第18話 真偽
文字数 4,614文字
「スズやん冷たいッス~!」
飛竜で空に舞い上がった涼也に未練っぽく叫んだが、影は瞬く間に飛んでいった。
境界者 は、単純に社交辞令なんて余計な慣習がないだけだが、遥は同胞たちとのこざっぱりとしたやり取りが好きだった。表社会、しかも企業間のやり取りとなると、きっぱり物を言うと角が立つシーンもある。父の補佐をしながら人間は面倒だなあと思う。
知りたくなかった現実を真正面から聞き、壊れそうな顔をした少年の顔を思い出して、遥は笑った。
(姐サンが、若いアキ兄を見てた時もこんな気持ちだったのかもなぁ)
暁斗は、見える人間と話す時、仮面のような笑みを浮かべる。十代の頃に人間に酷く否定されてからそうだと、綺咲は言っていた。
人間を怖がらせないように、かつ心無い言葉をぶつけられないように、心を覆う防衛本能なのだろう。
境界者 は人との交流が少なすぎて、傷つくことに慣れていないのだ。
よく人間を相手することがある遥だって、一定の防御策はしている。
髪の色はカラーだと言えばいいが、瞳の色が同胞たちより異質なので、なるべく見えないようにしている。自分は結構気に入っている色なので、頭ごなしに否定されるのは悲しい。
なお父は、彼名方家の特徴である紫髪をこまめにカラーリングしているらしいが、目は黒なので楽そうで羨ましい。だが将来、自分が座を継いだら、さすがに目元は出した方が印象が良いだろう。
(ICLでもやろッスかねぇ……)
とりとめのないことを思いながら、歩道で手を挙げた。
やって来たタクシーが、若者に気付いて目の前で停車する。後部座席に乗り込んで行き先を告げると、車は静かに走り出した。
『天海家』にはいくつか別荘があり、遥は気分で滞在する場所を変えている。
唯ヶ丘区にいる今は、千山 ——区内の高級住宅地——の邸宅に寝泊まりしている。ここからなら、車で十分くらいだ。
境界者 がタスクを依頼すると、人間は完了するまで頭の片隅で覚えていてくれる。飲食店で、注文した食事がちゃんと提供されるのはこのためだ。
直接認知できていないのに、無意識下で認知しているような不思議な現象は、「認知される世界」を中途半端に知っている遥からすると気楽でもある。
そうして、窓の外を流れる街並みをぼんやり眺めながら、涼也の言葉を反芻した。
——『夢の力が効かない人間だから、大切にって』
そう言った綺咲の胸の内を想って、苦笑した。
(そりゃ、純朴な中学生には言えないッスよねぇ)
涼也の認識には、一点欠けている部分があった。
眠り花 が夢の世界由来の力を宿しており、『夢の力が効かない人間』なのは間違いない。
だが、それよりも重要な事実がある。
境界者 にとって、眠り花 は、子孫を残すための番 なのだ。
自分たちも、人体の機能はこの世界の人間と同じだ。
こちらに焦点が合う人間は、すぐに記憶を消す。その中で記憶が消せない人間が現れたら、それは番ということ。
わざわざ眠り花 を厳選するのは、彼らが「花」によって夢の力を宿しているからだ。
能力を損ねることなく子に受け継がせることができ、境界者 にとっては都合が良かったのだ。
だが、先ほど涼也にも話した通り、彼らのすべてが異端者を受け入れられるわけではない。先祖たちは、いつ途切れてもおかしくない系譜を連ね続け、そうして今の自分たちが在るのだ。
彼名方家が眠り花 の数と動向を監視しているのも、番の現状を把握するためである。
そういう歴史があるとはいえ、現代のいろんな作品を見て生きていると世間の空気は身につくもので、今の感覚では到底考えられない。
そんな真実を綺咲が息子に伏せたのは、彼女自身、思うところがあり、整理がついていないからだろう。
(スズやんもカノっぴも、うっすら気付いてるかもッスけど。倫理観ゼロッスからねぇ)
遥も今でこそ、先祖たちは生き残るために必死だったんだろうと他人事のように思えるが、聞かされた時は不快感と絶望で胸がいっぱいになった。
