第2話 カフカの「変身」

文字数 960文字

 中学の頃、兄の本棚にあった文庫本。
 友達と何となく手に取って、「朝起きると、グレーゴル・ザムザは一匹のいも虫になっていた」というところから、面白いねえとふたりで読んだが、数ページで文章がややこしく感じられ、手放した本。あれから30年近く過ぎ、あっけなく読めた。

 グレーゴルが虫になって、家族はもちろん驚く。幾本もの無数の足がうじゃうじゃして、触覚を持ち、ムカデではないかという想像もあるが、ぼくにはアゲハ蝶の幼虫の茶色いタイプではないかと思われる。
 虫になったグレーゴルは、愛らしい。出勤時間になっても起きてこないので、父や母は心配する。勤め先の支配人までもが訪れる。内側からしか、開かない部屋のドアだった。

 グレーゴルはやっとの思いでドアノブをあごの力で開け、たいへんな労力を消費しながら顔を見せる。ドアの内側から、頭をちょいと傾いだ格好で立ちながら。支配人は、おおっ、と口に手をあて逃げる。変わり果てた息子を見て、母は助けて、助けてぇと叫び、父は憎々しげにグレーゴルを見る。
 しかし虫に姿は変わったとはいえ、グレーゴルは、内実は人間なのだ。妹を思う兄としての愛情は変わりないし、家庭の財政難をおもんばかる分別だってついている。自分の収入でこの家は成り立ってきた。これから、どうなってしまうのか ──

 窓の外を見るのが大好きで、椅子やらの力を借りて棒立ちになって、窓の外を眺めたりする。天井や壁を這い回るのも好きだった。その際、机やベッド、タンスが邪魔になるだろうと考えた妹が、それらを別の部屋に移動しようとする(彼に「エサ」を与えたり、彼の糞の掃除をするのは妹だった)。
 これらの家具がなくなった場合、自分はほんとうに人間でなくなってしまうのではないかとグレーゴルはひどく心配する。

 そして結局、死んでしまう。それも、父の投げたリンゴが、背中にのめり込んでしまったのが遠因だろう。自分などは死ねばいい、という無意識の意識も、グレーゴルを死なせただろう。
 虫になって、3ヵ月ほどで彼は死ぬ。残された家族は、晴れ晴れとして、家を離れ朝の電車に乗り込んでいく。家には、グレーゴルの知らない貯蓄があったのだ。
 私には、グレーゴルが愛おしい。
「現代でいえば、不登校とか出社拒否、ひきこもりをする人ではないか」と言う人もいる。
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