第26話 もう少し、荘子(2)

文字数 786文字

 荘子は言う、「性差も人種も、病も健康も、美も醜も善悪も、異形も常形も、この世に存在しない。これらはすべて相対から成り立つものにすぎない。相対によって決められているものは、絶対ではない。」
 相対によって、差別が生まれる。だが、本来、差別など、この世に存在しないのだ。人間は、この世界の一部である。世界は、自然によってつくられた。虫が、木が、鳥が、誰が差別などするものか。この世にある、ありとあるものは、同じところから生まれ、同じところへ還っていく。

 5000年生きている木があれば、1000年や2000年を越える木もある。宇宙など、幾年あり続けているのか、途方もない。人間は、せいぜい生きて100年だ。針の穴を通すほどの、束の間のことだ。
 時間も季節も、何を考えて過ぎて行くものでもない。人間も、過ぎ行くものだ。何が正しいとか間違いだとか、論ずるのは、たいした意味を為さない。
 その身にふりかかるものを、春の海のような暖かい心で包み、そのまま受け容れ、是認する。そして受け容れていることさえ自覚せず、風のように生きるがいいよ。

 荘子は、運命には抗えない、と言う。でも、ぼくは、運命には逆らえぬと思ったならば、無気力に陥ってしまう、と思う。しかし荘子は、そう考えない。虚無には、無限の可能性がある、と言い切る。何もない部屋にこそ、たくさんの光が入るだろう、と言う。
 鏡は、ただその前にあるものを、映すだけだ。だから鏡は、無であり、空虚であるからこそ、あらゆるものを包容することができる、と。

 さらには、「何もやり遂げないがいいよ。やり遂げれば、終わってしまう。何も言わないがいいよ。何か言えばそれだけのものになってしまう。そんな形に収まらず、生きるのがいいよ」とまで言う。何も思わず、心もなくして、生きるがいいよ、と。
 … こんな荘子の考えに、どんなにぼくは救われただろう。
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