寂然とした空気が
滞るダイニング──神妙な会談
宜しく、重い沈黙でボク達はテーブルを囲っていた。
ボクの自宅ではない。
例のモデルハウスだ。
当然、ジュンとクルロリも同席している。
ラムスの横にボクが座り、正面にはジュンとクルロリが相席。卓上に置かれているパモカは、ボイスレコーダー代わりだ。
「それでは質問を開始する」
相変わらずの無感情でクルロリが法廷開幕を宣言する。
「その前に
宜しいでしょうか?」と、ラムスから流れを
遮った。「あの、彼女の……ヒメカの容態は?」
「特に心傷も外傷も無い。単に気を失っただけ」
「……そうですか」
呟き漏らした
声音は
安堵を含んでいた。
「そもそも、あなたのせいじゃない! 無関係なヒメカちゃんを巻き込んでおきながら、何をいまさら!」
感情任せに
責め立てるジュン。
ラムスは
俯いたまま無言を返すだけ。
甘んじて
謗りを受けるつもりのようだ。
その
様は
傍目で見ていても痛々しい。
「もう、少しは落ち着きなよ? ジュン?」
──ふにん!
「ひにゃあ!」
珍妙な悲鳴を上げて固まった。
ボクが
揉んだから。胸を。
で、ビビビビンタ!
「おぶぶぶぶッ!」
「流す! 荒川に流す!」
「うう……
揉めば、少しは落ち着くかと」
「余計に
憤慨するわーーッ!」
矛先がボクへと推移した。
唐突な展開に、ラムスが面食らっている。
ボクにしてみれば、いつも通りのやりとりなんだけどね。
ともあれ、場の雰囲気は一変。
未経験の
姦しさに
戸惑うラムスへ、ボクはあっけらかんと
明言する。
「ま、ヒメカなら心配いらないっしょ」
「マドカ?」
ジュンが目を丸くしていた。
予想外の
庇い
立てだったようだ。
「あれでもボクの妹だからね。わがままで
屁理屈屋で
運痴だけど、悪運だけは筋金入りに強いよ」
ラムスは
鳩が豆鉄砲食らったような顔で、
暫らくボクを見つめ──「プッ」──やがて軽く吹き出した。
うん、それでいい。
とりあえず笑っておけば元気が
潤う。
空元気でも、それは前向きな力になる。
きっかけは何だって構やしない。
もっとも、クルロリだけは平静なまま。
情に
呑まれるでもなく、淡々と
尋問を再開した。
「まず、最初の質問は──」
「何故〝メイド〟なのか……だよね?」
「──違う」
割り込んで主導権を
浚うボクへ、
物申したそうな視線を向ける。
「初めて地球に来た際、捨ててあった雑誌を見て
擬態参考にしましたの。なかなか可愛らしいお
召し物でしたので」
素直に回答するラムス。
と、ジュンが驚愕ながらに問答を
遮った!
「って、ちょっと待って!」
「何さ? ジュン? 急に血相変えて?」
「地球に……来た?」
「はい」と、温顔ニッコリ。
……うん?
言われてみれば、ちょっとした違和感。
暫し、脳内整理──「ええぇぇぇ~~っ?」──ようやく気付いた!
「ラムスってば、元々〈
宇宙怪物〉なのッ? 地球人じゃなくッ?」
「ええ」と、涼しく返してくる。「
私は、惑星ジェルダに生息する
原生生物でしたの」
衝撃的な真実に、ボクとジュンは追求せずにいられなかった!
「どういう事さ! クルロリ!」
「そうよ! 〈ベガ〉は『
地球人に
宇宙怪物の特性を遺伝子融合させた改造生命体』じゃなかったの? これじゃ逆じゃない! 何故、宇宙怪物が……!」
「そうだよ! 何で宇宙怪物が〝Eカップ〟なのに、ボクは〝Aカップ〟のままなのさ!」
「
そっち違うわァァァーーッ!」
スパーーンと顔面ハリセンで
怒気られる。
「イテテテ……ってか、何さ? そのハリセン? どっから出した?」
然もおしおきとばかりに、ジュンはハリセンをスパーンスパーンと両手で
玩ぶ。
殺気紛いに
怒気りながら。
「コレも自作アプリよ。周辺空気を超圧縮形成して、その領域に立体映像を投影。質量も音量も任意に変更自在な
優れ物」
秀才通り越して天才か。
「何の役に立つのさ! そんな酔狂アプリ!」
「いま! 此処で! 役に立った!」
「……ああ、そっか。ツッコミ役の必需品か」
「
私を〝お笑い芸人〟みたいに言うな!」
「漫才、もういい?」
クルロリが無関心に流れを戻した。
「定義として〈
宇宙怪物少女〉とは〈ベムゲノム〉と〈ヒトゲノム〉の相互浸食融合によって新生成立している少女の事。
従って、
素体が〈地球人〉であっても〈
宇宙怪物〉であっても関係ない。結果として
成立している形態が
総て」
「何さ? その〈ヒトデノム〉って?」
「ヒトデを飲んで、どうするのよ。そうじゃなくって〈ヒトゲノム〉よ。要するに〝人間の全染色体配列情報を解析した膨大なDNA構築式〟とでも言うか」と、ジュン先生。
「日本語で言って?」
「……日本語だ」苦虫顔で
呆れながらも、噛んで砕いた表現に
纏めてくれる。「まあ、大雑把に解釈するなら〝人間の設計図〟みたいなものね」
「つまり『この商品にパイロットは付いていません』みたいな?」
「……それは知らない」
知っとけよぅ。
昭和世代が感涙するフレーズだぞ?
