第11話 Gonna Run!
文字数 2,180文字
「ひいな。本日ただいまよりそなたはこの千日の回峰に身を投じる『行者』だ」
「はい」
「征けっ!」
深夜0:00
体温すら感じないまま。
最初の一歩を踏んだ。
ザ
二歩目。
ザシャ
三歩目。
ザ・ザ
なんのことはない。ただこれのみ。この一歩一歩のみ。それを愚直に繰り返し、結実できぬと道半ばで朽ち折れる時は、懐刀で喉を突くのみ。
だが、ひいなは楽しんだ。
ランを。
「ノウマク・サンマンダーバサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」
せ、せ、せっ!
石の一粒一粒を丁寧に踏んでゆく。
無論、師匠である桐谷のランと歩行をもイメージはするのだがそれだけではない。
華乃の背中を常に50m前方に置いた。
華乃の可憐な脚と足とを3D映像のように幻視でもよいから見えてくれと念じながら、走った。
0:00から2:00に。
ひいなは現代では肉体を持たぬ華乃の実在を断定したが、霊、というものについては未確認であった。
ましてや悪霊というものについては、我が身になにがしかの害を及ぼしてきた時に初めて対処すればよいと考えていた。
果たして、それは、来た。
『牝 』
「ノウマク・サンマンダー・・・」
『牝犬』
「バサラダン・・・」
『牝犬の親も牝犬でしかない』
「センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!!」
ひいなは提灯一灯でほぼ見えない地面をそれでも全力疾走した。
抜けろ。
自らの脚と足に命令を下すが、動かぬ。
何者かがひいなの運動に関する末梢神経を麻痺させたようだ。
『難儀なる病に罹患せし牝犬の親は丑三つ時に幻視・幻聴に囚われて仔犬を喰い殺す』
「ノウマク・サンマンダーバサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!!!」
ひいなは、ちゃき、と懐刀を胸に巻いたサラシと乳房との隙間に鞘を残したまま、短い刀身を抜き放った。
片手で、闇を切った!
「悪霊、死ねっ!」
『ぐわあっ!』
今まで誰もやりおおせなかった怒気でもって、ひいなは悪霊に死ねと叱り付けた。そして、斬ったのだ。
瞬時にして月が光を降らせてきた。
「よし」
そうひいなは思った。
がしかし。
『ぉおおおぉぉぉぉおおぉおぉぉおお!』
手負いとなった悪霊は前後左右見境無く憎悪の念を発し、さらに卑猥でおぞましい文言でひいなを追い立てた。
『下衆の仔犬があ!おどれの秘部をこの俺の踵で
「黙れ!下郎!わたしを穢せるものなら穢してみろっ!」
『おおよ!その自慢の足指を一本ずつ喰い千切ってくれる!』
駆け上がった。お山の頂上を目指して。
果たして登り切ったとてどうなるとも分からなかったが、止まったり引き返したりという選択肢はない。
今日やらねばこの卑怯千万な悪霊は明日も丑三つ時にひいなを犯そうとして現れるだけのことだ。
「南無八幡大菩薩」
ひいなはここに来て小・中・高と繰り返してきた陸上部のトレーニングのことを思い出していた。
高校の裏山にある八幡神社。
そこに108段の、急転直下の石段があった。
苔むして足を滑らせるほどの石段を、大会前にひいなは必ずダッシュで往復した。
急転直下。
ひいなは思い出した。
黒馬に乗った若武者がその石段を蹄の音も無く、ぶわあ、とステルス戦闘機のようにせり上がり、境内で補給を行なっていた敵国の先遣部隊をたった一人で皆殺しにした史実を。
血の海に染まる境内で自らの氏神たる八幡の神を前にして、『ええ!おう!ええっ!』とたった一人で勝鬨を上げ、ひゅん!と今度は逆落としに急転直下の石段を駆け下りて行ったことを。
「ダーッシュ!」
キャプテンの小倉が部員に檄を飛ばして参拝代わりの八往復ダッシュをした日々を、なぞらえた。
『ぐわ!ぐわ!ぐわ!ああ、憎らしや、この牝犬めぇっ!』
「やかましい!オマエの口は下水口か!もっと清い言葉を吐かんかあ!」
ひいなは悪霊以上の汚い言葉で気迫を出し続けた。
そしてダッシュし続けた。
「ひょうっ!」
浮き石を踏み抜きかけ、瞬時に爪先を戻す。奈落に落ちるところだった。
『牝、犬ぅぅうう!』
「しつこぉい!」
石段が、見えた!
石段ダァーッシュ!
ミシンの針が布を打ち抜くスピードで脚を上下させる。悪霊はドロドロと液体のようになって石段を伝って来る。
その体の一部にひいなの爪先が触れ、ズル、とつんのめる。大慌てで反対の足を一歩前に出し、走り続ける。
両腕をMAXに動かし続ける。
だが、筋肉よりも肺が限界を迎えそうだった。
肺から鉄錆の匂いがする。
出血しているのであろう。
だが、血を吐いてでも登り切らねばならぬ。
大願をこんなくだらない悪霊ばらに砕かれる訳にはいかなかった。
不意に、ひいなの身体が浮き上がった。
「あ!」
石段を昇り切ったのだ!
とっ、と石畳に右足から着地する。
そのまま左足、右足、とストライドを伸ばして山頂の神社の社殿にホップ・ステップ・ジャンプするように向かった。
「ああ・・・」
カ!