(そりゃ、アキ兄もそうなるッスよ)
六歳年上の暁斗は、遥にとっては兄だった。
魂 に襲われたら助けてくれて、自分が不用意に能力を使うと静かに諭して、境界者 であることを自覚した上で、正しい生き方をしていた。
真面目だったから、五年前の事件が起きたのだ。
当時23歳の暁斗と同じ目線に立った遥は、彼の胸中を推し量ることができるようになっていた。
ハルだったらもっと上手くやるのにな、と思っていると、タクシーが停まった。
キャッシュレスで支払いを終え、車を降りる。
ちょうど西日が一番眩しい頃だった。光量に目を細め、若者はあくびをして屋敷に近付く。
「……あれ」
屋敷の前に人がいるのを見て、足を止めた。
二階建ての豪邸の正面ファサードの印象は、真っ白な壁だ。玄関や窓は壁の向こう、あるいは側面に設置されている。何も描かれていないカンバスは夕陽を受けて橙色に染め上げられており、それ自体が巨大な絵画のようでもあった。
そこに無造作に落とされた黒インクのように、その影は佇んでいた。
「——来たか。綺咲から、お前が訪れていることは聞いている」
少しだけ嗄れた女の声だった。
四月下旬だというのに、夕陽を反射する黒いサングラスを始め、ブラウス、スラックス、肩にかけたロングコートも、首元から爪先まで黒ずくめの女だった。黒でないのは、最低限しか出ていない首から上と両手、白いメッシュが入った淡い青灰色の髪のみ。
口元に薄く刻まれた皺は微動だにせず、こちらの返答を待っている。まるで闇が持ち上がったような風貌と、肌を叩く威厳を浴びれば、実は裏組織の中心人物と言われても信じてしまうだろう。
——睦月家当主・睦月ノーエ。綺咲の母で、涼也の祖母だ。
一番会いたくない相手を前にして、遥は隠しもせず口をへの字にした。
「げ~、ノーエ婆サン……わざわざご足労ッス。ハルを待ってたんスか」
「ああ。暁斗の侵入を感知できず、捜索もできていないことに関して、彼名方家はどんな弁明をするつもりかと思ってな。光が電話に出ないから、お前を捕まえに来た」
嫌味な言葉の節々から見えない圧がのしかかる。立っているだけなのに、これだけの威圧感を醸し出す人間を、遥は彼女以外に知らない。
彼名方家の当主である父が電話に出ないのは、忙しいのもあるがこの女当主と話したくないからだろう。
自分だって話したくないが、父の名代として訪れる以上、ノーエと会う覚悟はしていた。向こうとしては、わざわざ弁明を聞きに出向いてやったんだから感謝してほしいくらいだろう。
遥は憂鬱な息を吐き出して、用意していた内容を話した。
「じゃ、弁明するッス。凛廻暁斗 の捜索は、全然進んでないッス。凛廻家って、概念を好きに作れるじゃないッスか。たぶん、彼名方家の検知に引っかからないように、上手く立ち回ってるんスよ」
彼名方家は、天海市の境界者 の位置を把握している。涼也たちが使っている位置情報共有アプリ『アニマップ』も、基盤は『ニルバナ』で制作し、その後、境界者 と魂 の位置情報を表示するように遥が手を加えたクローズドアプリだ。
だが、このアプリに、市内にいるだろう暁斗の位置は表示されない。つまり彼は、何らかの手段で、彼名方家の監視網を誤魔化しているということだ。
ちなみに、遥やノーエのような魂 処理の担当でない者も、アプリ側で除外しているため表示されない。能力がない者、引退した者は優先度が低くなるのだった。
「暁斗とレイの面倒を見ていたのも、お前たちだろう」
「不審点も何も、直接見てるわけじゃないんで情報が少ないッス。しかも、五年も面倒見てるんスよ? 急に何かあるとは思わないッスよ」
これまで暁斗は、実父とともに隣市で静養していた。境界者 の彼らは、彼名方家の支援がなければ今頃生きていない。この五年間は静かなものだったし、そもそも彼らが行動を起こす懸念があると思って監視していなかったのだ。
