第1話 奇妙な隣人
文字数 4,063文字
——地面は遥か遠く。
目が眩むような高さに、未佳は浮 い て い た 。
怪獣映画に登場するような大怪鳥の脚に掴まれ、連れ去られる。
冗談のような、本当のことだった。
ここは公園の上空なのに。
こんなに大きな影が飛んでいたら、誰か気付くはずなのに。
ここだけ世界が切り離されたように、何の音もしない。
見捨てられたような異質さが恐ろしくて、ただただ声を張り上げた。
*
「っ、助け……!」
がばっと起き上がって、起 き 上 が っ た という事実に頭が混乱した。
目の前がちかちかする。
さっきまで遠い地面を眺めていたのに、今の視界に映るのは驚いた顔の少女だ。
下の方でツインテールにした彼女は、前の席の桐島愛実 である。保育園の時からの幼馴染で、毎朝登校する仲だ。いつものように、後ろの席の自分を振り返って、こちらを見ている。
「み……ミカリン、大丈夫? 顔、真っ青だよ?」
「……ま、マナ……」
自分を見られて、声をかけられて。相手に認識されていることが分かって、少し涙が滲んだ。
——全部、悪い夢だった。心の底から安心して、深い溜め息が出た。
うつむいた視界には、机に広げられたノートと教科書が見えた。ノートは書きかけで、途中から字形が崩れてにょろにょろと蛇行していた。
嫌な予感がしたら、上からごほんと大きな咳払いが聞こえた。
「……仁井谷。うなされていたぞ。目覚めてよかったな」
言葉とは裏腹に、降ってくる男性の声は刺々しい。恐る恐る見上げると、眼鏡の男性が腕組みをして立っていた。
そう、今は昼食後の授業の最中だったのだ。
「す、すみません!!」
「気をつけなさい」
慌てて立って頭を下げると、教師はそれ以上しつこい注意はせず、教壇へと戻っていった。
未佳は、周囲の小さな笑い声を聞きながら、恥ずかしい思いで再び席に着いた。
……何かの間違いだ。普段、居眠りなんてしないのに。そういえば、昨夜少し寝付きが悪かったっけ。
教師が授業の続きをするのを横目に、未佳は隣の席を盗み見た。
それこそ四六時中、机に突っ伏している隣の男子は、今回は起きていた。
「……珍しく起きてるんだ、涼也 」
(涼也は、いつも寝てても怒られないのにな)
心の中で不平を呟きながら小声で言うと、少年はゆっくり振り向いた。
目につくのは、間違いのように鮮やかな青灰色の髪。
学生服のボタンはまったく留めておらず、一 応 着 て い る 以上の理由がないのだろう。普段はアンニュイな雰囲気でぼんやりしているのだが、今はきょとんと青い目を瞬いていて、とぼけた犬のようだった。
「……見てたの?」
「うん。いつも寝てるか、ぼーっとしてるでしょ」
「やることないから」
「学校にいるのに?」
「やっても意味ないし」
「意味がない……?」
「うん」
一方的に話を終えるなり、涼也は常備している枕を敷いて寝息を立て始める。堂々と寝ているのに、未佳の時と違って教師は見向きもしない。
(……やっぱり)
この数日、感じている違和感が明瞭になっていく。
誰も、見 え て い な い のだ。涼也が。
青灰色なんて頭髪の人間なんて——それも中学生なんて、嫌でも目立つ。しかし奇妙なことに、誰も彼に気付けていない。
未佳も、一週間前ではその一員だった。
*
始まりは、本当に些細な出来事だった。
ある日の休み時間、教室で自席に座っていた未佳はペンを落としてしまった。
一瞬で視界から消え去ったシャープペンシルを探し、きょろきょろと身の回りを見渡して、見つけた。
ペンは、隣の席に座っている人の足元に転がっていた。
自分で手を伸ばして取るのはなんとなく気が引けた。だから拾ってもらおうと、未佳はその人を見上げて。
遠く、耳の奥で、何かが砕け散る音を聞いた気がした。
隣の席には、机の上に頬杖をついて、つまらなさそうに前を見つめている少年が座っていた。
