第17話 再会をランで祝おう

文字数 1,336文字

 ひいなが死装束を着なかったのは四年間の内、伝教のお山に雪が降り走行が禁じられる期間だけだった。それ以外の時間はすべて純白の死装束で過ごし、履き潰した草鞋は1,000足に限りなく近づいた。一ラン一足。師匠の高速歩行であれば足元にかかる衝撃はかなり吸収されるのでそこまでではないのだが、ひいなは完全に『走って』いた。
 だからの消耗だった。

 ひいなは山を降り、さすがに帰郷の途は電車を使った。故郷の駅に降り立ってまっすぐに向かったのは高校時代にダッシュを繰り返した八幡宮の石段。

 そこで自分の想い人はランニングウェアを身にまとい、待っていた。

「ひいな」
「とんび」

 抱擁ではなく、がっ、腕相撲の要領で手のひらを握り合った。

「とんび。鍛錬したんだね」
「ひいなこそ。未知の身体(カラダ)だ」
「なんか、エッチな言い方」

 ひいなも本気を示すレース用のランニング・ウェアで武装している。

 とんびは見事にシェイプアップされた走るための削ぎ落とされた筋肉と骨格とで真っ直ぐに立ち、ひいなのそれも見事なまでにビルド・アップとやはり削ぎ落としがなされている。

 だが、ふたりのカラダには決定的な違いがあった。

「ひいな。まいったなあ。かわなないなあ」

 とんびは脱帽した。

 ひいなの身体はもはやアスリートとすら呼ぶにはふさわしくないものだった。
 とんびが形容を試みて、ようやく行き当たった答え。

「ひいな。まるで、武士だ」
「嬉しい」

 とんびが先行した。

「征くぞ!」

 ダッシュで三段抜きに石段を駆け上がる。だが、初めて動画をアップした頃の走りより各段に進化している。
 このダイナミックなストライドの走りなのに無音なのだ。

「負けないよ!」

 ひいなも続く。

 とんびと同じ、苔むした石段の左側のレーンを追う。

 ひいなのそれは、阿闍梨であり師匠である桐谷(きりたに)が獣道を歩く様と重なり合う。もし、山猫が現代にまだ生きているとしたら、そういう歩行だろう。(せわ)しいぐらいの高速のふくらはぎの上下運動。2サイクルのバイクのような上下の動きををパパパパパパと繰り返し、なおかつ山猫の肉球がすべての接地の衝撃やデコボコを吸収するようなしなやかさで行うのだ。
 だから、パワーも同時に爆発している。

「うおっ!」
「せっ!」

 婚約者同士である男女が、気合を入れてランデブーする。

 里山におわす八幡宮の、あり得ない急転直下の石段を。

 駆け上がり、落下するように駆け下り、下についたらそのままターンしてまた駆け上がる。

 これを八往復繰り返した。

 八と八の倍数は、神の数字だという意識を持っていたからだ。

 最後のくだりで二人はならんだ。

 そのまま左右のレーンに分かれて落下する。

「うおおおおお!」

 同着だったが、とんびはゴロゴロとそのままローリングした。

 ひいなは、ほんとうに放り投げられた猫が音もなく着地するのと同じように、ぴたりと石段の0段目で静止した。

「はあ、はあ、はあ、はあ」
「すー。ふー。すー。ふー」

 息の乱れ方もふたりともまるで違う。
 ひいなはこの無酸素運動の後も、正常な呼吸のままだった。

「はっ、はっ、ひいな」
「なに、とんび」
「俺はひいなと走る資格ができただろうか」
「そうね」

 ひいなは唇の片端を引き上げる少し悪戯じみた笑みで答えた。

「合格よ」
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