「ところで、同居してたレイサンにはお咎めなしなんスか?」
凛廻家当主・凛廻レイは、いまだに隣市にいるだろう。息子の不在に気付き、彼名方家に連絡があってもおかしくはないが、今のところ音沙汰はない。
追及先を逸らすような物言いを、ノーエは真正面から正した。
「市内に侵入を許したお前たちの責任の話をしている」
「ああー、ハイハイ。パパから伝言預かってるッス。『凛廻家の力を軽視した、申し訳ない』って」
「……光め、事の重大さが分かっているのか」
「重大?」
呆れた息を吐くノーエの言葉に、遥は乾いた笑いを返した。
「それは、
言い終わった直後、急激に空気が冷え込んだ。
辺りに立ち込めた恐ろしい気配に、背筋がぶるりと震えて、思わず口元に笑みが浮かんだ。
女当主の氷のような瞳が、半透明の黒の向こうから見据えていた。もし、もっと古い時代だったら、生成された魂 で自分の体は両断されていたかもしれない。
「おお、こわいこわい。ハルは杞憂を言っただけッスよぉ」
視線だけで射殺されかねない邪眼から目を逸らし、若者は戯けた口調でかわした。
——睦月家の能力は、『夢の力を操作する』。
境界者 の能力は、各一族の特性によって決まっている。
だが、すべての境界者 が持つ、記憶を消す力——正しくは「記憶を封印する力」は、睦月家による後付け。幼少期に、睦月家当主によって付与される外部の能力だ。
与えられるなら、逆も然り。
なんでも、かつては彼名方家も魂 を生成する力を持っていたというが、睦月家によって
故に睦月家は、境界者 にとっての死神であり、他家より恐れられる存在だった。
(でも、もう彼名方家は違うッス)
彼名方家の『夢を認知させる』能力を消したら困るのは、境界者 を総括している睦月家の方だろう。他家の反感も買いかねないし、彼らだって生きていくのに困窮するはずだ。つまり彼名方家には、もはや恐れる理由はないのだ。
いつの間にか、陽はすっかり沈んでいた。
真っ白な豪邸はライトアップされる時間帯となり、橙色から、光と薄闇の絵画に切り替わっていた。
ノーエは用がなくなったサングラスを外した。目元の皺とくすんだ青い瞳があらわになるが、先ほどの凍りつくような視線はもうなかった。
若者が少しだけ胸を撫で下ろすと、女当主は真横に飛竜を生成し、その上に優雅に騎乗して言った。
「お前は歌手だったな」
「まあ、ハイ」
「その喉、掻き切られないように気を付けることだ」
思わず喉に手を当てると、ノーエは飛竜で高く飛び去っていった。
一人残された遥は、唾を飲み込んで呟いた。
「……こっわ~~。マジでやられそうッス。ほんと、絶望の与え方だけはお上手ッスね。年の功? パパに相談しとこ……」
ぶつぶつと負け惜しみを吐き出さないと落ち着かないほど、心が竦んでいた。
遥にとって、彼名方家の力を消されることより、自分のアイデンティティである歌を歌えなくなる方が、単純な死よりもショックが大きい。そう見抜いた上での一言は、若者の胸を確かに抉っていた。
(……さて、どうなることやら)
闇と光を讃える巨大なカンバスを見上げて、遥は十四歳の少年少女たちを想った。
飛竜で空に舞い上がった涼也に未練っぽく叫んだが、影は瞬く間に飛んでいった。
知りたくなかった現実を真正面から聞き、壊れそうな顔をした少年の顔を思い出して、遥は笑った。
(姐サンが、若いアキ兄を見てた時もこんな気持ちだったのかもなぁ)
暁斗は、見える人間と話す時、仮面のような笑みを浮かべる。十代の頃に人間に酷く否定されてからそうだと、綺咲は言っていた。
人間を怖がらせないように、かつ心無い言葉をぶつけられないように、心を覆う防衛本能なのだろう。
よく人間を相手することがある遥だって、一定の防御策はしている。
髪の色はカラーだと言えばいいが、瞳の色が同胞たちより異質なので、なるべく見えないようにしている。自分は結構気に入っている色なので、頭ごなしに否定されるのは悲しい。