不思議なことに、髪は明らかに黒ではなく落ち着いた青色だった。
——天海 市立唯ヶ丘 中学校、三年一組二十一番、睦月涼也。
名前は知っていた。存在も知っていた。
しかし、未佳はこの時まで、彼に気 付 け な か っ た 。
未佳だけじゃない。皆、見 え て い な い のだ。
確かに二年、この学校にいて、このクラスの一員で、そこにいるのに。
まるでそれ以上、意識することを禁じられたように。
「……あの、睦月君」
もちろん話しかけるのも初めてだった。クラスメイトとはいえ、気を遣って敬語で声をかけた。
しばらくして、少年は振り向いた。
未佳を見て唖然と見開かれた瞳は、吸い込まれそうな青色だった。もしかして異国の血が入っているのかもしれないと頭の片隅で思う。
「足元のシャーペン、とってくれますか?」
とにかく用件を済ませようと、未佳は彼の足元を指差した。
涼也はしばし固まっていたが、静かに動き出した。返答もなく、椅子に座ったまま足元のペンを拾い、未佳に差し出す。
「ありがと……う?」
シャーペンを受け取ろうとしたが、抜けなかった。涼也が、ペンを強く掴んだままだったからだ。
思わず顔を見ると、彼はぼんやりした表情で、こちらをまっすぐ見て。
「……涼也」
「え?」
「呼ぶなら名前で呼んで。敬語もやだ」
「え? 名前、って……」
「それだけ」
そう言うと、少年はようやく手を離し、用は済んだとばかりに机の上に突っ伏した。
しばらく未佳は、呆然と目を瞬くことしかできなかった。
*
それから数日、未佳は奇妙な隣人を観察するようになった。
涼也の様子は、一日中ほぼ変わらない。
授業が始まろうが、休み時間だろうが、はたまた移動教室で皆が移動しようが、少年は座席で寝ているか、ぼーっと虚空を見つめている。
誰も、廊下の壁側にある涼也の席に近付くことはなく、そこだけぽっかりと空間が空いている。彼の場所だけ、異なる法則が流れているかのようだった。
そんなだから、本当は、学校に来ることに意味なんてないのかもしれない。
それなのに涼也は、毎日律儀に学生服を来て、そこに座っている。きっと世界中を探しても、こんなへ ん て こ な中学生はいないだろう。
「涼也って、何で一人なの?」
教室で二時間目の授業が終わって、未佳は聞いてみた。
これが、彼との三度目の会話だった。今回は起きていた涼也は、正面を見つめたまま、やや間を置いて答えた。
「友達いないから」
あっさり告げられた言葉には、何の感情ものせられていない。
けれど受け取った未佳には悲しく響いて、思わず口ごもった。
「……寂しくない?」
「……どうだろ」
「友達、作らないの?」
「作れないから」
「作れない?」
「うん。作れない」
未佳は理由を尋ねたつもりだったが、少年はそれ以上続けなかった。隠すふうでもなく、この話題は終わったとばかりの歯切れだった。
どうにも、会話が成り立たない。普段から人と話している様子がないから、コミュニケーションが不得手なのかもしれない。
内容も相まって話を続けられず、未佳はそのまま黙り込んだ。
二度目と同じなら、ここで会話は終わっていた。
「名前、なんて言うの?」
「……へっ?」
涼也の方から声をかけられて、思わずすっとんきょうな声を上げた。
問われた内容を呑み込んでから、さらに目を丸くする。
「えっ? 私の……名前?」
「うん」
「し……知らない?」
「うん」
「………………」
今は、中学三年生の四月下旬。思い返せば、少年とはずっと同じクラスだったと思う。
毎日、顔を突き合わせたクラスメイトの名前を覚えていないなんて、そんなに自分は影が薄かっただろうか。しかも今回は隣の席なのに。未佳は、意識できなくても、涼也の名前を知っていたというのに。
「に、仁井谷未佳だよ」
「そっか。じゃあ未佳」
