第16話 夫、奮励すべし!RUN!RUN!RUN!
文字数 1,943文字
とんびは推薦で大学に進学して陸上部に入り、最初の二年間は箱根駅伝を目指していたが、自分のロードでの走りの限界と、同じ駅伝であるにもかかわらず、ひいなと神楽 が死闘を繰り広げてほんとうに神楽が死んでしまったあの駅伝とを比較することも能わずに、とうとう陸上部を辞めた。
だが、重要なのは、走ることを辞めたわけではないことだった。
とんびは凄まじい強引さで、インターンシップ先となる企業へ自分を売り込んだ。
「極限まで走れます」
「なんだ、極限って」
「死ぬ一歩手前まで」
バカか、と門前払いされる企業がほとんどだった。
とんびが当たりまくったのは、シューズメーカーを中心としたスポーツ関連の大手企業だった。
「死ぬまで」などという、アブない奴としか思われないような謳い文句で、でもそれは本気100%でインターンシップの採用、そして同時に自分を走らせてみろ!と訴え続けた。
なぜに本気か。
「僕の婚約者は千日回峰行をやっています」
その理由であり動機を採用担当の部署に告げまくったが、返事はすべてこうだった。
「キミの婚約者じゃなく、キミはどうなんだ」
だから大学三年生の春に、デモンストレーションをやった。
「日本中の神社の石段を走破する!」
高校時代、男子部と女子部の合同練習であの八幡宮の108段の殺人的な傾斜、どころか垂直な壁をダッシュしまくった時の感覚をもう一度味わいたかった。
だから、売り込みの一番目の神社は、高校の裏山にあるその石段を選んだ。
「今からここを1,000往復、ダッシュします」
そう告げて石段の下から見上げるアングルにスマホをセットし、そのままSNSでライブ配信を始めた。
早朝、04:00
『ひいなは今頃、どこ走ってんだろな・・・』
激情的なひいなのランと対照的に、とんびは静かに、だが長身と大股のストライドをダイナミックに使い、三段抜きで鳥居をくぐり石段を駆け上がった。
跳躍するように登り、とっ、と頂上の石畳に着地すると、八幡様の社殿に黙礼してすぐさま駆け下りる。
「ひょお」
それはおそらくフルスロットルのバイクで峠を攻め下るよりも恐ろしい光景だった。
足を踏み違えると、頭頂部から逆しまに落下することが容易に判断できた。
だが、どちらかというとゆっくりな印象を与えるとんびのランは、見る人に不思議な禁断症状を与えるかもしれなかった。
ずっと現役の陸上部だった自負がある。
500往復する頃には三段抜きはもはや維持できなかったが、それでも一段ずつ間違いなく『ダッシュ』していた。
だが、501往復に突入した瞬間、体がとんびを裏切った。
ドン
こんな音がとんびの体幹のどこかでした。それを聞いたとんびは、ああ、来たか、と、自分というランナーに一気に訪れた『限界値』と向き合った。
一段、約25cm上昇するごとにアキレス腱を伸ばし、ハムストリングスが痙攣を起こさないために乳酸を分散させねばならなかった。
軽やかに走っていた時はライブ配信の視聴数は順調だったが、二十歳を過ぎた暑苦しい男がスローモーションのように石段を登る動画など、誰も観ようという気を起こさなかった。
『ああ・・・俺は何やってんだ。それに比べてひいなは・・・』
ひいなは、ランで解脱してる。
だが、とんびに途中でやめるという選択肢はなかった。
それは、この地元の安寧を護る八幡宮に対する冒涜となる。
途中で辞めるのならば、始めなければよかったのだ。
スマホの画面は23;59を告げ、とうとう日を跨いだ。
とんびは、20時間、石段に噛り付いていたことになる。
「石の上にも30年・・・」
誰の歌かもわからないメロディーのないフレーズを呟いてスマホのカメラに死にそうな表情で愛想を振る。
光は社殿に灯る常夜灯のみ。
月も新月であてにはできず、暗闇の中を、シューズの爪先の感覚だけを頼りに脚を動かし続けた。
だが、ほんとうに限界を迎える。
「う」
右足を踏み外して、爪先が階段の縁に擦り付けられる痛みを感じ、同時にそのままヘッドスライディングするように石段を滑り落ち、最後はローリングしながら落下して行った。
う・・・あ・・・
落ちてうつ伏せになった目の前に、スマホがあった。
無思考でひいなが教えてくれた動画を見るためにサイトを立ち上げる。
それは、かつて千日回峰を成し遂げた阿闍梨たちを取材した動画だった。
闇の比叡山を、死装束で走る。
『甘っちょろい!』
阿闍梨たちを、ひいなを想い、自らを再び檄した。
「ちょっと転んじゃってました。今からまた走りまーす」