なお父は、彼名方家の特徴である紫髪をこまめにカラーリングしているらしいが、目は黒なので楽そうで羨ましい。だが将来、自分が座を継いだら、さすがに目元は出した方が印象が良いだろう。
(ICLでもやろッスかねぇ……)
とりとめのないことを思いながら、歩道で手を挙げた。
やって来たタクシーが、若者に気付いて目の前で停車する。後部座席に乗り込んで行き先を告げると、車は静かに走り出した。
『天海家』にはいくつか別荘があり、遥は気分で滞在する場所を変えている。
唯ヶ丘区にいる今は、
直接認知できていないのに、無意識下で認知しているような不思議な現象は、「認知される世界」を中途半端に知っている遥からすると気楽でもある。
そうして、窓の外を流れる街並みをぼんやり眺めながら、涼也の言葉を反芻した。
——『夢の力が効かない人間だから、大切にって』
そう言った綺咲の胸の内を想って、苦笑した。
(そりゃ、純朴な中学生には言えないッスよねぇ)
涼也の認識には、一点欠けている部分があった。
だが、それよりも重要な事実がある。
自分たちも、人体の機能はこの世界の人間と同じだ。
こちらに焦点が合う人間は、すぐに記憶を消す。その中で記憶が消せない人間が現れたら、それは番ということ。
わざわざ
能力を損ねることなく子に受け継がせることができ、
だが、先ほど涼也にも話した通り、彼らのすべてが異端者を受け入れられるわけではない。先祖たちは、いつ途切れてもおかしくない系譜を連ね続け、そうして今の自分たちが在るのだ。
彼名方家が
そういう歴史があるとはいえ、現代のいろんな作品を見て生きていると世間の空気は身につくもので、今の感覚では到底考えられない。
そんな真実を綺咲が息子に伏せたのは、彼女自身、思うところがあり、整理がついていないからだろう。
(スズやんもカノっぴも、うっすら気付いてるかもッスけど。倫理観ゼロッスからねぇ)
遥も今でこそ、先祖たちは生き残るために必死だったんだろうと他人事のように思えるが、聞かされた時は不快感と絶望で胸がいっぱいになった。
(そりゃ、アキ兄もそうなるッスよ)
六歳年上の暁斗は、遥にとっては兄だった。
真面目だったから、五年前の事件が起きたのだ。
当時23歳の暁斗と同じ目線に立った遥は、彼の胸中を推し量ることができるようになっていた。
ハルだったらもっと上手くやるのにな、と思っていると、タクシーが停まった。
キャッシュレスで支払いを終え、車を降りる。
ちょうど西日が一番眩しい頃だった。光量に目を細め、若者はあくびをして屋敷に近付く。
「……あれ」
屋敷の前に人がいるのを見て、足を止めた。
二階建ての豪邸の正面ファサードの印象は、真っ白な壁だ。玄関や窓は壁の向こう、あるいは側面に設置されている。何も描かれていないカンバスは夕陽を受けて橙色に染め上げられており、それ自体が巨大な絵画のようでもあった。
そこに無造作に落とされた黒インクのように、その影は佇んでいた。
「——来たか。綺咲から、お前が訪れていることは聞いている」
少しだけ嗄れた女の声だった。
四月下旬だというのに、夕陽を反射する黒いサングラスを始め、ブラウス、スラックス、肩にかけたロングコートも、首元から爪先まで黒ずくめの女だった。黒でないのは、最低限しか出ていない首から上と両手、白いメッシュが入った淡い青灰色の髪のみ。
口元に薄く刻まれた皺は微動だにせず、こちらの返答を待っている。まるで闇が持ち上がったような風貌と、肌を叩く威厳を浴びれば、実は裏組織の中心人物と言われても信じてしまうだろう。
——睦月家当主・睦月ノーエ。綺咲の母で、涼也の祖母だ。
一番会いたくない相手を前にして、遥は隠しもせず口をへの字にした。
「げ~、ノーエ婆サン……わざわざご足労ッス。ハルを待ってたんスか」
