うっかり刑事 宇梶

文字数 1,163文字

 「・・・それで、遺体は・・・」
 「もうしわけありません!うっかりしてました!でも、ボスが隠せというので、事件そのものを無かったことしようと努力しました。」
 ボスの部屋、捜査第一課課長室はブラインドで薄暗くなっている。ボスは閉まりがちのブラインドに指を突っ込み、そこから外の世界を眺める。太い眉毛は釣り上がり、細めた目は、鋭い。キッチリと分かれた七三分けに、タイトなスリーピースのスーツ。小太りだがスマートに見える。まだ四十過ぎだが貫禄は十分。宇梶はボスの姿を見て、その雰囲気に圧倒される。一つ一つの仕草に、なにやら意味があるように思え、言葉少ない台詞に、必要以上にメッセージを感じる。ボスは胸元に手を入れる。宇梶は緊張した。ボスの風貌なら拳銃を取り出し、躊躇なく自分のことを撃ち殺すこともあり得る雰囲気がある。あのゆっくりとした動きには、そういった意志が込められているように感じられるのだ。
 「・・・食うか?・・」
 ボスが胸ポケットから取り出したのはチェルシーだった。目の前に差し出されて、宇梶は戸惑いながらも、何か重い、貴重なものでも受け取るように丁寧に両手を差し出した。受け取ると袋をちぎり口に放り込む。チェルシーの甘さが広がる。だが、宇梶は口に入れた後気がついた。ボスが宇梶の顔を睨んでいることを。チェルシーが喉に詰まりそうになる。
 「すいましぇん、許しも得じゅに、うっかりチェルシーを口にひゅくんでしまいまちた!」
 絡みつくチェルシーが宇梶の滑舌を悪くする。
 「・・・いいんだ。だが、どうする?」
 ボスが隣で直立不動でたっている初老の山上係長に声を掛ける。
 「ボス、どうしようもないですよ。宇梶のやつが、こんな時だけ仕事早くて、九十七体の遺体は、すでに骨壷に入っているんですよ!写真もなければ、身元を確認するものもない。証拠らしきものが何もないんですよ!これこそ事件です。おい、宇梶、おまえ、うっかりしすぎだ!この馬鹿野郎!」
 山上の怒号に焦った宇梶は反射的に頭を激しく下げながら「しゅみません!」と謝ったが、その瞬間、口に含んだチェルシーが勢い余って飛び出した。飛び出たチェルシーがボスの胸を目掛けて飛んでいく。宇梶の唾に溶かされて粘着力を得たチェルシーはボスの胸のあたりにへばりつく。
 「・・・帰ってきたか・・・山さん、九十七人の捜索願は出ているのか?」
 「それが、どこからも人が消えたとか探してくれなどの情報がないんですよ。もしかしたら旅客が何らかの事件に巻き込まれてというのも考えて調べたんですが、そういった情報もないんですよ。」
 「・・・なら、解決ということで・・」
 「ボス!何言ってるんですか、それでいいんですか!私たちは市民の安全を守らなくてはならないんですよ!」
 「・・・そうだな。なら続けよう。」 
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