社殿の瓦屋根の最上部で、点が一粒、光った。
そのままそれは横に広がる線になる。
ひいなはその光をバックに振り返った。
『おおのれええええ。こんな小娘にぃい!!』
悪霊は朝日の光と共に、朝露のように溶けて消えた。
息を整えもせずに、肺の血の味を味わいながら、参拝した。
ひいなは、初日に、敵を討ち滅ぼした。
「はい」
「征けっ!」
深夜0:00
体温すら感じないまま。
最初の一歩を踏んだ。
ザ
二歩目。
ザシャ
三歩目。
ザ・ザ
なんのことはない。ただこれのみ。この一歩一歩のみ。それを愚直に繰り返し、結実できぬと道半ばで朽ち折れる時は、懐刀で喉を突くのみ。
だが、ひいなは楽しんだ。
ランを。
「ノウマク・サンマンダーバサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」
せ、せ、せっ!
石の一粒一粒を丁寧に踏んでゆく。
無論、師匠である桐谷のランと歩行をもイメージはするのだがそれだけではない。
華乃の背中を常に50m前方に置いた。
華乃の可憐な脚と足とを3D映像のように幻視でもよいから見えてくれと念じながら、走った。
0:00から2:00に。
ひいなは現代では肉体を持たぬ華乃の実在を断定したが、霊、というものについては未確認であった。
ましてや悪霊というものについては、我が身になにがしかの害を及ぼしてきた時に初めて対処すればよいと考えていた。
果たして、それは、来た。
『
「ノウマク・サンマンダー・・・」
『牝犬』
「バサラダン・・・」
『牝犬の親も牝犬でしかない』
「センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!!」
ひいなは提灯一灯でほぼ見えない地面をそれでも全力疾走した。
抜けろ。
自らの脚と足に命令を下すが、動かぬ。
何者かがひいなの運動に関する末梢神経を麻痺させたようだ。
『難儀なる病に罹患せし牝犬の親は丑三つ時に幻視・幻聴に囚われて仔犬を喰い殺す』
「ノウマク・サンマンダーバサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!!!」
ひいなは、ちゃき、と懐刀を胸に巻いたサラシと乳房との隙間に鞘を残したまま、短い刀身を抜き放った。
片手で、闇を切った!
「悪霊、死ねっ!」
『ぐわあっ!』
今まで誰もやりおおせなかった怒気でもって、ひいなは悪霊に死ねと叱り付けた。そして、斬ったのだ。
瞬時にして月が光を降らせてきた。
「よし」
そうひいなは思った。
がしかし。
『ぉおおおぉぉぉぉおおぉおぉぉおお!』
手負いとなった悪霊は前後左右見境無く憎悪の念を発し、さらに卑猥でおぞましい文言でひいなを追い立てた。
『下衆の仔犬があ!おどれの秘部をこの俺の踵で
にじって
やるわあ!』「黙れ!下郎!わたしを穢せるものなら穢してみろっ!」
『おおよ!その自慢の足指を一本ずつ喰い千切ってくれる!』
駆け上がった。お山の頂上を目指して。
果たして登り切ったとてどうなるとも分からなかったが、止まったり引き返したりという選択肢はない。
今日やらねばこの卑怯千万な悪霊は明日も丑三つ時にひいなを犯そうとして現れるだけのことだ。
「南無八幡大菩薩」
ひいなはここに来て小・中・高と繰り返してきた陸上部のトレーニングのことを思い出していた。
高校の裏山にある八幡神社。
そこに108段の、急転直下の石段があった。
苔むして足を滑らせるほどの石段を、大会前にひいなは必ずダッシュで往復した。
急転直下。
ひいなは思い出した。
黒馬に乗った若武者がその石段を蹄の音も無く、ぶわあ、とステルス戦闘機のようにせり上がり、境内で補給を行なっていた敵国の先遣部隊をたった一人で皆殺しにした史実を。
血の海に染まる境内で自らの氏神たる八幡の神を前にして、『ええ!おう!ええっ!』とたった一人で勝鬨を上げ、ひゅん!と今度は逆落としに急転直下の石段を駆け下りて行ったことを。
「ダーッシュ!」
キャプテンの小倉が部員に檄を飛ばして参拝代わりの八往復ダッシュをした日々を、なぞらえた。
『ぐわ!ぐわ!ぐわ!ああ、憎らしや、この牝犬めぇっ!』
「やかましい!オマエの口は下水口か!もっと清い言葉を吐かんかあ!」
ひいなは悪霊以上の汚い言葉で気迫を出し続けた。
そしてダッシュし続けた。
「ひょうっ!」
浮き石を踏み抜きかけ、瞬時に爪先を戻す。奈落に落ちるところだった。
『牝、犬ぅぅうう!』
「しつこぉい!」
石段が、見えた!
石段ダァーッシュ!
ミシンの針が布を打ち抜くスピードで脚を上下させる。悪霊はドロドロと液体のようになって石段を伝って来る。
その体の一部にひいなの爪先が触れ、ズル、とつんのめる。大慌てで反対の足を一歩前に出し、走り続ける。
両腕をMAXに動かし続ける。
だが、筋肉よりも肺が限界を迎えそうだった。
肺から鉄錆の匂いがする。
出血しているのであろう。
だが、血を吐いてでも登り切らねばならぬ。
大願をこんなくだらない悪霊ばらに砕かれる訳にはいかなかった。
不意に、ひいなの身体が浮き上がった。
「あ!」
石段を昇り切ったのだ!
とっ、と石畳に右足から着地する。
そのまま左足、右足、とストライドを伸ばして山頂の神社の社殿にホップ・ステップ・ジャンプするように向かった。
「ああ・・・」
カ!
社殿の瓦屋根の最上部で、点が一粒、光った。
そのままそれは横に広がる線になる。
ひいなはその光をバックに振り返った。
『おおのれええええ。こんな小娘にぃい!!』
悪霊は朝日の光と共に、朝露のように溶けて消えた。
息を整えもせずに、肺の血の味を味わいながら、参拝した。
ひいなは、初日に、敵を討ち滅ぼした。