「ああ。暁斗の侵入を感知できず、捜索もできていないことに関して、彼名方家はどんな弁明をするつもりかと思ってな。光が電話に出ないから、お前を捕まえに来た」
嫌味な言葉の節々から見えない圧がのしかかる。立っているだけなのに、これだけの威圧感を醸し出す人間を、遥は彼女以外に知らない。
彼名方家の当主である父が電話に出ないのは、忙しいのもあるがこの女当主と話したくないからだろう。
自分だって話したくないが、父の名代として訪れる以上、ノーエと会う覚悟はしていた。向こうとしては、わざわざ弁明を聞きに出向いてやったんだから感謝してほしいくらいだろう。
遥は憂鬱な息を吐き出して、用意していた内容を話した。
「じゃ、弁明するッス。
彼名方家は、天海市の
だが、このアプリに、市内にいるだろう暁斗の位置は表示されない。つまり彼は、何らかの手段で、彼名方家の監視網を誤魔化しているということだ。
ちなみに、遥やノーエのような
「暁斗とレイの面倒を見ていたのも、お前たちだろう」
「不審点も何も、直接見てるわけじゃないんで情報が少ないッス。しかも、五年も面倒見てるんスよ? 急に何かあるとは思わないッスよ」
これまで暁斗は、実父とともに隣市で静養していた。
「ところで、同居してたレイサンにはお咎めなしなんスか?」
凛廻家当主・凛廻レイは、いまだに隣市にいるだろう。息子の不在に気付き、彼名方家に連絡があってもおかしくはないが、今のところ音沙汰はない。
追及先を逸らすような物言いを、ノーエは真正面から正した。
「市内に侵入を許したお前たちの責任の話をしている」
「ああー、ハイハイ。パパから伝言預かってるッス。『凛廻家の力を軽視した、申し訳ない』って」
「……光め、事の重大さが分かっているのか」
「重大?」
呆れた息を吐くノーエの言葉に、遥は乾いた笑いを返した。
「それは、
アナタにとって
、ッスよね。まあ、すでに縁が切れたと思った罪人が帰ってきたんだから、ピリピリするのも当然ッスかね。また
同じコトが起きなきゃ良いッスねぇ」言い終わった直後、急激に空気が冷え込んだ。
辺りに立ち込めた恐ろしい気配に、背筋がぶるりと震えて、思わず口元に笑みが浮かんだ。
女当主の氷のような瞳が、半透明の黒の向こうから見据えていた。もし、もっと古い時代だったら、生成された
「おお、こわいこわい。ハルは杞憂を言っただけッスよぉ」
視線だけで射殺されかねない邪眼から目を逸らし、若者は戯けた口調でかわした。
——睦月家の能力は、『夢の力を操作する』。
だが、すべての
与えられるなら、逆も然り。
なんでも、かつては彼名方家も
消された
そうだ。故に睦月家は、
(でも、もう彼名方家は違うッス)
彼名方家の『夢を認知させる』能力を消したら困るのは、
いつの間にか、陽はすっかり沈んでいた。
真っ白な豪邸はライトアップされる時間帯となり、橙色から、光と薄闇の絵画に切り替わっていた。
ノーエは用がなくなったサングラスを外した。目元の皺とくすんだ青い瞳があらわになるが、先ほどの凍りつくような視線はもうなかった。
若者が少しだけ胸を撫で下ろすと、女当主は真横に飛竜を生成し、その上に優雅に騎乗して言った。
「お前は歌手だったな」
「まあ、ハイ」
「その喉、掻き切られないように気を付けることだ」
思わず喉に手を当てると、ノーエは飛竜で高く飛び去っていった。
一人残された遥は、唾を飲み込んで呟いた。
「……こっわ~~。マジでやられそうッス。ほんと、絶望の与え方だけはお上手ッスね。年の功? パパに相談しとこ……」
ぶつぶつと負け惜しみを吐き出さないと落ち着かないほど、心が竦んでいた。
遥にとって、彼名方家の力を消されることより、自分のアイデンティティである歌を歌えなくなる方が、単純な死よりもショックが大きい。そう見抜いた上での一言は、若者の胸を確かに抉っていた。
(……さて、どうなることやら)
闇と光を讃える巨大なカンバスを見上げて、遥は十四歳の少年少女たちを想った。