第20話 最終話:天届く鉄塔

文字数 7,561文字

 ひいなととんびはやや遠回りをした。
 浅草寺を経由した。

 避難し、誰もいない観音さまの御前。
 ひれ伏し、世の安寧を祈った。世界平和を祈った。
 それから、その堂の中におわす不動明王の前で真言を唱えた。

 そして、もうおひとかたのお不動さま。

 社殿の隣のエリアにおわす、『一言不動尊』

 ひいなととんびは並んでその前に立ち、たったひとこと呟いた。

「必勝」

 合掌を解くと、空を見上げた。

 スカイツリーを見上げた。

 そのまま、ととと、たたたたた、シュンシュンシュン!と見事な加速でスカイツリーの麓を目指した。

 ・・・・・・・・・・

 ひいなもとんびもふたりともスカイツリーは実は初めてだった。ひいなは第六感によって内部造作と機器の配置を把握していたが、警備会社の人間やスタッフがどのように配置されているかまでは読み切れなかった。
 だが、やはり誰もいないスカイツリーの一階の、広大なエレベーターホールの真ん中に、スーツを着た男性が1人うつ伏せに倒れていた。

「多分、運営会社の正社員だね」
「見て、とんび」

 先ほどの討手の爆死によって人間は次の瞬間に普通に死ぬという摂理を叩き込まれたふたりは、うなじの下にナイフが突き刺さったままのために出血せずに絶命している社員のウエスト・ポーチから何枚もの認証カードが散らばっているのを見た。

「テロリストたちは上だね」

 なぜならばすべてのエレベーターのインディケーターが展望階の数字で止まっており、かつ、エレベーターのパネルをタッチしても、作動しなかったからだ。

「どこから登る?ひいな」
「階段を」
「どこ?」
「ツリーの中心をてっぺんまで突き抜けてる心柱の中。柱の中に非常階段があるの」
「それ、何段?」
「2,000段ちょっと」

 防犯カメラで一階の映像をテロリストたちが観ているだろうことは前提として踏まえていた。

 だから、階段ダッシュという選択肢しかあり得なかった。

「ふっ、はっ、ふっ」
「せっ、せっ、せっ」

 とんびが先導する。
 一列縦隊で駆け上るふたり。
 できるだけ姿勢のよいフォームで省力的に、かつリズミカルにスピーディーに上昇し続ける。

 順調に標高を上げていくひいなととんび。
 たどり着いたら自分たちがどうなるのか分からないけれども、それでもスピードを殺さずに上昇するふたり。

 感覚的に中腹に達したと感じたその時に、上の方の壁面に影が映ったので人が降りてくることが分かったが、あまりにも落ち着いた気配だったので一瞬警戒心を解きそうになってしまった。

 ポロシャツにチノパンを履いたごく普通の出で立ちの、肌が褐色の男性だった。

 ただ、裸足だった。

「わっ!」

 その男がヒタヒタと足音を立てずにコンクリートのひやりとした階段を駆け下りてきて、とんびには目もくれず、後列のひいなに、たこ焼をひっくり返すやつのような、アイス・ピックみたいな尖った道具を手首の返しだけで突いてきた。

 女子であるひいなをみくびって、確実に倒せる相手を1人ずつ倒すという意図のようだったが、多分この男は選択を誤った。
 ひいなが初動攻撃をなんとか避けてコンクリの壁面に、ビィン、とピックを弾かれた男の脇で、ひいなは懐刀を胸の谷間から引き抜いた。

「えい!」

 斜め上から正確にピックに向けて刃の背を振り下ろした。

 ギィン、と階下に弾き落とされるピック。

 すかさずとんびが男の足元を裏から蹴り抜いた。

「アウ!」

 ゴロっ、ゴロっ、と男は10段ほど転げながら落ちていたピックを拾い上げた。が、これがまずかった。

「アオッ!」

 ピックを手にしたまま更に転げると、その動作の中で太腿の横にピックが刺さってしまう。
 うずくまるようにして動かなくなる男。

「え。死んじゃった?」
「まさか。ショックで硬直したんだろう」

 とんびが言うと、ひいなは少し興奮気味に言った。

「すごくない?このひとたちって正邪はともかく命懸けの鍛錬してるはずなのに。格闘なんてやったことのないわたしたちで倒しちゃったよ」
「ひいなの荒行よりも甘っちょろいトレーニングしかしてないってことさ」

