第18話

文字数 1,661文字

 体育の授業が始まる前の休み時間。
 何故か体育着が消えているので、俺は焦って探していた。
 理星と弘秀には先に着替えてくるように言い、俺はロッカーの教室の中を探し回っていた。
 男女皆着替えに行っている。一人を除いて。

「蘭花? どうしたのか?」

 蘭花は自分の席に座ったまま俺を見つめていた。
 美人に見つめられるのは恥ずかしいのだが。
 それより! それの体育着は? 朝は持っていたはず……ってもしかしてこれ、蘭花のいたずらか?
 人を疑うことはいいことではないが、蘭花だったら復讐と言いながら俺の体育着を隠すだろう。
 俺は蘭花を見つめ返すと、彼女はわずかに頬を赤らめて視線をそらした。

「体育着を探しているんでしょ?」
「ああ」
「見つけたよ」

 蘭花は自分の鞄の中から俺の体育着を取り出した。
 おい、それ見つけたじゃなくて盗んだのを返しているだけだろ。
 やっぱり犯人はお前か!

「あ、ありがとう?」

 俺は体育着を返してもらおうとするが、蘭花は離してくれない。

「一つ、言う事を聞いてくれるなら返すよ」

 彼女の言葉に俺は頭を抱えた。
 意味が分からないのだが。
 もしかして俺に何かをしてほしくて体育着を盗んだのか?
 何を頼まれるのか、と俺はドキドキしていた。
 多分、甘々なラブコメの展開にはならないだろう。
 何か恥ずかしいことをしろと言われないといいが。

「分かった、何だ?」
「私の髪を結んで」
「……は?」

 俺は眉間に皺を寄せ、怪訝な声を出した。
 蘭花が挑発するような目を向けて来る。

「ちょっとやりにくくて、誰かにやってほしかったの」
「女子にやってもらいなよ」

 俺は額を押さえた。なんで俺がしないといけないんだよ。

「声をかけても逃げられるの。平気な顔をしていられるのがあんたしか思い浮かばなくて」

 本当に、自分で出来ないのかよ。
 蘭花はハーフアップの三つ編みバージョンの髪型で、それでも難しそうなのに、自分でもできない結び方を俺にさせる気か。
 一応妹の髪を結ぶのは昔やっていたから下手ではないが、家族でも無い女子の髪を結ぶのは少し恥ずかしい。

「やってくれる?」

 やらないと体育着を返してくれなさそうなので、俺は渋々了承した。
 時計に視線をやると、授業まであと六分だった。
 急げば間に合うだろう。

「何の髪型がいいか?」
「ポニーテール」

 俺は突っ込みかけて、飲み込んだ。
 時間は無い。
 自分で出来るような簡単な物なのに俺にさせるのか。
 きっと俺を舐めているのだろう。ちょっとカッコいいところを見せてやろうか。

 俺は指をぽきぽき鳴らすと、蘭花の髪をほどいた。
 ふわりと花の香りが舞う。
 凄く、いい香りだ。
 意識が飛びかけたので、頬を叩く。
 蘭花の髪には艶があり、移動教室で電気が消されてある教室でも、ブラインドから漏れる太陽のわずかな光を反射して輝いている。
 俺は丁寧に手櫛を通した。
 きちんと手入れされている髪が俺の手からさらさらと零れ落ちる。
 静かな教室に、髪を梳く音のみが響く。
 優しく髪をまとめ、蘭花のヘアゴムで束ねる。

「……上手なんだね」

 驚いた声で蘭花がそう言うと、俺はニヤリと口の端を上げた。

「妹のをやっていたからな」
「ふーん」

 最後の仕上げに髪をそっと撫でると、俺は肩から力を抜いた。
 頬から空気が抜ける。
 結構緊張した。
 だが、その分かなり上手にできたと思う。
 正面から見ると、シンプルな髪型でも可愛かった。
 いつもと違うので、新鮮だ。

「マジマジと見ないでよ」

 おっと、見つめすぎたか。
 蘭花は自分の髪を撫でると、花が咲くような笑みを溢した。

「ありがとう」

 そして俺の心にドストライク!
 ヤバい! 可愛すぎる! 蘭花が笑うとこんなに可愛いのか。
 俺が固まっていると、蘭花は俺に体育着を返してくれた。

「返すよ」

 そう蘭花が言うと、そそくさと教室から出て行った。
 蘭花の可愛さに呆然としていると、教室の外で理星と弘秀が俺の名を呼んだ。

「あと三分だぜ! 何やってんだよ! 遅刻すんぞ!」

 理星の声で我に返った俺は、慌てて教室から出て行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み