「……早速、呼び捨てですか。別にいいけど」
「敬語」
「あ、ああ……うん」
会話が下手だし、人付き合いが悪そうなのに、なんだか馴れ馴れしい。
やっぱり変なやつだと思っていると、涼也に動きがあった。
すっと向けられた瞳が、未佳を見据えた。
冴えるような青色に息を呑む。サファイアなんて間近で見たことはないけれど、きっとそれにも劣らぬ輝きだった。
「未佳は、俺が見 え て る の?」
そんなふうに問われても、しばし反応できなかったほどに、その青に釘付けになっていた。
「——え?」
少年を見る。その表情は、いつも通りぼんやりしているが到って真剣だ。冗談を言っている様子はない。
(見えてるの? なんて……幽霊じゃあるまいし)
つい視線を下に向けてしまったが、足はしっかり見える。
何より、睦月涼也という存在がいることは学校側も認識しているはずだ。名簿に登録されていて、そこに座席も用意されているのだから。
「未佳から見て、俺はどんな奴?」
「え? えっと……凄い髪の色してて、無愛想なのになんか馴れ馴れしくて、よく分かんなくて、変な奴……?」
「……そっか。見えてるんだ」
思いつくことを並べただけだったが、涼也は嫌な顔もせず、一人で納得して前を向いた。
それから、思いついたように再び未佳を見て。
「じゃあ、今日から友達」
——今日から友達?
涼也はどうでもいいような口調で、何もかもさらりと言う。だからどうしても反応が遅れてしまう。
数秒遅れて、間の抜けた声を上げた。
「……へ? な、なんでいきなり?」
「この学校で話したの、未佳が初めてだから」
あれは、話しかけざるを得なかったというか。
それ以前に、二年間、誰とも話さなかったのか?
疑問に思って納得する。
本人の言葉を借りるなら——誰も、涼也が見 え て い な い のだから。
しかし、だからと言って、
「……なんか間違ってない?」
「何が?」
「えっと……普通は、仲良くなった人とか……」
「未佳のことじゃん」
「………………」
未佳は、いよいよ「仲良し」という言葉の意味を見失いかけていた。
少女が黙り込んだのを了承と見て取ったらしく、涼也は頷いた。
「じゃ、よろしく」
「……よ、よろしく」
何かが変とは思うものの、少年のペースに流されるまま、未佳は小さく頭を下げた。
目が眩むような高さに、未佳は
怪獣映画に登場するような大怪鳥の脚に掴まれ、連れ去られる。
冗談のような、本当のことだった。
ここは公園の上空なのに。
こんなに大きな影が飛んでいたら、誰か気付くはずなのに。
ここだけ世界が切り離されたように、何の音もしない。
見捨てられたような異質さが恐ろしくて、ただただ声を張り上げた。
*
「っ、助け……!」
がばっと起き上がって、
目の前がちかちかする。
さっきまで遠い地面を眺めていたのに、今の視界に映るのは驚いた顔の少女だ。
下の方でツインテールにした彼女は、前の席の
「み……ミカリン、大丈夫? 顔、真っ青だよ?」
「……ま、マナ……」
自分を見られて、声をかけられて。相手に認識されていることが分かって、少し涙が滲んだ。
——全部、悪い夢だった。心の底から安心して、深い溜め息が出た。
うつむいた視界には、机に広げられたノートと教科書が見えた。ノートは書きかけで、途中から字形が崩れてにょろにょろと蛇行していた。
嫌な予感がしたら、上からごほんと大きな咳払いが聞こえた。
「……仁井谷。うなされていたぞ。目覚めてよかったな」
言葉とは裏腹に、降ってくる男性の声は刺々しい。恐る恐る見上げると、眼鏡の男性が腕組みをして立っていた。
そう、今は昼食後の授業の最中だったのだ。
「す、すみません!!」
「気をつけなさい」
慌てて立って頭を下げると、教師はそれ以上しつこい注意はせず、教壇へと戻っていった。
