デカ刑事 大木

文字数 1,783文字

 「ボス、村上は口を開きませんが、あらたな手がかりが見つかりました。これが変な話なんですが、村上が写した九十七人の死体の中に、自分がいたと証言する男が現れたのです。」
 「・・・その男は生きているのか?・・・」
 「もちろんです!生きているから証言したのです。」
 「・・・しかし、死体はすべて骨壷に入っているんじゃ無いのか?・・」
 「だから変な話なんですよ!」
 山上はボスの物わかりの悪さに腹が立ってきたが、確かに矛盾する話なので、バカに説明するのは難しいと実感する。生きている人間が、自分とそっくりな死体を見つけたのだ。映像だけだが、確かにそっくりだった。腰にあるほくろの位置まで同じなのである。
 「・・・つまり、あの死体は、マボロシだったっていうことか?」
 「まだわかりません。しかし、死体の映像はあるし、骨も残っています。マボロシでは無いはずですが、捜索願いもなく、消えた人もいないのに、しかし、死体だけがあった。その死体は、今はない。ややこしいのですが、それが状況です。しかし、残っているのは映像と骨だけです。」
 「・・・いや、まだ残ってる。うっかりの目撃だ。あと、死体を運んだ新人警官、若狭君の体験、それと火葬場での実績が残っている。ここは視点を変えたほうがいいな。山さん、大木を捜査にあてろ。奴の視界から見れば、事件を俯瞰できる。」
 山上はボスのもっともらしいデタラメに諦めがついてきた。しかし、ボスは迷いなく、命令を下す。事が動かない時、迷いない司令がある場合は、従うしかないのだ。
 大木刑事を見る人は、首が疲れる。なにしろ背が高いのだ。身長三メートル、バスケット界からも、あまりにも大きすぎると敬遠された人間だ。とにかくデカい。
 「なんだありゃ、人間か?ガリバー旅行記か?」
 「これ、テレビかなんか?コスプレ?」
 「CG?」
 大木刑事が街に出ると、とにかく目立つ。聞き込み捜査のため町に出ると大勢が珍しそうに寄ってくる。ある程度人が揃うとしゃがみ込んで、質問をする。とても野太い低い声で、皆は驚くが、その声は芯まで響き、聞かれたものは隠し事ができなくなる。
 「先週あった、九十七人の死体事件、何か知っていることがあれば、言え。」
 振り下ろされる大きな野太い声が、聴く者を従順にさせる。その深い重い音が、大きな空気の振動が、聞く者の精神を支配するのだ。
 「聞いてください!私は、あの死体の中に自分そっくりな姿を見ました。私は、自分が死んだ姿を自分で見たのかと、大変恐ろしくなりましたが、自分は生きているので、それはないと言い聞かせました。しかし、本当にそっくりで、あの映像は何か、悪意があるものではないかと思いました。」
 一人の若い女性が声を上げた。その女性を見ただけでは、映像に映っていたかはわからないが、大木刑事の前で、嘘を言うものはいない。問題は、大木は人の話を聞こうとしない。質問をするが、その答えは届かないのだ。その補助に今回は新人警官の若狭が着いている。
 「僕と一緒だ。どういうことだろう?僕も自分そっくり、いや、あれは自分の死体だと思える死体の足を持って、トラックの荷台に投げ込んだんだ!」
 若狭警官は、自分の見違いと思い込もうとしていた体験を閉じ込めておくことが、できなくなった。事件のあった日、現場で見た自分の死体が怖くなって、宇梶刑事にそういった指令が出たと嘘をついて、燃やしたのだ。宇梶はうっかりしているので、そのことをさっぱり忘れているが、若狭はしっかり覚えていた。自分のありもしない死体の存在なんて認められない。さっさと消す必要がある。じゃないと、自分が、その存在が、嘘になる。
 大木は数人から同じようなことを聞かされ、その内容に飽きた。現実味のない話にうんざりして立ち上がる。大勢が自分の周りに集まっている。その向こうに、大木以外の人では見つけられないものを見つけた。三メートルという通常の倍近い高さから世界を見渡せば、普通では見つけられないものを見つけることができる。それは鏡のように輝いているが、薄い皿のようなもので、地上二メートル四十センチの空間に浮かんでいる。大木は手を伸ばし、それを掴もうとしたが、それは消えた。
 「今の、見えたか?」
 大木はみんなに話しかけたが、誰も答えることがなかった。誰もそれが見えてないからだ。
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