 そしてとんびの解説によると、男が持っていたのは決してたこ焼をひっくり返すやつではなく、工具箱のドライバーセットの中にある千枚通しのような道具だろうということだった。

 だが、とんびも甘かった。

 もうひとり階上からヒタヒタヒタと駆け下りてくる。

 手には、ネイル・ハンマーを持っている。

「こ、こいつらテロリストのクセして拳銃とか持ってないのかよ!」
「銃なんか使う方がアマチュアよ!」

 ひいなの前に出て振り下ろされる釘抜き付きトンカチを防御しようとするとんび。だが、目の前で実際に鉄の塊を振るわれれば体は反射ですくんでしまうのが当然の結果だった。

「うっ!」

 後ろにはひいながいる。
 自分がよければネイル・ハンマーの鋭い釘抜き部分がひいなの身体に付き刺さる。
 頭ではわかっているが体は避けてしまう。
 ならば、無理矢理足を固定して動けないようにしようか。

「とんび!」

 ひいなはとんびを後ろから抱えて引き倒すようにして自分も倒れ込み、階段を何段か転げた。
 とんびが自分の体を盾にしてひいなを守ろうとしたのが分かったからだ。

「死んじゃうでしょっ!」
「でも、ひいなを護らないと!」

 2人が立ち上がるとネイル・ハンマーはもう二撃目のモーションに入っていた。
 とんびは自分もダメージを受けずになんとかして攻撃を止めてハンマーを奪いたかった。

 だから、左腕を突き出した。

 左手首に巻かれたぶっといGPSウォッチで受けるつもりだった。だが、太いと言ってもせいぜい数センチしか幅が無いそのリストバンドの部分で受け止めることなど偶然に起こるかどうかの話だった。
 振り下ろされてきている平たいトンカチ部分の打撃面は、リストバンドを僅かにズレてとんびの左手の甲を直撃した。

「ああああああっ!」

 とんびはとにかくトンカチを止めたら何がなんでも握り込んで奪うつもりだったのだが、おそらく甲の骨を砕かれてしまっており、瞬時に顔面が蒼白になってその場にへたり込んでしまった。

「とんび!」

 ひいなはとんびのダメージの深甚さを思いながらも連続攻撃を仕掛けてきているネイル・ハンマーに対応しなくてはならかった。

 そして、そうしたくはなかったが、やむなくひいなも敵と同じように右手を前に振り下ろした。

 トスっ。

「うぎゃぁあああ!」

 ネイル・ハンマー男は決してその武器を離さなかった。

 だが、階段を踏み外した。

 ひいなの懐刀は、ネイル・ハンマー男がトンカチを振り下ろしてくるのと同じような動きでひいなの右手によって振り下ろされ、彼の右足の甲を簡単に貫いた。

 ひいなが男の裸足のその足の甲から刃を引き抜くと彼は前のめりに倒れて顔面を階段に打ち付け、そのままズルズルと滑り落ちて行った。

「とんび!」
「ごめ・ごめ・ごめん、ひいな・・・ちょ・ちょっと動けそうにない」

 とんびは口がもつれそして泣いていた。
 手の甲を砕かれたからと言って死ぬことはないだろうが、死ぬほどの苦痛だろうと容易に想像できた。だからひいなはそのままストレートに訊いた。

