第12話

文字数 2,329文字

「今日、一緒に帰ろう」
「え」

 放課後、教室から出ようとする俺に声がかけられた。

「いいけど……どうしたんだ?」

 白沢恵実里の俺の肩に乗せられた手に、視線が行く。
 蘭花からの謎な視線も気になるのだが。

「話したい事があって」

 ……またデジャブ。
 本当に最近の俺はどうなってるんだ?

「そ、そうなのか。ここで言えないのか?」

 恵実里は真横で蘭花のことを見ながら頭を横にふった。
 待て、また蘭花の話か?
 もう、うんざりだぜ。
 俺は憂鬱になって肩を落とした。
 すると、恵実里は俺の手を取り、微笑をたたえた。
 戸惑った俺は助けを求めて周りを見るが、蘭花以外、俺と視線が合ったらずらしている。
 そう、蘭花を除いて。
 彼女は憤慨したように顔を赤くさせ、握った拳を細かく震わせている。
 そして、ずこずこと俺たちの方に歩み寄ると、恵実里の手を俺の手から乱暴に引き剥がした。

「ちょっと! 何してるのよ!」

 蘭花の怒声が教室に響いた。
 普段は気弱なはずの恵実里は怖がる様子を見せることなく肩をすくめた。

「一緒に帰ろう、と言っただけですよ」
「違う! 私が言いたいのはこいつと手を繋いだことよ!」

 こいつじゃなくて幹人と読んでいただきたいねぇ。
 蘭花は鼻息を荒くして恵実里に近づき、口を歪めた。

「どういうつもり? こいつは私のも……失礼、皆のものよ!」

 おい、つっ込みどころが多すぎるんだが。よし、順番良く行こう。

 最初蘭花、

物っていいかけたよな?
 二つ目、

ってなんだよ。俺は人だ。
 最後、俺は皆のものでもねぇよ。

 全て心の中でつっ込みを終え、スッキリした俺。

「蘭花さんは幹人のことが好きなの?」

 事実でもなく、俺にとってあまり良くないことを、理解したように頷く恵実里。
 蘭花は顔を真っ赤にし、大声で吠えた。

「幹人のことは大嫌いだから! こんなやつタイプじゃないし!」

 おい、その言い方は少し傷付くのだが。
 俺はバチバチと火花を散らす蘭花とニコニコ微笑む恵実里を交互に見た。

「じゃあ私と幹人さんが一緒にいても問題ありませんよね?」
「そう、よね……」
 蘭花の言葉の語尾が小さくなっていく。
 皆の視線が自分に集まっていることに蘭花は気づくと、怒りで頬を赤く染めた。

「こいつなんてどうでもいいし!私には関係ないわ!」

 そして蘭花はカバンを乱暴に机から取り、あらしのように教室から出ていった。
 教室でしばらく流れる沈黙。

「なんなんだあいつ……」

 理星がぽつりとこぼした言葉はその場にいた全員の心の声だろう。

「あーあ。どうしたのかしら」

 沈黙を破ったのは、微笑む恵実里で、おれの腕に手がからめられる。
 俺は困惑して目が泳ぐが、恵実里は「いきましょ」と言って校舎の外に俺を連れ出した。

「家はどこ?」
「この道の先」

 どぎまぎしながら俺は見慣れた道を歩む。
 恵実里はニコニコしたままで、俺の家に着くと俺の腕からやっと手を離してくれた。

「気付いてましたか?」

 家の前で恵実里が俺に問う。俺は「何が?」と聞き返した。

「蘭花さんが私達のことを影から見ていたことです」
「マジか」

 全く気が付かなかった。恵実里に腕をつかまれて気が逸れていたのだろう。

「私が幹人さんの腕をつかんだのは、簡花さんにテストをするためでした」
「お、おう」
「やはり、蘭花さんは貴方に興味があるようです」
「はあ?」

 俺は思わず大声で言ってしまった。 帰宅中の他の連中が不審な目で俺を見る。
 丁度隣を通って行った老人の女性が、俺と恵実里が一緒 にいるのを見て、何を思ったのか生暖かい目で見てきた。

「中にあがっていいかしら?」

 俺は納得のいかないまま恵実里を家の中に入れた。
 リビングには仏壇があり、その前で恵実里が足を止めた。
 俺によく似た面影の女性。
 優しく微笑んでおり、背景の桜と合っている。

『峯本奏実(かなみ)

 変えたばかりの桃色のコスモスが、ビンの内でシャキッと立っている。

「これは……」
「お母さんだ」

 俺は淡々とのべる。

「がんで、昨年亡くなったんだ。今はお父さんと妹との三人ぐらし」

 恵理は悲しげに目を伏せた。

「残念だね。家事は? 誰がやっているの?」
「ほとんど俺だ。勉強する間もない」
「お父さんは? 妹は?」

 父さんは仕事で夜遅くに帰って来る。妹は少ししかやってくれない。
 急かしい俺は勉強ができないので成績は下から数えた方が早い。
 そのことを言うと真実里は俺の肩に手を置いた。

「お母さんはやっぱり大切だね」

「いや」
「え? 俺は違う」

 俺は首を振り、キッチンに行ってお茶を二人分いれた。

「お母さんは浮気をして他の男と付き合っていたんだ。 お父さんも妹も俺もつらい思いをしていた」
「そうだったのね……」

 俺は恵実里をテーブルに座らせ、夏場に優しい冷たいお茶を彼女の前に置いた。

「さっ、こんなダークな話はやめて本題に移ろうか。」

 俺はお茶を一口、口に入れ……

「蘭花と付き合ってほしいの」

 むせた。
 せき込む俺の背中を恵実里が叩く。
 恨まがしい目で俺は彼女を睨んだ。

「それを言うために俺の家に来たのか?」
「そう」

 俺は大きく息を吸い、怒り口調にならないようにして、そう言った理由をきいた。

「簡花と貴方が付き合えば、彼女の性格はきっとおだやかになる。他の人との交流も、きっとできるようになるはずよ」

 恵実里の今の勢いではNoを受け入れないはずだ。

「……考えておくよ」

 もう答えは決まっている。付き合う気などない。そもそも簡花は俺のことが嫌いなので、付き合えないだろう。
 正直言って簡花は人に対して酷いので、あまり関わりたくもない。

「じゃ答えが出たら教えてね」

 そう言って恵実里は俺の家から出て行った。
 一人になると、俺のため息が部屋に響いた。
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