第18話 華乃に遭いたい

文字数 788文字

 だがひいなととんびはしばらくは日常を生きなくてはならなかった。
 とんびは大学二年で箱根に見切りをつけて1人で走り続けた。

 ウルトラ・ランナーとして。

「とんび。わたしがいない間、何km走った?」
「たぶん地球一周以上」
「ならわたしと同じぐらいだね」

 とんびのそれは意地だった。自分の好きな女の子に絶対に引けを取らない男になりたい。ひいなに対してはランで引けを取らないことがそれだ。

 アルバイトして旅費を貯めては全国のウルトラ・マラソンと呼ばれるレースに出まくった。

「海外まではお金がなくて行けなかったけど、日本の山岳コースは大半走った。比叡山以外は」
「コースの過酷さで言えばとんびの方がすごいかも」
「いや・・・それは違う。ひいなの千日回峰は1日でも走れなかったら、それは即・死を意味する。俺のランはどうやったってそれには及ばない」
「だとしても、とんびもわたしも『資格』を得たと思う」
「ああ。そうだといいが」

 ひいなが言った『資格』とは、戦場を駆けた少女と共に走ること。そしてその戦場は自分の国の領民たちが地べたに屍を晒した『地獄』であった。
 その戦場という生き地獄を、自らの自己実現などではなく、領民の命と一国の存亡をそのすらりとした細い脚と足に託されて走った少女。

 華乃と共に疾駆すること。

 とんびとひいなは、現実を労働して過ごした。

「兄ちゃん!資材は腰入れて運ばんと落ちて死ぬぞ!」
「はい!」

 高層ビルの工事現場で、まさしく自分の名の通り鳶職(とびしょく)として労働するとんび。

「いらっしゃいませ」
「おねえさん、コーヒー。それと、コーク・ハイね」
「かしこまりました」

 故郷の街一番の繁華街のど真ん中にある深夜喫茶で、出勤前やオールをしたホストやキャバ嬢のために奉仕するウェイトレスとしてひいなも労働した。

 そうして『日常』を過ごし、来るべき時を待った。

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