未佳は、周囲の小さな笑い声を聞きながら、恥ずかしい思いで再び席に着いた。
……何かの間違いだ。普段、居眠りなんてしないのに。そういえば、昨夜少し寝付きが悪かったっけ。
教師が授業の続きをするのを横目に、未佳は隣の席を盗み見た。
それこそ四六時中、机に突っ伏している隣の男子は、今回は起きていた。
「……珍しく起きてるんだ、
(涼也は、いつも寝てても怒られないのにな)
心の中で不平を呟きながら小声で言うと、少年はゆっくり振り向いた。
目につくのは、間違いのように鮮やかな青灰色の髪。
学生服のボタンはまったく留めておらず、
「……見てたの?」
「うん。いつも寝てるか、ぼーっとしてるでしょ」
「やることないから」
「学校にいるのに?」
「やっても意味ないし」
「意味がない……?」
「うん」
一方的に話を終えるなり、涼也は常備している枕を敷いて寝息を立て始める。堂々と寝ているのに、未佳の時と違って教師は見向きもしない。
(……やっぱり)
この数日、感じている違和感が明瞭になっていく。
誰も、
青灰色なんて頭髪の人間なんて——それも中学生なんて、嫌でも目立つ。しかし奇妙なことに、誰も彼に気付けていない。
未佳も、一週間前ではその一員だった。
*
始まりは、本当に些細な出来事だった。
ある日の休み時間、教室で自席に座っていた未佳はペンを落としてしまった。
一瞬で視界から消え去ったシャープペンシルを探し、きょろきょろと身の回りを見渡して、見つけた。
ペンは、隣の席に座っている人の足元に転がっていた。
自分で手を伸ばして取るのはなんとなく気が引けた。だから拾ってもらおうと、未佳はその人を見上げて。
遠く、耳の奥で、何かが砕け散る音を聞いた気がした。
隣の席には、机の上に頬杖をついて、つまらなさそうに前を見つめている少年が座っていた。
不思議なことに、髪は明らかに黒ではなく落ち着いた青色だった。
——
名前は知っていた。存在も知っていた。
しかし、未佳はこの時まで、彼に
未佳だけじゃない。皆、
確かに二年、この学校にいて、このクラスの一員で、そこにいるのに。
まるでそれ以上、意識することを禁じられたように。
「……あの、睦月君」
もちろん話しかけるのも初めてだった。クラスメイトとはいえ、気を遣って敬語で声をかけた。
しばらくして、少年は振り向いた。
未佳を見て唖然と見開かれた瞳は、吸い込まれそうな青色だった。もしかして異国の血が入っているのかもしれないと頭の片隅で思う。
「足元のシャーペン、とってくれますか?」
とにかく用件を済ませようと、未佳は彼の足元を指差した。
涼也はしばし固まっていたが、静かに動き出した。返答もなく、椅子に座ったまま足元のペンを拾い、未佳に差し出す。
「ありがと……う?」
シャーペンを受け取ろうとしたが、抜けなかった。涼也が、ペンを強く掴んだままだったからだ。
思わず顔を見ると、彼はぼんやりした表情で、こちらをまっすぐ見て。
「……涼也」
「え?」
「呼ぶなら名前で呼んで。敬語もやだ」
「え? 名前、って……」
「それだけ」
そう言うと、少年はようやく手を離し、用は済んだとばかりに机の上に突っ伏した。
しばらく未佳は、呆然と目を瞬くことしかできなかった。
*
それから数日、未佳は奇妙な隣人を観察するようになった。
涼也の様子は、一日中ほぼ変わらない。
授業が始まろうが、休み時間だろうが、はたまた移動教室で皆が移動しようが、少年は座席で寝ているか、ぼーっと虚空を見つめている。
誰も、廊下の壁側にある涼也の席に近付くことはなく、そこだけぽっかりと空間が空いている。彼の場所だけ、異なる法則が流れているかのようだった。
そんなだから、本当は、学校に来ることに意味なんてないのかもしれない。
それなのに涼也は、毎日律儀に学生服を来て、そこに座っている。きっと世界中を探しても、こんな