「とんび、痛い?」

 当たり前だろ!という毒づくような反応をひいなは期待したけれどもけれども泣きながら答えるとんびの言葉は全く違う内容だった。

「ひいな、もう行くな」
「・・・・・・え?」
「相手はテロリストだ。ひいなひとりで行ったら間違いなく殺されてしまう。だから、行くな」
「でも、行かなかったら細菌を散布されてしまう」
「それでもいいじゃないか。散布されても俺らが死なない確率もある。でも、上に何人居るかも判らないのに、ひいなが一人で行ったら、確実に死ぬ」
「とんび・・・」
「都民が全員死のうが知ったことじゃないさ。ひいなが死ななければ、それでいい!」

 ひいなは片膝をついて上体を倒し、顔をとんびの手に近づけた。

 とんびの砕かれた左手の甲に口づけた。

「ひいな・・・」
「わたしはとんびが好き。今とんびが言ったことを含めて、絶対にとんびを嫌いになったりしない。とんびは人間の根源の部分をわたしに晒してくれたんだから」

 そのままひいなはゆっくりと立ち上がり、とんびに宣言した。

「とんび。わたしはひいなであってひいなでない。わたしはどうしてか千日間走ってしまった。9日間、レイプすらされそうになったその場面を不動明王と共に乗り切ってしまった。わたしは『不動明王と同化したひいな』なんだよ」
「う・・・」

 とんびは泣きじゃくる。

「不動明王である限り、行かねばならない。テロリストのココロに宿る悪心を縄で縛り剣で断ち切らねばならない。わたしの方こそごめんね。行かなきゃならないわたしを、許して」

 ひいなはそう言って、神楽(かぐら)(さくら)を死なせたレースの時のように、足袋を脱いだ。
 足首からハムストリングス・お尻の付け根までをまっすぐに伸ばしたまま腰だけ折り曲げて上体を畳み、やはり美しい直線に近い曲線を描く右腕を爪先まで伸ばして、片方ワンストロークずつ、合わせてたったツー・ストロークで、素足をとんびの前に披露した。