「じゃあ〈ベムゲノム〉って?」
「つまりは〈ベム〉の
生体設計図でしょうね」
ジュンの解釈を肯定するかのように、クルロリが続ける。
「基本的に〈ヒトゲノム〉は〈ベムゲノム〉より
劣性であり〈ベムゲノム〉と
情報重複する〈ヒトゲノム〉の生体特性は
呑まれ消える。そのため〈ベム〉の生体要素が大きく残り〝人間〟としての要素は最低限の特性──最も
顕著なのは〝人型フォルム〟──だけが
踏襲される。彼女達〈ベガ〉が人型容姿に再誕しながらも
生来の異形性を保持するのは、そうしたゲノム性質に
依るもの」
と、ここまで淡々と羅列していたクルロリは、ボクの
食傷気味な
機微を嗅ぎとった。
「
日向マドカ、ここまでは理解できている?」
「うん、
小難しいって事だけは分かった」
「よかった。説明を続ける」
ボケが通じない。
生真面目なのか、徹底的に
朴念仁なのか。
「けれど、根本的な疑問は残る。そもそも〈ベム〉に
備わっていない〈ヒトゲノム〉を、どうして内包させるに
至ったか。そして、どうやって地球へと来訪したか」
クルロリの
示唆に、ボクとジュンは
以心伝心のアイコンタクトを
交わす。
十中八九、背後で暗躍しているのは〝ジャイーヴァ〟……か。
「〈ブロブベガ〉のラムス──アナタが、どういう経緯で〈ベガ〉へと再誕したのか詳細を知りたい」
「正直、
私が知りたいですわね。ある日、突然、こうなっていたのですから」
「ある日、突然?」
ジュンの
疑問符を受け、ラムスは
回顧を語り出した。
「もう半年ぐらい前に
遡るでしょうか。
私は
一介の〈ブロブ〉として存在していましたわ。その日も原生生物を捕食して、思考無き眠りに就きました。そして、目が覚めたら
地球にいましたの。それも〈ベガ〉へと進化して」
「つまり、
その瞬間までは〈ベム〉だったのよね?」
「ええ。それに
伴い、高度な知性や人格も
備わっていましたわ。それまでは本当に原始的な本能のみ。いま思い返せば、
我ながら下等で恥ずかしいのですけれど」
「じゃあ、キミも
アブられたクチ……って、ハッ!」
ボクは重大な見落としに気付く!
「何ですの?」
「
擬態って事は、実質
真っ
裸? 看破されたら大変だ!
自然体で
公然猥褻罪じゃん! 存在自体が大変な変態じゃん!」
「どうでもいいわーーッ!」
「おぶぅ!」
顔面ハリセン、二度目の炸裂!
「あなたって
娘は!
隙あれば、すぐに
下らない脱線を!」
「うう……せめて『
真っ
裸Go!Go!Go!』までボケさせて……」
「
私を変態みたいに言わないで頂けます?」
柔らかに
怒気っていた。ラムス当人が。
「で?」と、ジュンが仕切り直す。「あなた逹〈ベガ〉の……というか〝ジャイーヴァ〟の目的は?」
「さて?」と、
顎に人差し指を
添えて
他人事テンションを返すラムス。
あ、これってばジュンが嫌いな茶化し方だ。
「ふざけないで!」
ほら、キレた。
けれども、ラムスは
閑雅な物腰で続ける。
「別にふざけてなどおりませんわ。
私とジャイーヴァ様は、単なる
契約関係……その背景にある意図までは、
生憎存知あげません」
「ふぇ? 契約?」
「ええ。
日向マドカを捕獲せよ──と」
「それってば、やっぱクルロリの宣戦布告のせいじゃないだろうな!」
「……にしては妙ね」ジュンが噛み締めるように
思索を
紡ぎ出す。「これが『
日向マドカを打倒せよ』なら
辻褄が合うけれど……何故『捕獲』なのかしら?」
あ、言われてみればそうか。
「まさか宇宙動物園で飼うつもりじゃないだろうな? 『ウル ● ラマン80』に登場したバ ● タン星人みたいに?」
「知らない知らない」
全員連帯で手をブンブン振っていた。
知っとけよぅ?
国民的スーパーヒーローの
沽券に関わる『どエライこっちゃ事変』だったんだぞぅ?