「涼也って、何で一人なの?」
教室で二時間目の授業が終わって、未佳は聞いてみた。
これが、彼との三度目の会話だった。今回は起きていた涼也は、正面を見つめたまま、やや間を置いて答えた。
「友達いないから」
あっさり告げられた言葉には、何の感情ものせられていない。
けれど受け取った未佳には悲しく響いて、思わず口ごもった。
「……寂しくない?」
「……どうだろ」
「友達、作らないの?」
「作れないから」
「作れない?」
「うん。作れない」
未佳は理由を尋ねたつもりだったが、少年はそれ以上続けなかった。隠すふうでもなく、この話題は終わったとばかりの歯切れだった。
どうにも、会話が成り立たない。普段から人と話している様子がないから、コミュニケーションが不得手なのかもしれない。
内容も相まって話を続けられず、未佳はそのまま黙り込んだ。
二度目と同じなら、ここで会話は終わっていた。
「名前、なんて言うの?」
「……へっ?」
涼也の方から声をかけられて、思わずすっとんきょうな声を上げた。
問われた内容を呑み込んでから、さらに目を丸くする。
「えっ? 私の……名前?」
「うん」
「し……知らない?」
「うん」
「………………」
今は、中学三年生の四月下旬。思い返せば、少年とはずっと同じクラスだったと思う。
毎日、顔を突き合わせたクラスメイトの名前を覚えていないなんて、そんなに自分は影が薄かっただろうか。しかも今回は隣の席なのに。未佳は、意識できなくても、涼也の名前を知っていたというのに。
「に、仁井谷未佳だよ」
「そっか。じゃあ未佳」
「……早速、呼び捨てですか。別にいいけど」
「敬語」
「あ、ああ……うん」
会話が下手だし、人付き合いが悪そうなのに、なんだか馴れ馴れしい。
やっぱり変なやつだと思っていると、涼也に動きがあった。
すっと向けられた瞳が、未佳を見据えた。
冴えるような青色に息を呑む。サファイアなんて間近で見たことはないけれど、きっとそれにも劣らぬ輝きだった。
「未佳は、俺が
そんなふうに問われても、しばし反応できなかったほどに、その青に釘付けになっていた。
「——え?」
少年を見る。その表情は、いつも通りぼんやりしているが到って真剣だ。冗談を言っている様子はない。
(見えてるの? なんて……幽霊じゃあるまいし)
つい視線を下に向けてしまったが、足はしっかり見える。
何より、睦月涼也という存在がいることは学校側も認識しているはずだ。名簿に登録されていて、そこに座席も用意されているのだから。
「未佳から見て、俺はどんな奴?」
「え? えっと……凄い髪の色してて、無愛想なのになんか馴れ馴れしくて、よく分かんなくて、変な奴……?」
「……そっか。見えてるんだ」
思いつくことを並べただけだったが、涼也は嫌な顔もせず、一人で納得して前を向いた。
それから、思いついたように再び未佳を見て。
「じゃあ、今日から友達」
——今日から友達?
涼也はどうでもいいような口調で、何もかもさらりと言う。だからどうしても反応が遅れてしまう。
数秒遅れて、間の抜けた声を上げた。
「……へ? な、なんでいきなり?」
「この学校で話したの、未佳が初めてだから」
あれは、話しかけざるを得なかったというか。
それ以前に、二年間、誰とも話さなかったのか?
疑問に思って納得する。
本人の言葉を借りるなら——誰も、涼也が
しかし、だからと言って、
「……なんか間違ってない?」
「何が?」
「えっと……普通は、仲良くなった人とか……」
「未佳のことじゃん」
「………………」
未佳は、いよいよ「仲良し」という言葉の意味を見失いかけていた。
少女が黙り込んだのを了承と見て取ったらしく、涼也は頷いた。
「じゃ、よろしく」
「……よ、よろしく」
何かが変とは思うものの、少年のペースに流されるまま、未佳は小さく頭を下げた。