 そして、囁いた。

「とんび。触って」

 とんびは一瞬だけ躊躇して、そのまま右手でひいなの足の甲にそっと触れた。

「爪先も、触って」

 ひいなは透明なペディキュアを足の爪すべてに施していた。形の良い足指で構成されたその爪先を、くん、と少しだけ上に反らす。

 右手でやさしく包み込むように、ひいなの爪先を愛撫するとんび。

「あ・・・」

 ひいなの唇から声が漏れた時、とんびは彼女を抱き締めたい衝動に駆られたが、ひいなが告げた。

「行くね」

 そっと手を離すとんび。

 階段の上方に向き直るひいな。

 一歩足を出す。

 思い出したように、ひいなは振り返る。

「とんび。わたしもほんとうはあなたさえいてくれればそれでいいの」

 そのままコンマ以下の秒数で最高速を実現し、階段ダッシュに突入した。

 ・・・・・・・・・

 本来ならば体力を温存するために歩いて昇ってもよかった。
 だが、ひいなはダッシュをやめない。

 もしまた上から誰か降りてきたら、スピードに任せて突破しようという意図もある。

 でも、それよりも、とんびが送り出してくれたこのダッシュが、これまでの集大成のような気がしていたからだ。

 日本で一番高い人工の塔。

 それを、人力で登る。

 だが、決してそれは人間業ではない。

 誰からも認められたわけではないが、事実として不動明王と同化し、阿闍梨となったであろう女子のラン。

 生まれながらにして走る女の、ラン。

 華乃の走りに勝るとも劣らないランをしようとひいなは決心していた。

 そして、人工の建造物として最も太陽に近い塔の頂上階に注ぎ込まれる日の光がひいなの目に差し込んできた。

 全力疾走し切ったひいなは、息を潜める必要などないと判断し、ぜはっ、ぜはっ、と荒れる呼吸を晒したまま階段を昇り切った。

 空洞かと思うような広いスペースに、男がひとり立っていた。

 背が低い。ひいなとほとんど変わらない。
 そしてとても若い。
 子供にすら見える。
 でも、右手に、細いナイフを握り込んでいた。

「英語で話そう」

 そう男は提案した。
 そして、自分の名を『イービル』と発音した。おそらくスペルはEVIL。
『悪』などと自称するそれは、コード・ネームなのだろう。

「わたしはひいな。イービル。あなたひとり?」
「そうだ。降りて行ったふたりを含め、3人で全員だった。ふたりはどうなった?」
「あのふたりは、もう戦えない」
「そうか・・・」
「たった3人でスカイツリーを?」
「そうだ」
「あなたは、何歳?」
「それは必要な情報か?」
「できれば知っておきたい。わたしは22歳になったばかり」
「僕は16歳だ。Living in Hellのジュニア部隊のリーダーだ」
「そう・・・」

 そして、光だけでなく、600m上空の冷たい風が轟音で吹き込んでいる状況についてもイービルに訊いた。

「この大きな窓を外したの?壊さずに?」
「そうだ。破壊そのものは僕らの思想に反する。『世界の再構築』。それが悲願だ」

 きっと武器としてふたりが使った工具で丁寧に外したのだろう。窓を外す目的は、細菌を散布するためであるということは明らかだった。
 ひいなは真正面から交渉してみた。

「細菌をばら撒かないで。日本政府はあなたたちに不利になることを今のところは何もしていないわ」
「それはアメリカ次第だ」

 そう言って、床に置いてあるスマホを指さした。

「米軍の情報がこの端末に集約されて入ってくる。先程、我々の本拠地に向けてAI爆撃機を出撃させたことが確認できた」
「えっ?」
「元々我々は死を覚悟してこの作戦を決行している。爆撃を受けたら同志の大半はそのまま爆死することになるだろう。ただし、米軍に別の形で報復する。爆撃の瞬間に細菌を散布し、アメリカが日本の民間人を見殺しにしたことを全世界に拡散する」
「もう一度言うわ」

 ひいなは、すうっ、と懐から、短刀を抜いた。持った右手を天を指すようにまっすぐに上に向け、二の腕を耳にぴったりとくっつけた。

「散布をやめて」
「まさか戦士が女性だったとは」

 イービルの呟きにひいなは反論した。

「わたしは戦士じゃない。ランナーよ」
「ランナー? だが、ナイフを持っているではないか」
「これはナイフじゃない。自決用の短刀」
「自決?なんのための?」
「ランナーとしての修行を失敗した時に自決するための」
「敵を道連れにもせずにか?」
「敵の問題じゃない。これはわたし自身の問題。修行を成し遂げる責任を果たすのは、わたし自身の問題」
「理解に苦しむ。ひいな。それがキミの信念なのか?」
「信念なんかじゃない。人間の信念ほどあてにならないものはない」
「なんだと!?」
「イービル。あなたがあなたの『信念』でもってやろうとしているのは結局はあなた自身の『自己実現』でしかない。自分の思想を人々に無理にでも受け入れさせたいという一念でしかない」
「キミは違うというのか」
「わたしは自らの意思で修行をして不動明王と同化した。今、わたしの意思は不動明王の意思。だからわたしはあなたの心に宿る悪を縄で縛り、この短刀で断ち切ってあなたを解放しなくてはならない」
「僕を『解放する』だと?ならば僕も言おう」

 イービルはナイフの切っ先を床に向けて握り込み、振り下ろす態勢の構えをした。

「キミが言う『フドウミョウオウ』こそ僕らの、真の理想を邪魔する悪鬼だ。同化しているのならばキミを殺し、フドウミョウオウも滅ぼす」
「負けない。殺されたとしてもあなたの心中の悪を懲らしめ、断ち切る」

 ふたりは向き合い、無造作に歩み寄る。

 駆け引きなど全く意味がないことを、戦士とランナーは理解していた。

 ゆっくりと、ゆっくりと、惹かれ合うように近づく。

 腕を振れば互いに相手の命を絶てる距離となった。

 そして、ひいなは、両眼を閉じた。

「ひいな。死を覚悟したか」

 イービルの言葉にはひいなは答えない。

 代わりに静かに唱えた。

「のうまく・さんまんだーばさらだん・せんだ・まかろしゃだ・そわたや・うんたらた・かんまん」

 初めて聞くその真言に、生まれてからずっと自信に満ち満ちていたイービルのココロに、突如として形容できない漠然とした不安が生じた。

 なんだ、この詩のような旋律の呪文は?

