デブ刑事 真田

文字数 2,818文字

 「お腹減ったブー、飯にするでブー!、ああ、自分でデブって言っちゃった!」
 聞き込み調査に当たっていた真田だが、誰に何を聞いて良いのかわからず、ここ二週間、街の中を歩き回っては、二時間おきに何かを食べていた。体重は100キロを超えるが、ここ二週間、聞き込みで歩き回っていたおかげで、贅肉は筋肉に育ち、しかし、1日八食食べるので、体重は減らなかった。というより、体が大きくなっていた。
 「贅肉が落ちて筋肉ばっかりになったブー。おかげで息は切れないし、ブーって言わなくても、良くなってきた。キャラ変成功するのかな?しかも、たくさん食べれるようになったブー!今日はカレーにするブー、食費は捜査手当で出るし。」
 ♪やーき肉食い放題♪
 焼肉食い放題の店「肉放題」の店舗BGMが着信音として鳴り響く。電話に山上の名前が出ている。真田は聞き込み捜査のことを聞かれるのだろうと思い、面倒なので食べてから掛け直そうと思った。肉放題の曲が流れ終わった後、カレーの店「サンカレー」に入ろうとしたら、また肉放題の曲が鳴り響く。目の前のカレーの匂いも魅力的だが、肉放題は昼間に行くと安い。それに客が少ないから、肉以外のものも食える。ここから歩いて二十分先にある。今、十時半前、ついた頃には十一時ごろ、九十分の食べ放題で十二時半まで食える。
 「焼き肉か、どうしようブー?」
 真田の脳は食欲が大半を占めている。シナプスは事件や社会につながらず、油や糖分を摂取することに即座に繋がる。脳という組織が、過剰な養分摂取という、知性も理性もない欲に支配されている。だらしない思考回路が完成されている。食べることとは、生きることだ。とカッコ良いような言い訳さえ準備している。要は、食欲という我欲に精神が支配されている、食らうという快楽に、人間を搾取されている。理性がぼやけてしまっている。よって、糖分、油分が脳内で、それを摂取する快楽のために大義名分を作り上げる。
 「隣町まであるけば、事件のきっかけが見つかるかもしれないブー。」
 自分の食欲優先な行動に、高尚な意味のようなものをつけ、正当化しようとする。真田は、そういった意味では人間的ではあるが、一番に食欲を優先する姿は、動物のようでもある。いや、動物は、足るを知るが、真田の欲求には際限がない。真田は豚と揶揄されることもあるが、豚に失礼だ。うじ虫にも劣る。
 「今朝のテレビでローストビーフの食レポやってたな。昨日の夜はチャーハンの食べ比べをしていた。最近、テレビは食い物のことばっかり、いい時代だブー。お腹は空いてないけど、美味しいものがあるなら、食べないと勿体ないよ。ああ、二十四時間食べたいなあ。」
 食欲に支配された人間は生きる価値があるのだろうか?思想を無くし、食い散らかし、食の品評のみの存在。いつでも真田は食うことばかり考えている。舌はいつでも味を感じてないと、それがストレスになりつつある。
 「こんな聞き込みなんて意味ないから、ユーチューブで食レポの仕事がしたいブー。刑事なんてなるんじゃなかったブー。」
 欲に支配され醜く退化してくると、自身を顧みず、感情的に現状に不満を抱え、苦痛なく有利である違う自分を想像する。欲望は静かに暴走。際限なく、甘みを感じたい。油を摂取したい。塩をくれ、焼きたての匂いが嗅ぎたい。歯ごたえもよこせ!食い物をよこせ!
 欲望が膨らみ、満たされないことに、イラつく。それを食べることによって抑えるが、食べることに対して常時飢餓状況になっており、そのバランスは危うい。
 「歩くんじゃなかった。カレーと追加でライスを食えばよかった。トッピングはトンカツ、フライドチキン、ハンバーグ。あとタレ。ああ、歩く時間が勿体無い。食べたい。食べたい。食わせろ、食わせろ。」
 大きな体の男が、ブツブツと「食わせろ食わせろ」と呪いのように呟きながら歩いている。目は食い過ぎの人間特有の輝きが失せたもの。口はだらしなく開いて、太い手足の動きは、文字通り太々しく世間に映る。そういった人は、気味が悪いので周囲が避ける。
 ♪やーき肉食い放題♪
 恥知らずの着信音が鳴り響く。さっきから続けて山上からの電話だが、真田は出ようとしない。その曲、食べ放題の曲が、今は憎く感じられる。なぜなら、まだ、店に着かないから。 
 周囲が引く中、避けようとしない人影が真田の視界に入った。何気に自分の焼肉屋に行く道を周囲が開けてくれていることに、優越感を覚えていたので、それを邪魔する存在に対して、真田は殺意さえ感じた。あと1メートル、進んで、避けなかったら、俺の食欲を邪魔するならば、俺にも考えがある。驕り高ぶったかのように、食欲で歪められた精神が、残酷な答えを出そうとしている。過剰な栄養は、脳を侵す。
 「どけよ、どけよ、肉の邪魔すんなよ。」
 周囲にはっきり聞こえる呟きを漏らしながら真田は進む。しかし、その人影は足を止めないし、避けようともしない。真田は相手をはっきりと見ようとしなかった。邪魔なものを意識することが悔しいので、意識しようとしないことを強く意識した。邪魔な存在が、真田の中で大きく膨らむ。怒りが湧いてくる。どうしようもない怒り、こうなると排除しかない。
 「邪魔だー!どけー!」
 ♪やーき肉食べ放題♪
 着信音が響くと、怒りが沸点に到達した。どいつもこいつも俺の邪魔ばっかりしやがって!懐から銃を取り出すと、当たり前のように、立ちふさがる男に向けて、軽く引き金を引いた。よく手入れされた銃は、ハンマーを軽く転がし、鉄槌を下す。弾けた音とともに、煙が銃口から吹き出し、立ちふさがる男の胸を弾いた。のけぞる男のは、胸から血を滲ませて、静かに倒れた。憎い相手を仕留めた瞬間に、真田は獲物を凝視する。どこかで見たような姿だった。あれは、頭の隅にあるが、どうしても、はっきりと符合するものがない。しかし、それは、間違いなく見たことがある。それもずっと、長い間。いつも鏡で見ていたから、左右が逆で違和感があったのかもしれない。しかし、周囲はその奇妙な光景に見入った。銃を撃った人間と銃を撃たれた人間が、全くそっくりだったのだ。
「あれは、俺なのか?」
 真田は、ようやく相手の姿を認識できた。まったく気味が悪いほど自分と似ていた。自分が血を流して、目の前で死んでいこうとしている。真田は、何か恥を晒しているような、居ても立っても居られない気になって、死体に覆いかぶさった。
 「見るな、あっちいけ!」
 どうしても、これは、隠さないといけない。消さないとダメだ。真田は焦った。地べたに四つん這いになって、自分そっくりな死体にしがみついている。どうやって隠そう?
 ♪やーき肉食べ放題♪
 そうだ、これは肉だ、食っちまえばいい。しかし、生は、無理だ。そう思うと真田は、自分そっくりな死体を抱えて、この日初めて目を輝かせて焼肉屋に急いだ。
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