さらば、うっかり刑事

文字数 1,469文字

 「もう夜か、うっかりしてたな、署にもどらなきゃ」
 土砂降りの夜の街、何かに気が付いたように宇梶は署に戻ることにした。今日は一日中雨だったが、朝、手に持っていた傘は、昼過ぎには無くなっていた。聞き込み捜査も、誰に何を聞いていいのか分からなくなってきたので、街を巡回し、道に迷ったり、落とし物をしたような困った人に話しかけ、個人的な小さな問題を解決しながら、ついでに九十七体の死体の事件に付いて聞いていたが、もう二ヶ月近く経って、報道もなく、聞かれた方も自分とは全く関係のない事件なので、風化の速度も速く、すっかり過去のことになっていた。
 「ボスの言った通り、まったく反応無しになったな。でも、いつまで続けるんだろう?」
真っ暗な署に戻った宇梶は誰もいない廊下を歩き、ボスの部屋に向かう。時計を見ると深夜二時だった。
 「えっ、二時か、さすがにボスはもういないだろう。うっかりしてたな。」
ボスの部屋の前に来て気がつき、さっさと帰ろうとしたところ
 「・・・宇梶、遅くまでご苦労だな・・・。」
 急に後ろから話しかけられ、宇梶は飛び上がるように驚いた。
 「うわあ、ボス、まだいらしたんですか?お疲れ様です。」
 「・・・まあ、入れ、ずぶ濡れじゃないか、暖かいコーヒーでも飲もう。」
 ボスは部屋の明かりをつけた。眩しさに二人とも目を細め、ボスはゆっくりとサングラスをかけた。そしてうっかりをじっと見た。
 「うわ、眩しい。ボス、サングラスですか、良いですね。これだけ眩しいと必要だ。」
 「・・・それだけか?・・・」
ボスの質問返しに宇梶は一瞬戸惑ったが、いつものことだろうと捨て置いた。
 「いただきます。」
 宇梶は立ったままのボスを放っておいて、座って暖かいコーヒーを飲み始めた。ボスの部屋のコーヒーはポットに入ったものだったが、豆が違うのか、いつでも挽きたての香りがする。刑事たちは密かにボスのコーヒーを飲めることが嬉しかった。ボスは宇梶の座る前に座り込む。サングラス越しに強い視線を送る。じっと見ている。しかし、宇梶は目の前にコーヒーの味で、ボスの存在も視線も全く気にならなかった。
 「あったまります。ところで、ボスの言った通り、事件に関心を持つものがほとんどいなくなりましたね。それに、自分の死体がいたとか言う人も、事故とか病気で亡くなったり、誰も、何も騒がなくなりました。この政府の実験は成功だったってことですか?でも、恐ろしいこと考えますね、人口の間引きなんて。現在の日本の経済規模と、世界の残資源からすると、日本の割り当て人口は五千万人でしたっけ?半分にするんですよね?しかも精神の陽性と陰性を引き剥がし、二面体になると、精神がこの先の辛い世の中に耐えられないだろうからって、消される。けっこうハードですよね。そういえば、署も静かになったけど、結構消えましたね。」
 「・・・宇梶、喋りすぎだ。もう署には俺とお前しか残ってない。お前は選ばれたことになるが、お前のような人間が選ばれるようだと、実験は失敗ということになる。・・・」
 「きっついですね、なんか、俺が、不必要みたいじゃないですか!俺、こう見えても、精神力強いんですよ。だから、二つに別れなかった。それに、考えないんですよ何も。ただ、感じるだけです。で、こっちがいいとおもったら、そっちに行くし、いやならさっさと忘れる。情報過多の社会になって、みんな小賢しくなったから、この計画ってのは小賢しい連中を消して、図太いのを残すってのが、目的だと思いますよ。」
 「・・・お前は、知りすぎた・・・」
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