そうカメラに向かって話しかけライブ配信のボタンを再度押した。
そして、とんびは歩くようにして走り続け、夜明けの日昇と同時に、ほんとうに1,000往復、走り切った。
だが、重要なのは、走ることを辞めたわけではないことだった。
とんびは凄まじい強引さで、インターンシップ先となる企業へ自分を売り込んだ。
「極限まで走れます」
「なんだ、極限って」
「死ぬ一歩手前まで」
バカか、と門前払いされる企業がほとんどだった。
とんびが当たりまくったのは、シューズメーカーを中心としたスポーツ関連の大手企業だった。
「死ぬまで」などという、アブない奴としか思われないような謳い文句で、でもそれは本気100%でインターンシップの採用、そして同時に自分を走らせてみろ!と訴え続けた。
なぜに本気か。
「僕の婚約者は千日回峰行をやっています」
その理由であり動機を採用担当の部署に告げまくったが、返事はすべてこうだった。
「キミの婚約者じゃなく、キミはどうなんだ」
だから大学三年生の春に、デモンストレーションをやった。
「日本中の神社の石段を走破する!」
高校時代、男子部と女子部の合同練習であの八幡宮の108段の殺人的な傾斜、どころか垂直な壁をダッシュしまくった時の感覚をもう一度味わいたかった。
だから、売り込みの一番目の神社は、高校の裏山にあるその石段を選んだ。
「今からここを1,000往復、ダッシュします」
そう告げて石段の下から見上げるアングルにスマホをセットし、そのままSNSでライブ配信を始めた。
早朝、04:00
『ひいなは今頃、どこ走ってんだろな・・・』
激情的なひいなのランと対照的に、とんびは静かに、だが長身と大股のストライドをダイナミックに使い、三段抜きで鳥居をくぐり石段を駆け上がった。
跳躍するように登り、とっ、と頂上の石畳に着地すると、八幡様の社殿に黙礼してすぐさま駆け下りる。
「ひょお」
それはおそらくフルスロットルのバイクで峠を攻め下るよりも恐ろしい光景だった。
足を踏み違えると、頭頂部から逆しまに落下することが容易に判断できた。
だが、どちらかというとゆっくりな印象を与えるとんびのランは、見る人に不思議な禁断症状を与えるかもしれなかった。
ずっと現役の陸上部だった自負がある。
500往復する頃には三段抜きはもはや維持できなかったが、それでも一段ずつ間違いなく『ダッシュ』していた。
だが、501往復に突入した瞬間、体がとんびを裏切った。
ドン
こんな音がとんびの体幹のどこかでした。それを聞いたとんびは、ああ、来たか、と、自分というランナーに一気に訪れた『限界値』と向き合った。
一段、約25cm上昇するごとにアキレス腱を伸ばし、ハムストリングスが痙攣を起こさないために乳酸を分散させねばならなかった。
軽やかに走っていた時はライブ配信の視聴数は順調だったが、二十歳を過ぎた暑苦しい男がスローモーションのように石段を登る動画など、誰も観ようという気を起こさなかった。
『ああ・・・俺は何やってんだ。それに比べてひいなは・・・』
ひいなは、ランで解脱してる。
だが、とんびに途中でやめるという選択肢はなかった。
それは、この地元の安寧を護る八幡宮に対する冒涜となる。
途中で辞めるのならば、始めなければよかったのだ。
スマホの画面は23;59を告げ、とうとう日を跨いだ。
とんびは、20時間、石段に噛り付いていたことになる。
「石の上にも30年・・・」
誰の歌かもわからないメロディーのないフレーズを呟いてスマホのカメラに死にそうな表情で愛想を振る。
光は社殿に灯る常夜灯のみ。
月も新月であてにはできず、暗闇の中を、シューズの爪先の感覚だけを頼りに脚を動かし続けた。
だが、ほんとうに限界を迎える。
「う」
右足を踏み外して、爪先が階段の縁に擦り付けられる痛みを感じ、同時にそのままヘッドスライディングするように石段を滑り落ち、最後はローリングしながら落下して行った。
う・・・あ・・・
落ちてうつ伏せになった目の前に、スマホがあった。
無思考でひいなが教えてくれた動画を見るためにサイトを立ち上げる。
それは、かつて千日回峰を成し遂げた阿闍梨たちを取材した動画だった。
闇の比叡山を、死装束で走る。
『甘っちょろい!』
阿闍梨たちを、ひいなを想い、自らを再び檄した。
「ちょっと転んじゃってました。今からまた走りまーす」
そうカメラに向かって話しかけライブ配信のボタンを再度押した。
そして、とんびは歩くようにして走り続け、夜明けの日昇と同時に、ほんとうに1,000往復、走り切った。