 イービルは敵と肉迫するひいなが目を閉じてかわいらしくさえある唇からこぼす真言の抑揚を美しいと感じてしまうと同時に、つまりはビビった。だが、彼はもう止まれない。
 不安なココロのまま、イービルはナイフを上段からひいなに向けて振り下ろした。

「とうっ!」
「やあっ!」

 目を閉じたまま、ひいなは懐刀をバックハンドで横に真一文字に払った。

 ふたりの刃の軌道が、十文字にクロスする残像だけが空間に浮かんだ。

「ああっ!」

 ひいなは、カッ!と目を開けた。

 ・・・・悲鳴はイービルのものであった。

 イービルの右手の、人差し指、中指、薬指の第二関節から先が、血すら滴らないきれいな断面で切断され、ポト・ポト・ポト、とその指先だけが手品の小道具に使用される玩具のように床に落ちて行った。

 物理的に持つことができないのであれば、どんなに鋼の意思があろうとも、武器であるナイフも、落ちるしかなかった。

 キィン。

 イービルの、おそらく父か祖父から受け継いだであろう、柄に美しい彫刻がなされたナイフが床に着地したと同時にスマホから音声が流れてきた。

『爆撃開始』

「ひいな。キミとの戦闘は僕の負けだ。だが、僕は任務を全うする。フドウミョウオウは遂に僕を止めることはできない!」

 シャツの左袖から、するん、と金属製の細い円筒を落として左手に握り込んだ。細菌が閉じ込められた噴出機だった。

「さらば!」
「イービル!」

 イービルはようやくドボドボと血が流れ出した右腕を、ぶるん、とひいなの眼前でふるって血しぶきで目潰しをした。
 うっ、とひいなが怯む隙に、外された窓へと走る。

「神よ!我らの理想の世界を!」

 イービルは天まで届く塔から自らがダイブして、人間が必死する細菌を東京全土に巻きつくそうとダッシュした。

「うおおおおおおおおお!」

 突然響き渡った怒号にひいなが顔を横に向けると、まるでステルス戦闘機のようになんの前触れもなく、ぶわあ、と黒い大きな影が階段からせり上がった。

「とんび!」

 間違いなくとんびもこの長い階段を全力で駆け上がってきていた。そのままの慣性のスピードで加速して、天へとつながっているガラスの無い境界線ギリギリ目掛けて横から滑り込む。

 ドガっ!!

 窓の外にダッシュしていたイービルの足元に、とんびは、ギャギャギャとスライディングでタックルした。
 ぶおん、と前のめりに倒れ、ハムストリングスより先の、体の8割が地上600mの中空に突き出されるイービル。

 イービルが叫んだ。

「このまま噴射機を投げるぞ!」
「黙れ!」

 とんびは英語で雷のごとき大音声を発し、イービルを叱り付けた。

「お前は『戦士』なんだろうがっ!『人殺し』ではないのだろうがっ!!」

 鼓膜が破けて血が出んほどのとんびの怒鳴り声にイービルの体は射竦められたように硬直した。

 とんびはそのまま10mイービルを引きずってフロアの中央に戻した。

「とんびぃっ!」

 精魂使い果たして仰向けにぶっ倒れるとんびの頭を、ひいなは両腕で優しく抱き起こした。

「なんだよ、ひいな・・・キスでもしてくれるのか」
「ううん。するわけないでしょ」

 ひいなは唇は重ねなかった。

 その代わり、とんびの頬という頬、鼻の頭、それからまぶたに、口づけの慈雨を降らせてあげた。

 ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて。



FIN
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