていたケイデンの柔らかい腹を、グザヴィエは人差し指で素早く突いた。
ケイデンは腹を押さえたが、さすがに声を出さずに笑った。忘れかけていた子供の遊びである。
グザヴィエは、ケイデンのブロンドの頭に手をのせ、乱暴に髪を撫でると、優しく微笑んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み