さらば、デブ刑事

文字数 1,643文字

 太陽は二つない、それは事実だ。しかし、陽の光は、実像を照らすとともに、影を作る。太陽には影がないが、太陽に照らされてものは、二つの存在を持つことになる。
 真田は自分そっくりの死体を背中に負って、隣町の焼き肉屋へ向かっていた。自分とそっくりな存在は、やはり自分と同じように醜く太っていた。撃ち抜いた胸には血が滲んでいたが、出血は止まっていた。死ぬことによって筋肉の緊張が失せた体は、ダラリとして芯がなく、擦りつくように重かった。顔を右に向けると、自分の死んだ顔を見るような感じになる。
 「これはいったいなんなんだブー!腹が減ってるのに、それ以上に腹が立つブー!」
 こらえきれず呟いたが、それが自分そっくりな死体に無視されているようで、怒りが湧くし、同時に自分の弱さを自分に語りかけているような屈辱感を感じて、それにも腹が立った。こんな、重くて、厄介なもの、捨ててしまいたい。しかし、捨てて、この世に晒すなんて、恥ずかしくて出来っこない。とにかく隠してしまいたい。真田は重い足を引きずりながら、灼熱のアスファルトを進んでいく。これはどこにいくためなのだろうか?ふと、十字架を背負わされているイエスキリストのことを考える。キリストは神の預言者なのに、十字架を背負い、処刑台に向かわされた。神が、人に、死に、追い詰められる。あってはならない事だが、それが聖書に書かれている。それはいったい、なんの教えなんだろう?その聖書の話が、今、頭に浮かんだということは、つまり、起こりうることに対する教訓だということなのだろう。実際、真田は、これ以上ない十字架を背負わされている。
 だが、この状況でせめてもの救いがあった。その自分そっくりな存在が死んでいることだった。もし、これが生きていたなら、自分そっくりな存在が目の前で動いていたら、もし、自分に話しかけたりしたら、足の先から冷んやりするような、血の気が引くような恥を感じることになるだろう。
 「双子が兄弟を眺めているのとは違うブー、これは、自分のゲロを大勢に見られているような、恥ずかしさを感じるのだ!くそ!なんでこんな目に合わなきゃならん!おい、見るな!これは見世物じゃない!あんまり見やがったら、おい、スマホで撮るな!呟くな!全員打ち殺すぞ!」
 そっくりな死体を背負って歩く姿は、周囲の視線を集めた。いつの間にか人だかりが増え、その人だかりは、異様な光景を写して、世界中に発信していた。
 「やめろ、見るな!見るな、撮るな!・・・おい、やめてくれ、見ないでくれ、いや、見ないでください。勘弁してください・・・ごめんなさい。もう、許してください。」
 真田は勢いよく周囲を威嚇したが、それはすぐに萎えた。裸で街を歩くよりずっと恥ずかしい気持ちがしている。死んでしまいたいぐらい恥を感じている。なんで、こんなに恥ずかしいのだろう?真田は足を止めて、そっくりな死体を地面に落とした。ダラリと転がる自分そっくりな死体。それは足元に伸びて、まるで、自分の影のようになった。じっと見つめる真田、その間、周囲は勝手にスマホで写真を撮って発信している。こうなったら止めることはできない。さらされた恥の回収はできない。しかし、なぜ、自分そっくりな、自分の影が露わになることで、強烈に恥ずかしさを感じるのだろう?わからない。胃と心臓がせり上がるような気持ち悪さが、空腹も重なり、体と精神を不安定にした。もうダメだ。そう思うと、何が不自然なのか、追い詰められた精神状態で答えを出した。
 「こいつは、俺の影だ。自分の影を、その分身を、己自体を、殺したんだから、本体も死なないと、不自然なんだ。隠すことが出来ないなら、また一緒になる必要がある。」
 真田は躊躇わなかった。銃を取り出すと、4発ほどスマホで写真を撮っている連中に向けて発砲、見事命中させ、最後に自分の胸に向け、躊躇う事なく引き金を引いた。球が打ち込まれた場所は、真田そっくりの死体の胸の傷とほぼ、同じ場所だった。
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